キラキラ☆シューティング・スター2
 
 加々宮きらりは少しばかり複雑な心境だった。
 というのも、どうやら藤間真と槙坂涼がよりを戻したらしいのだ。
 まぁ、尤も、どうにもうだうだしているふうのふたりを見かねて、とりあえず藤間に発破をかけたのはほかならぬ自分なのだから、この結果に文句を言う筋合いではない。
 ただ、ちょっとだけ、このままもとの鞘に戻らなければ、自分にもチャンスが回ってくるだろうかと、淡い期待をしただけだ。
 その話は三枝小枝(さえぐさ・さえだ)から聞いた。彼女は藤間本人からその結末を聞き、心配かけたから今度何か買ってやる、とも言われたのだとか。
(わたしには……?)
 いや、何か買ってくれというのではなく、自分も心配していたのだから、報告があってもいいのではないかと思うのだ。
 すぐに別の生徒からもその話は耳に入ってきた。どうやら噂になっているらしい。それもそのはず。聞くところによると、多くの生徒の前で盛大に痴話喧嘩をした挙げ句、キスまでしたらしい。なんでそんなことになったのだか。いよいよ文句を言ってやりたいきらりだった。
 そんなもやもやした思いを抱えて、友達数人と昼休みの廊下を歩いていると、なんとその噂の主役のひとり、槙坂涼と出くわした。
 彼女は生徒指導室から出てくるところだった。先の噂について先生に何か聞かれていたのだろうか。或いは、こんな時期だから進路や志望校について相談していたのかもしれない。生徒指導室と言えばイメージは悪いが、実のところ進路指導室も兼ねているのである。
 扉を閉めた槙坂が体をこちらに向ける。ロングの黒髪が美しい、はっと息を飲むような美人だ。いつ見ても目を奪われる。
「ごめん。みんな、先に行ってて」
 言うなり、きらりは小走りに駆け出した。
 槙坂の前に立ち塞がる。
 もうこうなったら藤間でなくてもいい。彼女に文句を言ってやろう。そう思ったのだ。しかし、ふたりを知る人間がこの場にいたなら、こう思ったことだろう。……よせばいいのに。
「あら、加々宮さん」
「こんにちは、槙坂さん。……ちょっといいですか」
 同性をも魅了する笑みの槙坂に、やや緊張の面持ちで切り出すきらり。
「ええ、いいわよ」
 すると槙坂はその笑みの質を変え――まるで挑戦を受ける王者の貫録で快諾したのだった。
 
