※ぇろいの注意!

 

槙坂さん、フライング
 
 それは秋休みのこと。
 その日、わたしは前期テスト前からの予定通り、藤間くんの部屋に泊まりにきていた。
 基本的に藤間くんは、わたしが部屋にいこうとすると渋い顔をする。嫌われているわけではないのはすでにわかり切っていること。それだけに彼の反応は不思議だったのだけど――最近ようやくわかった。わたしが彼の部屋に泊まるということは、たいていの場合、行為とセットになる。彼はそれに溺れることに抵抗があるらしい。
 というわけで、藤間くんがそんなことなど忘れるよう、盛り上げてみようと思う。
 今、彼はお風呂に入っていた。静かだ。湯舟に浸かっているのだろうか。わたしは準備をすると、磨りガラス状のドア越しに声をかけた。
「入るわよ」
「待て」
 もちろん、待たなかった。
 ドアを開ける。予想通り藤間くんは湯舟に浸かっていた。天井を見ながら考えごとでもしていたのか、慌てて顔を起こしてこちらを見た。バスタブのお湯に波が立つ。
 彼はバスタオルを巻いただけのわたしの姿を見てぎょっとした。
「すぐに出るから待ってろ」
「ベッドで?」
「違う。順番を待てと言ってるんだっ」
 だから出ていけと言外に言っているのだろう。本当にベッドで待ってろだったら、わたしは素直に回れ右しているところだ。
「いいじゃない。一緒に入れば」
 そのために普段なら暗黙の了解でわたしが先にお風呂を使うところを、「いま読んでる本がいいところだから」と嘘をついてまで藤間くんに先に入ってもらったのだから。
 ここのバスルームは広い。バスタブも。わたしは当然のことながら、彼も大柄なほうではないから、ふたり一緒でも余裕で入れる。
 わたしは体に巻いていたバスタオルを外した。
「バカ。やめろ」
 藤間くんが制止の声を張り上げる。……なんなのだろう、このピュアさは。夏に一線を越えて、以来、もう何度か朝まで一緒に過ごしているというのに。
「大丈夫よ。下はこれだもの」
 しかし、残念ながらバスタオルの下から出てきたのは、白いビキニの水着だった。夏休みにプールに行ったときに着ていたものだ。タオルは脱衣場に戻す。
「……そこまでして一緒に入る必要があるのか」
 呆れたような、不貞腐れたような口調の藤間くん。
 わたしはシャワーで体を流しながら答える。
「やりたいことがあるの」
「やりたいこと?」
 嫌そうな声音だった。それはわたしが部屋に行きたいと言ったときのものに似ていた。
 何となく彼の考えていることがわかってしまった。さすがにわたしもそこまでは考えていなかった……けど、
(お風呂でじゃれ合って、盛り上がったらそのまま……という流れも、大人ならあるのかしら?)
 ちょっと真面目に考えてしまった。
 わたしはシャワーを止めると、バスタブへとゆっくりと入る。
「やりたいことというのはね――」
 藤間くんはバスタブの端の背を貼りつけ、少しでも距離を開けようと試みる。しかし、広いとは言え、所詮は同じお風呂の中。姿勢を正しただけの微々たるものだ。
 そんな彼に、わたしはいきなり正面から抱きついた。
「何をする!?」
「プールのときの再現とやり直しよ」
 夏のプールでちょっとしたアクシデントがあり、あのときもこうして抱きついたのだった。
「……忘れた」
「そう? ああ、そうね。確かあのときはこうじゃなかったものね」
 言ってわたしは自分の背に手を回した。そこにある結び目を解くと、体を密着させたままで水着のトップスをするりと外した。早々に用のなくなったブラはバスタブの淵にかけておく。
「こうだったかしら?」
 何もつけていないわたしの胸が、彼の胸板に押しつけられてかたちを変え――そうなることで大きさややわらかさを視覚的に鮮烈に示していた。もちろん、体感もしてくれていることだろう。
「かもしれないが――ここはプールじゃない」
 しかし、藤間くんの反応は素っ気ない。努めてそうしているのだろう。
「じゃあ、プールじゃできないことをしようかしら?」
「……」
 黙る彼。わたしのはその無言を了解と受け取った。
『再現』はここまで。では、ここからは『やり直し』だ。
「ね、周りにはわからないように、こっそり見せてあげましょうか?」
 私はそう言うと、密着させていた体を少しだけ離した。体と体の間に隙間が生まれ、胸が露わになる。
 瞬間、彼が息を飲んだ。
 当然、視線はそこに注がれている。こんな明るいところで見られるのは初めてで、少し恥ずかしかった。しかも、視線を感じている部分が心なしかくすぐったい。まるで見るという行為自体がやわらかいタッチの愛撫のようだ。
「触ってみる?」
「い、いや、それは……」
 藤間くんの声に躊躇いと戸惑いの声が入り混じっている。
 わたしはその様子に苦笑すると、顔を寄せて彼の唇に啄むように何度かキスをした。藤間くんもまんざらではないようで、それなりに応じてくれる。
「これで人目を気にせずベタベタしてるバカなカップルね。わたしたちのことなんか呆れて、見て見ぬ振りするわ。……ほら、触ってみて」
 そこまでお膳立てをして、ようやく彼は水の中でわたしの胸に触れてきた。最初はおそるおそる、やわやわと。それから確かめるように丁寧に。
 次第にわたしの体も熱くなってくる。
「ん……」
 思わず声がもれそうになり、それを押し殺す。
 その反応がきっかけだったのだろうか、藤間くんはついに胸の先にまで触れてきた。
「ん……やっ、くすぐった……あン。……ああっ」
 敏感な部分に触れられ、わたしの声には自分の意思に関係なく濡れたような、艶っぽいものが混じってくる。
「そんなに声を出したら周りに聞こえるけどいいのか?」
「っ!?」
 彼にそんなことを耳元で言われ、わたしは慌てて人差し指の背を噛んで耐えた。それでも藤間くんはあの手この手で、ときには全体を、ときにはピンポイントで、わたしの胸を弄び続ける。意地悪をしているようで、それでいて優しい手つきだった。人が大勢いるプールでこんなことをしているかと思うとよけい体が熱くなってくる。
「ま、待って、藤間くん。このままじゃわたし、おかしくなりそう……」
 わたしの哀願を聞いても尚、藤間くんは存分にわたしの反応と感触を楽しみ、そうしてからようやく手を止めた。そのときにはわたしはぐったりとして、息が上がっていた。
「ねぇ、お風呂から出たら、その……」
 頭の芯が痺れたようになっていて、そのせいか普段はしないおねだりが口をついて出る。
 なのに、
「ここはプールだったんじゃなかったか?」
「いじわる……」
 
