キラキラ☆シューティング・スター それは8月に入ったばかりのある日のこと。 加々宮きらりは、少しばかり用があって学校へと足を運んだ。 行ったのは午後。幸いにして、朝から降っていた雨は午前中にはやみ、しばらくは晴れが続くとのことで、傘を持って出る必要はなかった。だが、雨がやむと同時に太陽が照りはじめ、目下のところ湿度は爆上がり中だった。 きらりの用はすぐにすんだのだが、そのせいで往路での汗がひく間もなく取って返したかたちとなってしまった。駅から明慧学院大学附属高校までは片道10分、往復で20分。学校へ行って駅まで戻ってきたころには、きらりはすっかり消耗しきっていた。体もかなり傾いている。 その駅で見知った顔に出くわした。 槙坂涼だった。 彼女はこの灼熱の太陽の下、暑さなど感じていないかのように涼しい顔をしていた。冷房の効いた電車から降りてきたばかりだからだろうか。いや、彼女はどこまでいってもこの顔のままのような気がする。 槙坂はきらりを見つけると、にっこりと笑った。 だが、きらりはぷいとそっぽを向き、無視を決め込む。そして、そのまますれ違おうとしたそのとき、がっし、と腕をつかまれた。 「わたしを無視とはいい度胸ね。少しお話しましょうか」 「え? ええぇ!?」 数分後、ふたりは駅前の喫茶店にいた。 「どうしてわたしが槙坂さんと一緒にお茶をしなくちゃいけないんですかね?」 出てきたお冷を一気に半分ほど飲み、人心地ついた、というよりは生き返ったきらりが、向かいの槙坂に文句を言う。 「あら、いいじゃない。たまには女同士、ゆっくり話をしましょう?」 「……」 初戦からその"女同士の話し合い"でコテンパンにされたのがきらりである。そのトラウマを刺激され、気分は最悪。嫌な予感しかしなかった。 「さて、何を飲む? わたしが奢るわ」 槙坂はラミネートされた小さな紙をテーブルに置きながら尋ねてくる。所詮は小さな喫茶店なので、飲みものだけならメニューはこの紙の両面におさまるのだ。 「アイスコーヒーでいいですよ」 しかし、きらりはそのメニューを見ずに決めてしまう。 「あら、それでいいの? メロンソーダやクリームソーダもあるわよ?」 「そんな、子どもじゃあるまいし……」 自分の扱いに口を尖らせるきらり。 「そう? じゃあ、わたしは……そうね、今日は女の子同士だし、レモンスカッシュにしようかしら」 「え?」 きらりの小さな発音。槙坂涼のイメージからしててっきりアイスコーヒーだと思い、自分も子どもっぽいところは見せられないとソフトドリンクは避けたのだが。予想外だった。 「すみませーん」 そんな彼女に気づいた様子もなく、槙坂は軽く手を上げ、店員を呼ぶ。 「レモンスカッシュと――」 「や、やっぱりメロンソーダ、で……」 槙坂は一度だけきらりを見たが、特には何も思わなかったようだ。 「じゃあ、それをひとつずつ」 「かしこまりました」 オーダーを受け、店員が戻っていく。 ソフトドリンクがふたつなので、きらりがよくわからない恥ずかしさに黙り込んでいるうちに、すぐに注文したものが運ばれてきた。 「毎日暑いわね。ちゃんと水分はとらないとダメよ?」 「言われなくてもわかってますよ、もう。大きなお世話です」 ストローの袋を破りつつ聞いてくる槙坂と、とっくに飲みはじめているきらり。 きらりは冷たくて甘いメロンソーダを飲んだことでさらなる復活を果たし、舌も調子よく回りはじめていた。 「そう? ならいいけど」 槙坂は苦笑をひとつ。そうしてからレモンスカッシュに口をつける。そんな絵になる仕草に、やっぱりこの人って、ものすごい美人――そうきらりが改めて思っていると、槙坂はまたくすくすと笑い出した。 「……何ですか?」 「ああ、ごめんなさい。ちょっとした思い出し笑い」 てっきり自分が笑わらわれたのだと思いむっとしたが、そうではなかったらしい。 「この前、暑いから藤間くんとプールに行ったの」 「……」 藤間真。 その名前を聞いて、きらりは複雑な気持ちになった。 学校では、藤間と槙坂はつき合っているのだと専らの噂で、きらりは自分が槙坂よりも女として上だと証明するために、藤間を槙坂から自分へと乗り換えさせようと画策していた。それだけのことなので、藤間のことは特に好きでも何でもない。だが、その藤間は話せば話すほど不思議な人物だった。きらりの目的を知っても怒りもせず、飄々としている。相変わらず槙坂から乗り換える素振りだけはないのだが。 明慧に入学して二ヶ月も三ヶ月もたってから知り合った三枝小枝とは、自分がすっかり困り果てているときに助けてもらったのが縁だったのだが、何となく彼女は藤間の影響を受けているのではないかと思っていた。先日などはそんな柄でもないだろうに、球技大会に実行委員に名乗り出て、小さな体で走り回っていた。