 ふたりは場所を変えた。
 特別教室の集まる一角。ここなら人通りが少ない。
「真先輩と仲直りしたんですね」
「ええ、おかげさまで」
 果たして、その「おかげさまで」はただの受け答えの決まり文句としてか。それとも、きらりが藤間の尻を引っ叩いた経緯を知ってのことか。
 何にせよ、その余裕が気に喰わない。
 とは言え、よりを戻したことを大喜びされたり、自分に感謝する槙坂涼というのも何か違う気がして、それはそれで馬鹿にされたような気がするだろうが。
「そう言えば、槙坂さん、わたしに嘘つきましたよね?」
「あら、どれのことかしら?」
 どれ、とはどういうことだろうか? まさかひとつではないのだろうか?
「お風呂の話です。一緒に入ったなんて嘘じゃないですか。真先輩言ってましたよ。そんなの知らないって」
「ああ、あれ」
 と、合点がいったように、槙坂。
「嘘は言ってないわよ。ちょっと説明が足りなかっただけで」
「?」
「ほら、あなたも藤間くんにつれていってもらったでしょう? ウォーターワールド。あそこのお風呂に一緒に入ったの」
 夏に小枝とともに藤間につれていってもらったウォーターワールド『バシャーン』には、屋内施設上層階に大浴場があるが、
「み、水着を着てるじゃないですかっ」
 その通り。「水着で入れる大浴場」が謳い文句であり、当然ながら男女の区別はない。
「でも、嘘は言ってないわ」
「……」
 確かに嘘は言っていない。だが、釈然としないものが残るのは確かだ。
「あ、そうそう。この前、藤間くんの部屋に泊まりにいったの」
「と、泊まりにいったんですか!?」
「何を驚くことがあるの? 仲直りをしたのよ。次はお互いの気持ちを確かめ合う行為がくるのは当然でしょう?」
「……」
 当然、なのだろうか? そのあたりよくわからないが、仮に当然だとしても、さっそくすぎないだろうか?
「そのときに一緒にお風呂に入ったわよ」
「っ!?」
 思わず絶句するきらり。
 だが、ついさっき意図的にミスリードしていたことを悪びれる様子もなく白状したばかりなのだ。これも嘘という可能性はおおいにある。
「ま、また水着を着てたっていうオチじゃないでしょうね?」
 もう騙されないぞという思いで問う。
「あら、正解。よくわかったわね」
「え……」
 意外にも槙坂はあっさりとそれを認めた。本当にそんなオチだったらしい。だが、それはそれですごくはないだろうか。きらりも藤間の部屋には、勉強会からのお泊り会で、足を踏み入れたことがあり、バスルームも知っている。
 高級タワーマンションで、バスルームもふたり一緒に入れるくらいに広いが、しょせんはバスルーム。密着しないまでも、手を伸ばせば届く距離。そこに槙坂が水着でいるのだ。
「因みに、白のビキニだったわ」
「前に言ってたやつですか?」
 ウォーターワールドに行ったときはそうだったと聞いている。
「まさか。同じものだと藤間くんだって飽きてしまうわ」
「あ、飽きる……?」
 飽きさせてはいけないだろうか。
 自分が行ったときは、ピンクのボーダー柄のビキニだった。次に行くときは違うものにしたほうがいいのかもしれない。いや、できれば来年にはその水着も少しきつくなっていてほしいのは確かだが。特にトップスが。
「具体的に言うと、トップスは胸が大胆に開いていて、ボトムはストリングでなかなかのハイカットよ」
「ひいっ」
 覆わずきらりは悲鳴を上げる。なんだその全身凶器。
「そ、そんな恰好してたら、真先輩が、その……」
 きらりは言葉にするのを躊躇う。
 要するに、藤間が変な気を起こして、お風呂どころではなくなるのではないか、ということである。
「ええ、もちろん、そうなったわ」
「えっ!?」
 あっけらかんとして言った槙坂の返事に、きらりは驚きの声を上げた。
「言ったでしょう。お互いの気持ちを確かめ合う行為だって。最初からそのつもりでお風呂に入ったし、水着はそれを盛り上げるためのツールね」
「そ、それでどんなことを……?」
「そうね――」
 と、槙坂は妖艶な笑みを浮かべながら、きらりへと一歩近づいてきた。ただならぬ空気を察し、思わず詰められた距離だけ下がる。が、背中が廊下の窓に当たった。
「わたしが彼の膝の上に座るようにして向かい合って……まずはキスね」
 槙坂は密着一歩手前まできらりに身を寄せ、語りはじめる。
「キス……」
「ええ。キスは性的興奮を高めるけど、それ以上にやっぱりムードは大切だもの。その点、藤間くんはそこを大切にしてくれるわ。だから、いつも最初はキスから」
「さ、さすが真先輩……」
 当人の知らないところで、実に不本意であろう部分で、藤間が株を上げた瞬間だった。
