ある朝の風景 《なっちの方》 日曜日――、 いつもより1時間ほど遅く起きた僕。 日曜日なので時間に追われることもなく、本日は朝食に凝ってみた。 それをひとりダイニングで食べていると、 「ああ、そうだ」 居内さんに伝えないといけないことがあったのを思い出した。 昨日の終礼のとき、彼女は部活の用事だとかでいなかったのだ。 大会が近いとか? いや、家庭科部だし。 そんなわけでさっそくパンを片手に、ケータイでメールを打つ。 メールにしたのは、まだ朝だし、連絡事項を伝えることしか用件がないのと、電話だとコミュニケーションの難度が上がるから。以前、電話してみて大変な目に遭った。 さて、連絡事項をもれなく打ち込んで、送信。 「これでよし、と」 ひと安心して食事を続けていると、しばらくしてケータイが着信メロディを鳴らしはじめた。 このタイミングだと居内さんからの返信か? ディスプレイを見る。 案の定、彼女だった。 しかし、メールの本文はただひと言。 ――ねりゃー、あ 「……」 意味がわからない。 これはいったい何の暗号か。ここにどんな意味が含まれていて、背後に何が隠されているのか理解不能。想像もできない。 「怖……じゃなくて、やば……でもなくて、正直逃げ……あー、いや、うん。まあ、いいか。とりあえず読んでくれたみたいだし」 むりやり納得させてケータイを閉じた。 地獄の釜に蓋を閉めるのに似た行為。 朝食が終わると、洗濯と家中の掃除を平行して進める。 それが一段落ついた頃、再びケータイが鳴った。 また居内さんだ。 「…………」 どうしよう。開けずに削除するべきか? いや、いくらなんでもそれはダメだろう。 一瞬よぎった考えを頭から追い払い、僕はメールを開けてみた。 ――さっき、変なメールが行ったけど、気にしないで。 まだ、寝てた、だけ。 「寝ぼけたまま返信しやがったのか……」 まあ、いいけどね。 最後に「連絡、ありがとう」と添えられていた。 ある朝の風景 《居内さんの方》 居内加代子は朝起きたとき、自分が携帯電話を握ってうつ伏せで寝ていたことに気がついた。 まるでダイイングメッセージを残そうとした死体のようだ。 どうしてこうなっているのか考えてみる。 「…………」 思い出した。 まだ眠っている最中にメールを受け取ったのだった。着信メロディで叩き起こされたことに軽くむっときたが、それでも返信して、また寝た。 そこまではいい。 だけどいったい何と書いて返信しただろうか。 覚えていない。 覚えていなくて、思い出せないのならメモリィを呼び出せばいい――そう思って加代子は死体のポーズからむっくりと起き上がった。 ベッドの上にぺたりと座り込み、携帯電話を開く。ディスプレィに表示されている時間は9時半。いつもより少し遅い。 それからメールを開く。 受信したメールは千秋那智からのものだった。内容は昨日の終礼での連絡事項。 そして、返信した内容は、 ――ねりゃー、あ 「ちょ……、私……」 普段めったに言葉を発しない加代子が、思わず発音した。 意味がわからない。 推測するなら安眠を妨害された怒りに任せて綴ったのだろうが、それにしても理解を超えている。 よりにもよって彼にこんなメールを打つとは。 すぐにフォローを入れなくては。 加代子はすぐに次のメールを送ることに決めた。 そうだ。せっかくだから今の自分の姿をカメラで撮って添付したらどうだろうか。着崩れたパジャマに、下はブラも着けていない。これなら悩殺だ。 ……。 ……。 ……。 ……もう少し冷静になろう。 手を伸ばし携帯電話を自分に向けた体勢で、ぴたりと止まる。 こんなものを送れば、明日から気まずくなるに決まっている。最悪、ただの変態さんだ。 普通にメールするのがベストだろう。 ――ふぁーすとやっぴー! 元気かな? 元気かなっ? 千秋くんは元気かな〜? 「……」 ……誰? 知りません。 結局、こんな調子で2回ほど書き直した後、いつも通りのメールを送ったのだった。 |
||
|