こえだがどうも怯えているらしい。 「バッ、バラライカってどんなイカー!?」 「……」 ただ錯乱しているだけのようにも見えるが。 「お前みたいなイカだろ」 「イカじゃないもん」 「タコか」 「タコでもないもん」 こえだがテーブルから身を乗り出し、目を吊り上げる。 僕は今、こえだと昼食をとっていた。そのこえだの横には加々宮きらりさんもいる。僕が学食にきて一緒に食べる知り合いを探していたら、真っ先にこのふたりを見つけたのだ。なお、加々宮さんはスマートフォンを触っている真っ最中。果たして、話を聞いているのかいないのか。 で、雑談が前期テストの話になったところで、このこだこ、じゃなくて、こえだがテスト恐いとか言い出したのだった。挙げ句、先のような謎の錯乱ぶり。 「まんじゅう恐いの類か?」 「違うってば……」 こえだは拗ねたように口を尖らせる。 世の中テストどんとこいな連中もいるけど、そこまでして招き寄せるやつはいないだろうな。 「じゃあ、何なんだ? テストなんて中学のときからやってるだろ」 「いや、だって、高校生になって初めてのテストだしさ」 「そうだな」 当然、僕はそうでもないけど、一年前の僕は今のこえだと同じ立場だった。 「それに前期と後期に一回ずつしかテストがなくて、それで単位が取れるかどうかが決まるって、なんか怖くない?」 「明慧はそういうシステムだとしか言いようがないな」 中学なら各学期ごと、最終的には一年を通して赤点かどうかを見る。一年に五回のテストがあるから、それだけリカバリの機会が与えられているということでもある。まぁ、所詮は義務教育だから、赤点でもかたちばかりの補習をやって、拾い上げてくれるだろうが。 だが、我が明慧大附属では二期(セメスター)制ゆえに、前期に一回、後期に一回しかテストがなく、それで判断が下される。前期で赤点なら後期で挽回するしかない。できなかったらそれまでだ。補習もあるにはあるが、そのスタンスは先生による。何回かの補習と超絶に簡単な追試で単位をくれる先生もいれば、救う気のさらさらない先生もいるのだ。 二年、三年に上がって、マイナーな科目になると半期だけの授業なんてのもあって、それだと一発勝負になるのだが……まぁ、今それをこえだにおしえてわざわざ不安を煽ることもないか。 「もしかして赤点を取りそうなほど授業についていけてないのか?」 「そういうわけじゃないけどさ」 もそもそと弁当のおかずを口に運び、それを飲み下してから、 「テストでどれくらい取れるか予想がつかにゃい」 「うん?」 「いや、自分ではわかってるつもりで、テストでも自信満々に解答を書いて、でも、開けてみたらボロボロとかありそうでさ……」 なるほど。要は、こえだは自分の理解度がいまいち信じられないのか。 「加々宮さんは?」 「え? わたし?」 加々宮さんは僕の声に反応して、スマートフォンから顔を上げた。 美沙希組(笑)ではまず見ない光景だ。美沙希先輩は情報社会の申し子みたいな人だが、意外にも人と話しているときに端末をいじったりはしない。メールなどが着信すれば別だが。僕と槙坂先輩は未だ昔ながらの携帯電話なので、そんな使い方はできない。こえだは夏休み中にスマホユーザーに転向しているが、そんな上級生たちにつられたのか、そもそもそんなに器用ではないのか、当初から今の加々宮さんのようなことはなかった。 結果、端末片手に人と話をするような人間は、この美沙希組(笑)にはいないのである。……僕としては、ごく普通のことだと思うのだが。 「わたしも少し不安はありますね」 加々宮さんは、僕の質問に問い返すようなことはなかった。ちゃんと話は聞いていたらしい。 ふむ、これでふたりか。 「わかった。こえだ、僕が勉強をみてやろう」 「え? 真が?」 「あと、加々宮さんも」 「わたしも、ですか?」 ふたりが立て続けに驚いた顔をする。 「何でもおしえられるわけじゃないけどな。でも、合ってるかどうかくらいは見てやれるから、理解度の確認程度には使えるはずだ」 「うーん、それは助かる、かな?」 