「さて、こえだ。ここでお前に指令だ」 僕は頃合いを見計らい、切り出した。 「少し腹が減ったので、何か僕にオススメを買ってきてくれないか?」 「え? あたし?」 自分の鼻を指さすこえだ。 「お前がここで気に入ってるものでいいよ。ついでに自分のと、加々宮さんのも買ってきていいから」 僕は財布から千円札を出し、こえだに渡す。 「いいの?」 「いいよ。でも、ちゃんと僕の分も買ってこいよ」 所詮ショッピングセンターのフードコート。こえだの選択肢になりそうなのは、アイスクリームにソフトクリーム、クレープといったところか。ハンバーガーもあるにはあるが、基本こえだは小動物だから食事でもない間食にこれはないだろう。 そうしてこえだは旅立ち、僕と加々宮さんが残った。 さて、この加々宮さん。色素薄めの髪をツインテールにし、大きな目がくりっとしていて、とてもかわいらしい。しかも、自分がかわいいことを自覚している。目下のところ、ライバルは槙坂涼。であるからして、自分のほうが上だと証明するため、彼女から僕を奪取しようと目論んでいる。のっけから僕にベタベタしてくるのはそのためで、そこに好意は皆無だと思われる。 「加々宮さん、ひとつ聞いていいかな?」 先に口を開いたのは僕。 「君とこえだは友達だと思っていいのかな?」 「え? いきなり何ですか、それ。当たり前じゃないですか。まぁ、そうなったのは夏休みに入る少し前で、きっかけもたまたまだったんですけど」 加々宮さんはさも当然のように、且つ、不思議そうに目を丸くした。 「変なことを聞くんですね」 「ああ、悪かった。いや、うん、それならいいんだ」 電話でこえだと加々宮さんが一緒にいると知ったときから、たぶんそうなのだろうとは思っていたのだが……やはりくる必要はなかったようだ。思わず苦笑がもれる。 加々宮さんはあざとくはあるが、基本的にはそこまで悪い子ではないのだろうな。 「先輩こそ、サエちゃんとはどういう関係なんですか?」 今度は加々宮さんが聞き返してきた。 僕は彼女の言葉に、おやと思った。確か夏休みに入った辺りでは、まだこえだのことを「三枝さん」と呼んでいたはずだ。そんな変化が僕にはちょっと嬉しかった。 「僕とこえだ? 別に、ただの先輩後輩だよ」 「えぇー、本当に"ただの"ですかぁ? なーんか怪しー」 好奇心まじりの疑いの目が僕に向けられる。 「そうだな。僕はこえだをとても気に入ってるよ。かわいいやつだしね」 これでも二年になってから携わった学校行事のからみで何人かの新入生と顔見知りになったが、やはりこえだは少し別格だ。最初に知り合った後輩というのもあるし、リアクションが愉快なのもある。細かいところでは、名前が気に入っていたりもする。美沙希先輩に紹介しようと思う後輩なんて、まだしばらくは現れないだろうな。 「わたしは? わたし、かわいいですか?」 またも加々宮さんが身を乗り出してくる。 どうやら誰かがかわいいと評されると、反射的にわたしはわたしはになるらしい。こえだを対して言った"かわいい"は容姿的な意味ではないのだが、わかっていても彼女には関係ないのだろうな。 「そりゃあ勿論、かわいいと思うさ。誰が見ても明らかだろう」 「ですよねー」 加々宮さんは満足げに、うんうん、とうなずく 「じゃあ、槙坂さんは?」 「彼女については君と一緒で、世間がもう太鼓判を押してる。僕に聞くまでもないよ」 尤も、かわいいとはまた別系統のような気もするが。 「ふうん……」 しかし、彼女はこちらを観察するような、妙に冷ややかな反応を示した。やはり僕の回答が不満だったか。将来有望そうだから二年たてば互角に張り合えるくらいにはなるとフォローしておくべきだろうか。 と、そこにこえだが戻ってきた。 「真、買ってきたよ」 器用に右手でふたつ、左手にひとつ、両手で合わせてみっつ持っているのは、どうやらクレープらしい。 「お、クレープか」 「うん。……はい、真にはカスタードチョコクランチ」 そう言ってこえだは左手のひとつだけ持っていたほうを差し出してくる。 「これがこえだのオススメか?」 「うん。まぁ、ここじゃこれがいちばん美味しいかな?」 少し歯切れの悪い感じの答えだった。 「ほら。別のところに行けばもっと美味しいお店があるからさ」 「あー、あるある。あるよねー」 そこに同調するのは加々宮さん。指を折りながらクレープ専門店の名前をいくつか挙げていく。さすが女の子、よく知っているものだ。 「で、1000円で足りたか、これ?」 