学園祭二日目。
 本日も僕は朝から実行委員の仕事が入っていた。
 入場ゲートでの受付である。
 校門には美術部謹製の入場門(アーチ)が設置されていて、それをくぐったところに受付がある。と言っても、明慧は招待券(チケット)などによる入場制限はないので、誰でも自由に入れる。僕がやっているのは希望者にパンフレットを配布するだけの簡単なお仕事だ。
 
 さて、二日目開幕から三十分がたったころ、朝からの入場者も一段落したこともあって、僕は固まった体をほぐすため席を立った。固いパイプ椅子に座っているからだろうか、まだ授業よりも短い時間のはずなのに腰が痛くなってきた。少し後ろに下がって腰を伸ばしていると、そこに見知った顔がやってくるのが見えた。
 長い黒髪の少女だ。切りそろえられた前髪の下にある相貌はどことなく和風で、硬質な感じに整っていることもあって、まるで日本人形のようにも見える。
「本当にきたのか……」
 我が異母妹、切谷依々子だった。
 まぁ、本当にも何も、くるとはひと言も言っていなかったので、予想通り、或いは、悪い予感が当たったと言うべきか。
「にしても危ないな」
 切谷さんはスマートフォンを見ながら歩いていた。にも拘らず、正確に受付にやってきて、パンフレットを受け取った。コウモリのように超音波でも出しているのだろうか。
 思わず感心して、切谷さんが通り過ぎるのを見送ってしまった。
 彼女は受付を過ぎたところで立ち止まると、端末を耳に当てた。電話をかけたのか、かかってきたのか。
 それと同じタイミングで僕の携帯電話が着信を告げた。ポケットから端末を取り出して見てみれば、案の定、相手は切谷さんだった。
「もしもし?」
 少し考えた末、電話に出ることにした。
『真? 私』
 相変わらずのつまらなさそうな声。
『今、真の学校にきてるんだけど』
「らしいね。すぐ近くにいるよ」
 僕がそう答えると、切谷さんは弾かれたように周りを見回し――僕を見つけた。まるで睨みつけるみたいにして、目に見えてむっとしている。
 互いに通話を切り、歩み寄る。
「……いるんだったら言って」
「もう少し周りに気を配ったほうがいいね。事故に遭ってからでは遅い」
 しかし、切谷さんは僕の言葉には何も答えず、そっぽを向いてしまう。恥ずかしいのと腹の立つのとがごちゃ混ぜになっているようだ。
 僕はこれでこの話は終わりにすることにした。
「せっかくきてくれたところ悪いんだけど、実は実行委員の仕事の真っ最中でね」
「真、そんなことやってんだ」
 彼女は僕の二の腕についている腕章を見て、「面倒くさそう……」と率直すぎる感想を口にしてくれた。
「……別にいい。ひとりでぶらぶら回ってるから。それに真に会いにきたわけじゃないし」
「そ、そう?」
 だったらなんで僕に電話をかけてきたんだろうと思ったが、それは言わないでおいた。言うといよいよ怒り出してしまいそうだ。
 切谷さんはくるりと踵を返し、校内に向かって歩いていく。
「時間ができたら連絡するよ」
 いちおう彼女の背中にそう声をかけておいた。
 
 一時間ほどで受付の仕事は交代となり、僕は一旦運営の業務から解放された。この本番までの準備におおいに携わったことや初日だった昨日働いたことで、今日はもう後夜祭や全体の片づけまで仕事は入っていない。もちろん、クラスの手伝いはあるが、しばらくは自由だ。
 だが、僕は未だ入場門付近に立っていた。
 ここで人と待ち合わせしているのだ。
「遅いな……」
 受付の仕事の終わりに合わせて待ち合わせ時間を設定していたのだが、その約束の時間を過ぎても待ち人――雨ノ瀬は現れない。いいかげんこちらから連絡してみようかと思い、携帯電話を手にしたところでちょうど着信があった。
 雨ノ瀬だった。
「……」
 雨ノ瀬というのは僕が中学生だったころのクラスメイトで、当時いちばん仲がよかった女友達だ。仲がよすぎてちょっとした噂が立ったこともあり、しかし、根も葉もないまったくの噂というわけでもなく、実際あと少し何か違う流れがあればつき合っていたのではないかと思う。結果的には僕が彼女を振るようなかたちで決着がついたのだが。そして、この夏休み前に思い立ってメールをし、再会。その末に今回、明慧の学園祭に遊びにくることになったのである。
 その雨ノ瀬だった。
 雨ノ瀬である。
「雨ノ瀬か……」
 僕は思わず天を仰いだ。
 そうしてから意を決して電話に出る。
 
「うわーん、藤間、ここどこーっ!?」
 
「……」
 やっぱりだった。
 
 
 
その女、小悪魔につき――。
 
 2015年7月2日公開

 


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