聞けば、去年は藤間も同じ行事で実行委員をやっていたのだとか。 藤間とは妙な思惑など抜きにして、普通に先輩後輩としてつき合えていたら、楽で楽しかっただろうなと思わなくもなかった。 「そのとき、わたしは白いビキニの水着を着ていたのだけど――」 「……」 瞬間、きらりは「うわ」と思った。想像したらものすごい火力だったからだ。同じ女だからひと目見てすぐにわかったし、夏服になってさらに目立つようになったが、槙坂はとてもスタイルがいい。その槙坂がそんな水着を着たら……。 「そうしたら藤間くんはそれがすごく気になったみたいで、ちらちらとこちらを見るの」 「……藤間先輩、いやらしい……」 これだから男は、と思う。藤間もそのへんの男と同類かと、ちょっと幻滅した。 「そう? かわいいじゃない。本当はよく見たいのに、恥ずかしがってるのよ?」 しかし、槙坂はしれっとそんなこと言うのだった。 「で、でも、ですね――」 「藤間くんにも同じことを言ったけど――プールに行って水着になってるのよ? それを見るなと言うほうが勝手な話じゃないかしら? まぁ、好きな男の子が見てくれないのは不満だけど、恥ずかしがってるのだと思えば、それもかわいく思うわ」 「……」 大人だときらりは思った。余裕のある態度が素敵で、自分もこんな振る舞いができたら、と素直に思ってしまう。 「そうそう。ウォータースライダーを滑ったときにブラが外れてね」 「た、大変じゃないですか!?」 語られる一大事に、きらりの声が思わず大きくなる。 「大丈夫よ。すぐに藤間くんに抱きついたもの」 「……」 えっと、それは何もつけないままその豊かな胸を押しつけたということだろうか? 想像したらあまりにもエロティックなシチュエーションで顔が赤くなってしまう。 「『せっかくだからこっそり見る?』って聞いたときの藤間くんの顔、すごくかわいかったわ」 み、見る!? 何を? いや、そんなの決まってる。 「そ、そそ、それで藤間先輩は何て……?」 「それはもう、藤間くんだって男の子だもの、ただ見るだけじゃ……ねぇ?」 槙坂は意味深長に笑うだけ。 「周りにバレないかドキドキしたけど……ああいうのもいいわね」 「……」 何だろうか、そのただ見た見せただけじゃなさそうな言い方は。さっきは大人の女性だと思ったが、この人はもっといらやしい名状しがたい何かのような気がしてきた。 「あ、そうそう。その後には一緒にお風呂にも入ったわよ」 「お、おふっ!?」 ムリだ。この人には勝てない。少なくとも同じ方向性で戦っている間は、絶対に勝ち目はない。 一緒にお風呂という刺激的なワードに、きらりが頭をぐるぐるさせていると――おもむろに槙坂がお冷の入ったコップを手に取り、こちらに近づけてきた。きらりは意図がわからず、その様子をぼんやり眺めていると――、 「わひゃおぅ」 そのコップを頬に押し当てられ、その冷たさに思わず悲鳴がもれた。 「な、何をするんですか!?」 「ごめんなさい。何だか顔が熱そうだったから」 槙坂はころころと笑う。 「そりゃ熱いですよ……」 いったい誰のせいだと思っているのだろうか。 きらりはメロンソーダのグラスを両手で包み込むようにして持ち、手が十分に冷たくなったところで、その掌を火照った頬に当てた。冷たくて気持ちがいい。 「あら? 本気にしたの?」 「う、嘘だったんですか!?」 「そうね。本当半分、嘘じゃないのが半分、と言ったところかしらね?」 「……」 微妙な言い回しだ。 つまり大部分が本当ということだろうか。 普段は大人っぽくて清楚な美人なのに、やることエロいとか、どんなチートだ。勝てるか、こんなの。――内心で毒づくきらりだった。 その日の夜、自室で勉強中だった藤間真の携帯電話に着信があった。サブディスプレイに表示されたのは初めて目にする番号。本来なら未登録の番号から着信は、少なくとも一回は無視するのだが、今回はどういうわけは通話に応じてしまった。 「もしもし?」 『藤間先輩! 先輩はあんな、い、いやらしい女がいいんですか!?』 相手は名も名乗らずいきなり用件らしきことを叫んできたが、藤間には誰だかわかってしまった。一旦端末を耳から離し、そういえば案外先輩と呼ばれることが少ないな、と今さらながらに思う。 「いったい何のことだ? 詳しく説明しろ」 『く、詳しくって、そんなの言えるわけないじゃないですか!? ばかぁ!』 そうして電話は切られた。 藤間はわけがわからないまま、ただ二回ほど耳を痛めつけられただけだった。 その女、小悪魔につき――。 2014年7月9日公開 |
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