12月24日。 『天使の演習』でささやかなクリスマスパーティをやるとのことで、僕と槙坂先輩は店に招かれた。 「だって、常連さんですから」 と、キリカさん。 そんな彼女はイベントに合わせてサンタ風の衣装に身を包んでいた。尤も、いつものジーンズにトレーナーといった普段着っぽいスタイルの上に、一枚サンタカラーのものを着込んだだけだが。 そうか、僕たちはもう常連だったのか。槙坂先輩は個人的にキリカさんとつき合いがあるようだが、僕はそこまでのつもりはなかった。 「常連ならほかにもいそうなものですが?」 「いるにはいますが、どうせ呼ぶなら同世代がいいですから」 そう言えば、普段はあまり意識していないが、歳が近いんだったな。振り幅は四つ。上から順に、店長、キリカさん、槙坂先輩、僕、となる。 「でも、いいんですか、こんな日に」 今度は槙坂先輩が問う。 その疑問も当然だ。何せ今日は貸し切りなのだ。まぁ、そうは言っても飾り付けなどをしてパーティ仕様にしているわけでもなく、ただ単に閉めた店でコーヒーとケーキを楽しんでいるだけだが。 じゃあ、キリカさんのサンタの衣装は何のためなのだろうか。客もいないのに。個人的にクリスマスを堪能しているだけか? 槙坂先輩とキリカさんはテーブル席で向かい合って座り、僕はカウンタ席のハイチェアに腰かけている。店長はいつも通りカウンタの向こうだ。コーヒーは店長が淹れてくれたものだが、ケーキはどこぞの高級店で買ってきたものらしい。 「大丈夫。だって、クリスマス・イブですよ? こんな小さなお店、誰もきませんって」 と、笑って言うキリカさんだが――いや、普通にきそうなんだけどな。そのクリスマス・イブに予定のない連中が、キリカさん目当てで。何ならそこにいる槙坂先輩にも同じ衣装を着せてみたらどうだろうか。たぶん客が殺到するはずだ。 「そう言えば、おふたりは何か予定はなかったんですか?」 キリカさんにそう問われ、僕と槙坂先輩は顔を見合わせる。 「いちおうクリスマスだし、会ってどこかぶらぶらしようかとは言ってたんですけど。でも、ほとんど何も決まってないようなものだったので、呼んでもらえてよかったです」 「そうでしたか」 キリカさんは嬉しそうに笑う。 「そう言うキリカさんとマスターは?」 「うーん、お店も閉めて久しぶりに一緒にゆっくりできるし、夜になったらどこか食べにいこうかと……」 「じゃあ、早めにお暇したほうがよさそうですね」 「そこまで気を遣わなくても大丈夫ですよ」 とは言え、時間無制限とはいくまい。そこそこのところでお開きにしたほうがよさそうだ。もともとクリスマスパーティというよりは、お茶会や茶話会に近いものだし。 と、そこで店の電話が鳴った。少々懐かしさを感じる音で、この店の雰囲気によく合っている。 反射的にキリカさんが腰を浮かしかけたが、電話機の近くにいた店長が掌を見せて彼女の動きを制した。 「はい、『天使の演習』です」 店長自ら電話に出る。 「ああ、これは。ええ、店にいますよ。……そうでしたか。では、すぐに開けましょう」 短いやり取りの後、受話器が置かれる。 「誰だったの?」 「Tsukasa Artの司さんでした。今店の外にいるそうです」 店長は答えながら出入り口に向かうと、内側から鍵を開けた。 「どうぞ」 「ごめんなさい。お休みのところ。でも、お店にいてくれてよかったわ。うっかり休みだってこと忘れてここまできたのよね」 入ってきたのは、これまたすこぶる美人だった。長いハニーブラウンの髪は、ボリュームを押さえるためか、左右非対称の位置でリボンが結ばれていた。吸いこまれそうな深い色の大粒の瞳がとても印象的だ。 後で聞いた話、彼女は現役の美大生で、この店の店頭にあるメニューボードを描いてくれているのだそうだ。ここで頼まれたのをきっかけに、依頼を受けてチョークアートを制作する仕事をはじめたのだとか。 「今日はこれを持ってきたの」 そう言って司さんが肩から提げていた大きなキャンバスバッグをテーブルの上に置くと、そこから取り出したのは新しいメニューボードだった。『A Happy New Year』の文字を見るに新年仕様のようだ。 「ありがとうございます。……今回のもいいですね。さっそく年明けに使わせてもらいますよ」 「あ、そうだ。司さんも一緒にどうですか?」 ビジネスの話も早々にキリカさんが誘う。 これがクリスマスパーティに見えたかどうかは兎も角、少なくともコーヒーとケーキを誘われたことはわかっただろう。 「ええ、ぜひ……と言いたいところだけど、これから旦那様とクリスマスデートなのよね」 そう断りつつも笑顔なのは、隠しきれない感情の表れか。よほどこの後の予定が楽しみなのだろう。 「あれ? 司さんってご結婚されてましたっけ?」 キリカさんが首を傾げる。 僕も驚いた。歳は店長やキリカさんと同じくらいに見えるのに、すでに結婚しているのか。……いや、まぁ、そのふたりからして結婚しているのだが。 「いいえ、まだよ」 「じゃあ、婚約?」 「それもまだね。でも、今日あたりプロポーズしてくれるんじゃないかと思ってるわ。だから、正確には『未来の旦那様』ね」 すごい自信だな。それともそれだけのつき合いだということか。とは言え、歳を考えれば、そこまで長いつき合いになるとも思えないのだが。 「出会って三年目の、初めてのクリスマスだもの」 そして、続く言葉が混乱に拍車をかける。計算がさっぱり合わないな。 「じゃあ、わたしはこれで失礼するわ。また新しいのができたら持ってくるから」 そうして司さんは颯爽と去っていった。 夕方、まだ早い時間に『天使の演習』でのクリスマスパーティは散会となり、僕と槙坂先輩は駅へと向かって歩いていた。暗くなるまでにはまだもう少しあるようだ。 「司さん、美人だったわね」 「そうだな」 槙坂先輩にとっても印象的だったのか、隣を歩く彼女はそんなことを言ってくる 僕としてもあんな美人がプロポーズを待つ相手とはいったいどんな男なのか、気になるところではある。やはり高身長、高学歴、高収入の、いわゆる3高というやつだろうか。 「そういうときは『君のほうが美人だよ』くらい言ってほしいものね」 「僕がそんなキャラかよ」 いったい僕に何を求めているのだろうな。 そんなことを言っているうちに、目の前に駅が見えてきた。 「これからどうするの?」 「そうだな……」 キリカさんたちは食事で、司さんはデートだとか言っていたか。 「僕たちはこのまま帰るというのはどうだろうな」 「却下よ」 即答だった。 まぁ、僕とてこのまま解散するつもりはなく、ただ言ってみただけなのだが。 「今日は藤間くんに任せるわ。わたしはついていくだけ」 そう言いながら彼女はパスケースを取り出した。 「早く決めないと家までついていくわよ?」 「安心してくれ。それはさっき却下されたばかりだからね。意地でも何か考えるさ」 店長や『未来の旦那様』に負けないようにしないとな。 ひとまず母に電話して、展望レストランの状況を確認してみるか。 その女、小悪魔につき――。 2015年12月24日公開 |
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