テストに対し不安しかないこえだとしては渡りに船だろう。 「でも、どこで? 図書室?」 「だと七時に閉室するからな」 それでも十分かもしれないが、興が乗っているときに腰を折られる可能性がある。なので、時間制限があるところは避けたい。 「いちおう僕の家を考えてるんだが」 「え、真んち!?」 「お前ね、余計な誤解を生まないよう、ふたり一緒に誘った僕の気遣いを察しろよ?」 ひとりだけを家に誘ったら、さすがにこの呑気なこえだでも抵抗があるだろう。だから、もののついでと思い、加々宮さんも巻き込んだのだ。これでも警戒されるようなら、僕は自身の人徳のなさを反省せねばなるまい。 「あはは。大丈夫。真があたしのことなんか相手にしてないのはわかってるから」 苦笑するこえだ。 きたるテストに向けて少しでも不安を取り除いてやろうと思うくらいには、かわいい後輩だと思ってるのだがな。 「それで当日、サエちゃんがこられなくなって、わたしとふたりっきりなるんですね。わかります」 「僕はわからないよ」 こっちは相変わらずだな。 加々宮さんの妄言は無視して、僕は少し離れたところに目をやった。そこでは槙坂涼が数人の友人とテーブルを囲んでいる。都合のいいことにもうすでに昼食は終わっているようで、今は食後のおしゃべりタイムのようだ。 ここに座ったときから、そこに彼女がいるのはわかっていた。向こうも僕に気づいているはずだ。実際、何度か目が合っている。 そのまま見続けていると、程なくしてまた視線が交錯した。そのタイミングで片手を軽く上げ、合図を送る。すると、槙坂先輩は目をぱちくり数回瞬かせた後、周りの友人たちに何ごとかを断って立ち上がった。 弁当箱の入ったトートバッグを提げ、こちらに歩いてくる。 「驚いたわ。藤間くんがわたしを呼ぶなんて」 「用があったからね」 こちらの意図が正確に伝わって何よりだ。 「何の用なの?」 彼女は僕の横に座る。 向かいでは加々宮さんがむっとしている。また無駄な対抗心に火をつけたのだろうな。懲りないことだ。 「近々このふたりの勉強を見ることになったんだが、槙坂先輩もこないかと思ってね」 「あら、そんな話があるのね」 槙坂先輩はしばし考える。 「それでなぜかふたりがこれなくなって、わたしと藤間くんだけになるのね。あらあら、何の勉強なのかしら。楽しみだわ」 「いや、そんな予定はないから」 どいつもこいつも。明らかに僕のほうが罠にかかる側だろうに。実際、かかっているわけだし。 「別にむりしてこなくてもいいですよ。真先輩が優しくおしえてくれるそうですから。……ね、真先輩」 瞬間、びきっ、と槙坂先輩の顔が固まった。 まったく。僕をどんなふうに呼ぼうと気にしないが、人を煽るのに使うなよな。これまでの対戦成績からして、十中八九反撃に遭うんだから。 槙坂先輩は小さく咳払い。すぐさま体勢を立て直す。 「ええ、もちろん、行くわ。サエちゃんは藤間くんが見てあげてね。加々宮さんのほうは、わたしが優しく見てあげるから」 「ひいっ」 ほらみろ。 槙坂先輩は、台詞の前半を僕に向けて笑顔で言い、後半を加々宮さんに向き直って言った。果たして、そのときにはどんな種類の笑顔を見せていたのだろうか。隣にいた僕には見えなかった。確かなのは、加々宮さんがそれを見て悲鳴をもらしたことだけだ。 「美沙希さんは? 成績いいらしいじゃん。呼ばないの?」 幸いにしてそれを見ていなかったこえだが、緊迫した空気にも気づかず聞いてくる。 「確かにあの人は成績はいいな。ただ、おしえ方が致命的に下手なんだ」 そのくせスパルタだから、勉強よりも根性ばかりが身についてしまうのだった。強いて言えば、弱いスポーツチームの体罰肯定派監督みたいなもの。なので、今回は遠慮してもうらうことにする。 兎も角、このメンバーでの勉強会が決まったのだった。 その女、小悪魔につき――。 2014年11月6日公開 |
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