こえだと加々宮さんのクレープが僕のと同じものかどうかはわからないが、ひとつあたり333円で収まるだろうか。クレープの平均価格からしてそんなものじゃすまないような気がする。 「あー、実はちょっとオーバったけど……いい。それくらいあたしも出すし」 「そうか」 こえだがそう言うなら、ここは僕が引いておこう。ふたりに奢るのは別にかまわないのだが、押しつけるものでもないだろうし。 「うん、確かになかなか旨いな」 さすがこえだのオススメ(ただし、ここ限定)だけある。僕はひと口食べてから感想をもらした。 「ところで、こえだ。ここ数日で槙坂先輩と連絡とってたりするか?」 「え、涼さん? 涼さんだったら――あ……」 不意にこえだは何か気づいたように声を上げ、僕の頭上を見た。ついでに加々宮さんの視線も同じところに向けられている。 ……。 ……。 ……。 なるほど。 「いや、もういい。だいたいわかったから。……しかし、これ、本当に旨いな」 僕は再びクレープを口に運ぶ。確かに美味しいのだが、ただ、カスタードクリームとチョコのコンボは甘さが半端じゃなくて、飲みものなしでは少々辛いな。コーヒーと組み合わせるのがベストか。 「あら、藤間くんはこちらを見ないの?」 「見ても状況が変わるわけでもないしね。……座れば?」 僕は頭の上から降ってきた涼やかな声に答え、手でイスを勧めた。やがて僕の視界に彼女が姿を現し、四つあったイスの最後の一脚に腰を下ろした。 一週間ぶりの槙坂涼だった。 「このカスタードチョコクランチがなかなかいけるんだ。よかったら槙坂先輩の分も買ってこようか?」 「けっこうよ。すぐにお暇するもの」 「そうなのか。それは実に残念だ」 「……藤間くんもよ」 「……」 そんな予定はなかったと思ったのだがな。 槙坂先輩はこえだに向き直った。 「ごめんなさい、サエちゃん。急にお邪魔して」 「ううん。涼さんなら大歓迎」 こえだは首を横に振りつつ、イスの位置を微調整する。つられて加々宮さんも。今までイスを一脚遊ばせたまま三人で三角形を描いていたのが、今度は四角形、あるいは、十字のフォーメーションになる。人が何人か集まれば等間隔に位置をとりたがるのがよくわかる事例だ。 「あら、加々宮さん。あなたもいたのね」 最後に槙坂先輩は加々宮さんを見て言った。たった今気づいたみたいに言ってやるな。 「え、ええ。いましたよ」 油断していたらしい加々宮さんははっとし、つんと澄まして言い返してみせる。が、槙坂先輩の時間差の不意打ちを受けて、慌てて取り繕った感が否めない。早々に劣勢だ。 「さっきまでずっと藤間先輩と楽しくおしゃべりしてましたよ」 「そう。それはよかったわ」 微笑む槙坂先輩。 「ところで、知ってる? 藤間くんの部屋ってダブルベッドなのよ? まぁ、ちょっと寝相が悪いから、ちょうどいいわね」 「べ、ベッ……!?」 加々宮さんが言葉を詰まらせる。 おい、ちょっと待て。何を言い出す。僕はそこまで寝相は悪くない。しかし、僕が口をはさむ前に槙坂先輩がさらなる追撃をかける。 「あと、お風呂も広いのよ。ふたり一緒でも余裕で入れるわね」 「……」 顔を真っ赤にして黙り込む加々宮さん。 どうも彼女は、口では自分のほうがいい女だと証明するだなどと勇ましいことを言っているが、この方面はからっきしらしい。そのくせ知識はあるから、よけいな想像をはたらかせてしまうわけだ。風呂の話なんて、結局のところただ広いという事実しか言っていないのだがな。 「口ほどにもないわね」 ショートした加々宮さんを見て、槙坂先輩はそうばっさり斬り捨てる。遠慮ないな。 一方、わかってないのがひとり。 「ダブルベッドかぁ。いいなぁ。あたしなんて時々ベッドから落ちるから」 こえだだ。 僕が卒業するまででいいから、お前は純粋無垢なままでいてくれ。あと、怪我するなよ。 僕がこえだを見て癒されていると、内蔵している冷却装置でも作動したのか、加々宮さんが我に返った。それからしばし考え――、 「先輩、ちょっと」 と、僕の腕をつかみ、立ち上がらせた。 つれていかれたのは少し離れた席。近づかれるのを警戒してか、加々宮さんは槙坂涼の姿を視界に入れつつ、僕に顔を寄せて聞いてくる。 「先輩と槙坂さんって、今どれくらいの関係なんですか?」 「は?」 いきなり核を狙い撃ちしてきた。 「……想像に任せるよ」 そんなもの具体的に言えるはずがない。 「何となく、この前のあれは、後から考えるとはったりだったんだろうなって思うんですよね。