 
 
 そこでわたしは目を覚ました。
 目を覚ましたのだけど……起き上がれなかった。
「〜〜〜〜〜〜っ」
 布団を頭からかぶって、声にならない悲鳴を上げる。
 自己嫌悪というか、恥ずかしさで死にそうだった。それこそ穴があったら入りたい、だ。このままもう一度寝てしまいたかった。現実逃避の意味で。続きを見たいとかじゃなく。
 夢、だったらしい。
 しかも、いつもならたいてい起きると同時に忘れてしまうのに、今日に限ってまだはっきりと覚えている。……どれだけいやらしいのだろうか、わたしは。
 いろいろとひどい夢だった。よくよく考えてみたら、半分くらいは加々宮さんをからかったときに語ったものだ。どうりでわたし好みのシチュエーションだと思った。
 まさか藤間くんの部屋に泊まる予定の日にこんな夢を見るとは。いや、だからこそだろうか? 今日彼と会ったときに挙動不審にならなければいいけど。
 わたしはため息とも深呼吸ともつかない深い息を吐いてから布団を出た。
 
 その後、夢のご多分にもれず内容はすぐに忘れたのだけど、お泊りの準備をしている最中、洋服ダンスから水着が出てきてしまい、また夢を思い出して床に崩れ落ちた。しばらくは頭から離れないかもしれない。
 あと、水着を戻すか鞄に入れるか迷った。
 ちょっと死にたくなった。
 
 
 
その女、小悪魔につき――。
 
 2015年4月24日公開

 


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