「そうしながら――」
 と、不意に槙坂はきらりの胸――残念ながら、まだ年相応で、でも、自分では将来有望だと思っている――の上に掌を置いた。
「ななな、何を……!?」
「こうして胸に触れてくるの。すごく優しく丁寧な感じ。だけど、キスをしながらだとゾクゾクするのよ」
「そ、そうなんですね……」
 まだキスの経験すらないきらりにはわからない感覚だが、憧れにも似た気持ちで感心してしまう。
「でも、次第にそれだけじゃ物足りなくなってくるの。そうしたらまるでそれをわかっているかのように、するっと――」
 その言葉通り、するっ、と、
「彼の手がブラの中に入ってくるの」
「ふぁっ!?」
 槙坂の手がきらりのブレザーの内側へと忍び込んできた。
 しなやかな指の一本がブラウスの上をカリカリと軽く引っ掻く。ブラのカップ越しのせいか、くすぐったいような、妙な感覚だ。この動きは何を意味するのだろうか?
「それもやっぱりキスをしながら……?」
 きらりは力が抜けそうになるのを堪えつつ、聞く。
「ううん」
 槙坂は首を横に振った。
「だって、声が出ちゃって、キスどころじゃないもの」
「こ、声!?」
「そう、声。知ってる? バスルームだと声が響いちゃって、すごく恥ずかしいのよ」
 槙坂がきらりに優しくおしえる。
「でも、そういうのが気持ちを高ぶらせるの。恥ずかしいとか優しくないとか、いじわるなことを言われるとか」
「……」
「わからない? あなたもいずれわかるようになるわ」
 槙坂は大人びた笑みで、諭すように言う。
「そ、それで次は……?」
 きらりは熱に浮かされたような赤い顔で、話の続きを求めた。
「次は……どうすると思う? ブラを脱がす? はずれ。言ったでしょう、水着は盛り上げるためのツールだって。脱いでしまったらもったいないわ」
 そう言うと槙坂は、ブレザーの内側にある手を上方へとスライドさせた。まるで優しく脱がせるみたいにして、ブレザーの肩のあたりをはだけさせる。
「こうやって半分だけ脱がされるの」
「そ、そんなことしたら見えちゃうんじゃ……?」
 今していること、これからしようとすることを考えれば、これほど的外れな心配もないのだが、槙坂はくすりと笑う。
「ええ、見られちゃうわね。あなたも経験ない? 男の子が自分のどこを見てるかわかってしまうことって」
「……ありますね」
 得てして女は異性のそういう視線に鋭いものだ。当然きらりにも経験がある。ふとももを見てるとか揺れるスカートが気になってるとか、いま胸をスルーしやがったとか。
「こういうときってね、敏感になってるから、見られてるだけで感じるの。ちくちくするような、くすぐったい感じね。指でいたずらされてるみたい」
「か、感……っ」
「そこで藤間くんは、おもむろにわたしの腰に手を回して、ぐっと自分のほうに……って、あら?」
 槙坂の言葉が途切れる。きらりが立ったまま目を回して、頭をふらふらさせていたからだ。どうやらここにきてついに直接的な表現が出たせいで、オーバーヒートを起こしたらしい。「お、おふ、おふ、おふぅ……」と意味不明な言葉をうわ言のように繰り返している。
「もう限界? 他愛もないわね」
 そんな彼女を見て、槙坂は呆れたように肩をすくめた。
「まぁ、いいわ。わたしもありもしないことを言ってて虚しくなってきたところだったし」
 どうやら創作だったらしい。
 しかし、熱暴走を起こしたきらりには、その言葉は届いていなかった。
 
 その夜、
 藤間のもとに加々宮きらりから電話がかかってきた。
 正直、嫌な予感しかしないのだが、しかし、それでも出ることにする。
「もしもし?」
『せ、先輩が必死でよりを戻そうとした理由がわかりました。ドン引きですっ』
「……」
 いきなり何なのだろうか。ドン引きはこちらのほうである。
『それに危うく新しい人間関係ができてしまうところだったんですからねっ』
「それは悪いことじゃないだろう」
『お姉様なんていりませんよ!』
 なぜか半泣きで言い返されてしまった。
 そうか、僕はいきなりお妹様ができたが、そこそこ楽しんでいるけどな。と、藤間は心中で思う。これは何の差だろうか。宗派の違いか?
「さっきからさっぱり要領を得ないんだが。とりあえず理由を――」
『言えるわけないじゃないですかっ。ばかー!』
 そうして電話は切れた。
「おい、前と同じオチかよ……」
 藤間は誰への文句かわからない言葉をつぶやき、静かに携帯電話を置いた。
 
 
 
その女、小悪魔につき――。
 
 2016年3月12日公開

 


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