でも、槙坂さんのさっきの言葉って、もしかして本当だったりしません?」 「……」 当然のことながら、ダブルベッドだ風呂が広いだの話ではないのだろうな。彼女が言いたいのは、槙坂先輩がその言葉の裏に匂わせているもののことだ。 この子はどうやら女としての勘ははたらくらしい。 遠目から槙坂先輩の様子を窺えば、彼女もこちらを見ていて、僕の目には何やら怒っているふうに映った。何となくだが、こうして加々宮さんと内緒話をしているからではないように思う。これは僕の勘だ。 「ノーコメント」 返事としては下の下だな。 それから三十分ほどがたったころ、 僕と槙坂先輩はショッピングセンターの中を歩いていた。 サクラ・ヤーズは、ここから電車で駅をふたつ、みっついった高級住宅地も商圏に含むので、老舗の百貨店に出店しているような店まで店舗として入っている。従来のショッピングセンターに比べると専門店の価格帯は高めだ。 今、僕たちは特に目的もなくぶらぶら歩いていて、いつの間にかファッションのエリアに入り込んだのだが、ショーウィンドウのマネキンはどれも高級感あふれる服を身にまとっている。僕など場違いも甚だしい。一方、違和感がないのが隣の槙坂先輩で、オトナ美人の彼女がショーウィンドウの前で足を止めようものなら、店員が嬉々として飛んできそうだ。 「もう少し熱心にアプローチしてくれてもよかったんじゃない? 一回で諦めるなんて」 歩きながら槙坂先輩は、少し不貞腐れたようにそう訴えてくる。 どうやら今日僕が彼女に連絡をとろうとして、電話一本で早々に諦めたことを言っているらしい。もしかしてそれで怒っていたのか? だとしたらお門違いというものだろう。連絡をしなかったのはそっちも同じなのだからお互い様だ。 「って、ん? まさか僕からの電話に気づいていたのか?」 「ええ。この耳で聞いていたわ」 僕はその言葉にがっくりと肩を落としそうになった。 だったら出ろよ。 「その一回に出てくれたら、こんな面倒なことにはならなかったんだがな」 僕は多少の嫌味を込めて言い返した。 だが、槙坂先輩はそんなもの気にしたふうもなく続ける。 「わたしが藤間くんに会いたいと思っていたところに、ちょうどあなたから電話があったのよ。だから、もしかしたら藤間くんもわたしに会いたいと思ってくれてるんじゃないかって思ったの」 勝手に決めないでくれ。僕が電話したのはそんなんじゃない。じゃあ何なんだと聞かれたら困るが。 「それでちょっと焦らしてみようと思ってわざと電話に出なかったのだけど、まさかそれっきりだとは思わなかったわ。おかげでよけいに会いたくなるし、わたしはその程度なのかと不安になるし、大変だったんだから」 見事な自爆である。 僕に文句を言われてもな。 「それでサエちゃんに連絡をとってみたの」 なるほど。ここに現れたのはそういう経緯か。 なんかどっと疲れが出てきた。 「だったら、諦めて素直に僕に電話するなり何なりすればすむことだろうが」 「それはそうなんだけど……」 しかし、槙坂先輩は言いにくそうに言葉を彷徨わせた。 「この前ああいうことをしたばかりだから、わたしから会いたいって言い出したら、いやらしい女の子だと思われそうで……」 「……」 その気持ちはおおいに理解できた。僕がしつこく連絡をとろうとしなかったのも、よけいな誤解を招きたくなかったからだ。 「……別にそんなことは思わないよ」 僕は後々の自分のためにもフォローする。 「そ、そう?」 「ああ。だから、僕から連絡したときも、できればそう思わないでくれるとたすかるんだがな」 言葉はどうにもぶっきらぼうにならざるを得なかった。 「わ、わかったわ……」 槙坂先輩が俯きかげんのまま、わずかにうなずいた。 これでどうにか一件落着、だろうか。 しかし、どことなく微妙な空気は依然として残っていて、おかげで「これからどうする?」のひと言がなかなか言い出せず、結局、そうするまでにぐるぐると同じところを3周も回ってしまった。 そして、彼女の返事。 「ど、どこでもいいわ。藤間くんの行きたいところで……」 「……」 よりにもよってそれか。 これで迂闊なことは言えなくなった。そんな恥ずかしそうに言われたらこっちまで変に意識してしまって、どれが無難な答えなのかわからなくなってくる。 果たして次の言葉を発するのに、今度は何周すればいいだろうか。 その女、小悪魔につき――。 2014年1月6日公開 |
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