クリスマスも間近に迫ったある日のこと。
 鷹尾周は書店の雑誌コーナーで情報誌を立ち読みしていた。
(中はこんなふうになってるのか……)
 掲載された情報にしきりに感心する周。
『○○Walker』と題されたその情報誌の今号の特集は、『クリスマス間近、ラブホテル特集』だった。中高生から大人までが読み、普段から食と旅行の特集をよくやっている情報誌も、12月となれば堂々とこんな特集を組むのだから、自由奔放な時代である。……世も末とも言うが。
 とは言え、おかげさまで周は、普段から立ち読みしている雑誌で、この年では到底知り得ない情報を手に入れることができた。今のところ活用する予定のない知識ではあるが、知的好奇心は満足させられる。
 と。
「周様、こんなところでまた立ち読みですか」
 そこに月子の声。
 咄嗟にページを閉じて、月子へと振り返った。雑誌は背中へ回して隠す。この間、一秒足らずの動作だった。
「な、なんだ、月子さんか」
「何を読んでいたのですか」
 そんな周の様子に怪訝なものを感じたのか、月子は一瞬だけかたちのよい眉をひそめてから問うた。
「い、いや、何でもないんだ。たいした本じゃない」
 ますます挙動が不審になる。これで何もないと主張したところで説得力が伴うはずがない。月子はいよいよ怪しいと疑念を固めた。
「見せてください」
 手を伸ばし、雑誌を奪おうとする――が、周は体を90度回して、それを避けた。
 月子はむっとした顔で周を見る。
「こ、これはインスマス……じゃなくて、クリスマスの計画の参考にと思って見てただけだからっ」
「では、私にも見せてください」
 今度は反対側から奪いにかかる。
 だが、それも周はさっきとは逆向きに体をひねって避けた。
「なぜ見せてくれないのですか」
「別にそういうわけじゃ……」
 さらに2度の攻防。3度目にして月子はフェイントを入れてきたが、辛くも周はそれを見極め、死守した。
「……」
「……」
 動きを止め、睨み合うふたり。
 ここにきて周は月子と互角に渡り合っていた。それは守るべきものを見つけた少年の強さだった。
 動体視力が極限まで向上する。
 体が思考よりも速く反応する。
 今なら昔の達人の逸話の如く、箸で飛ぶハエを捕まえることすらできるだろう。
 月子の手が動きを見せた。
 次は右か、左か。
 しかし、必ず見切ってみせる。
「おぶすっ!」
 喉だった。
 炸裂する必殺の地獄突き(ヘル・スタッブ)。
「ぐおおおぉぉぉ」
 周は喉を抑えてうずくまった。
「周様が私と互角に張り合おうなど10年早いです」
 勝者の貫禄を見せつつ言い、月子は落ちた雑誌を悠々と拾い上げる。
「これで、いったい何を読ん――」
 言葉が途切れた。
 目が表紙を見たまま固まっている。
「……周様」
「お、おう」
「周様、先ほどクリスマスの計画がどうとか言っていたようですが、それはいったいどんな計画で?」
「ちょっと待て、それは誤解だっ。月子さんが思ってるのとは違う!」
 必死に弁解、というか、誤解を解こうとする周。
 しかし、もはや問答無用だった。
 かくして、身の毛もよだつ惨劇の幕が開けた――。
 
「ひでぇ目に遭ったぜ」
 帰り道、周ぼやいた。
「違うなら違うと、ちゃんと言ってください」
「言っただろうがっ。それを聞こうともせずに、撲殺しそうな勢いで殴る蹴るの暴行を加えたのは誰だよ」
 結局、月子が周の主張に耳を傾けたのは、4140カスタムスティール合金の特殊警棒を今まさに振り下ろす瞬間のことだった。ぶっちゃけ、さんざんっぱらTACO・NA・GU・RI!にして周をカエルみたいな面にした挙句の、止めを刺す直前である。
 今はこうして帰路についている。
 周と月子は、ふたり並んで冬の夕暮れを歩く。
「周様はあのようなページは見ていないのですね」
「いや、見たけどな。興味あったし」
 がすっ
 周の尻に月子の蹴りがヒットした。
「痛ぇなっ」
「まったく……」
 しかし、月子は周の抗議は無視して、嘆くようにつぶやいた。いったい何に嘆いているのか。周にか、それともあのような特集が堂々と組まれる世の風潮にか。
「いいですか。クリスマスに誰を誘うつもりか知りませんが……まぁ、たぶん翔子さん辺りなのだろうと思いますが。周様は高校生なのですから、それ相応の過ごし方をしてください。ああいうのは大人のすることです」
「わかってるっつーの」
 周はうんざりしたように言い返した。
「つーかさ、まだ誤解があるよなぁ」
「何ですか?」
「いや、だからさ……」
 と、そこで言いにくそうに言葉を切ってから、周は頭をがしがしと掻いた。
「翔子ちゃんじゃなくて……、月子さん」
「はい?」
 月子は意味を理解できなかったようで、疑問形の発音を返した
「ああ、もうっ。だからクリスマスだよ、クリスマス! 俺が誘おうと思ってんのは月子さんなのっ」
 なぜか頭の巡りの悪い月子に周は軽くキレて、ヤケクソ気味に言い放った。
「わ、わたし!?」
 月子の足が止まる。
 遅れて周も足を止めるが、気恥ずかしさから面と向かうことができず、半身だけの中途半端な振り返り方になった。
「で、でも……」
 月子は戸惑ったように言いよどむ。
「ホテルだなんて……」
「だーっ、なんで話がもとに戻ってんだよ! 誤解だっつって納得したんじゃなかったのかよっ」
「そ、そうでした……」
 はっと我に返る。
 再び周が歩き出し、月子も後に続いた。
「で、どうなのさ」
「え、え?」
「クリスマス。いや、月子さんがダメとか、もう予定が入ってるとかなら、別に無理にってわけじゃないんだけどさ」
 さっきの勢いはどへやら、周は自信なさげに前を向いたまま尋ねた。
「い、いえ。はい、大丈夫です……」
 そして、月子もまた弱々しく、しかし、肯定の意志を口にした。
 それを聞いて周は、ほっと胸を撫で下ろす。
「そっか。それはよかった。まだどこに行くかとかぜんぜん決まってないんだけどさ、退屈させないようにはするよ」
「はい。期待、してます……」
 月子はうつむき加減に答えた。
 周と月子、ともにそわそわした不安を感じながらも、クリスマスに向けたくすぐったいような気持ちもやはり同じだった。
 
 
50%&50%
 クリスマスSS Ver.2009「クリスマスの影」
 2009年12月20日公開
何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。