司と円 −小学5年生−
 
 ある日曜日の午後のこと。
 四方堂円は友達の家に遊びに行こうと、車庫の自転車を押して表へ出た。すると、同じように向かいの家からも出てくる人影があった。
 片瀬司だ。
 半月ほど前に引越ししてきた父子家庭の子。同い年、同性の円から見ても素直にかわいいと思えるほどの美少女だ。
「……げ」
 司の姿を見た瞬間、円は顔をしかめた。
 実を言うと円は彼女と反りが合わなかった。
 引っ越ししてきた日、司の父親から「仲良くしてやってください」と挨拶をされたが、未だにそうできないでいる。どこがどうというわけではないのだが、相性が悪いようだ。
 たぶん、いつまでたってもこのままだろう、という予感がある。
「あ、円だ」
 司は円の姿を認めると、小さな悪意を含んだ笑顔を見せた。
 円の感覚が正しければ、司も円のことを好きではないはずだ。
 それ故の、予感。
「見て、円。さっき教会に行った帰りにお父さんに買ってもらったのよ」
 そう言いながら、司はつばの広い帽子を見せびらかすように示した。
「いいでしょう? どう? 似合う?」
「……」
 確かにその帽子をかぶった司は、小さなお嬢さんといった感じで、彼女によく似合っていた。
 よく似合っているからこそ、円は無性に腹が立った。
 円は自転車を押して司にそばに寄ると、素早くその帽子を奪い取った。
「あっ」
 司が驚いているうちに自転車に乗り、すぐさまペダルを漕ぎ出した。
「へん。返して欲しけりゃ、ここまでおいでー」
 そういいながら逃げる。
 円は走りはじめて最初の角で曲がると、速度を落とした。こういうのは相手の姿が見えていないと面白くない
 自転車を止めて、後ろを窺う。が、司が追いかけてくる気配はぜんぜんない。
 無駄と思って諦めたのだろうか。それともその場でうずくまって泣いているのかも。もし後者ならさすがにマズいかもしれないと、円は思う。以前、弟を全力で蹴飛ばして玄関まで吹っ飛ばしたときも、父親に散々怒られた。
 一度戻ろうかと思い、自転車をターンさせようとしたとき、司がようやく姿を現した。
 彼女は、あろうことかスクータに乗っていた。
「ちょっとっ! わたしの帽子、返しなさいよっ!」
 その鬼気迫る形相に、円は「ひ……っ」と悲鳴を喉から搾り出すと、慌てて自転車を発進させた。
 しかし、自転車とスクータ、人力と原動機、その性能の差は歴然としている。
「ちょっと待って。タンマ、タンマ」
「ほらほらほら。もっと頑張らないと轢き殺すわよー」
 スクータのエンジン音に重なって、オーメンでダミアンな少女の声が聞こえる。
「ひ、ひいぃ〜」
 決定的に突っ込むべきポイントがあるのだが、追いかけられる円はそれどころではなかった。
「ぼ、帽子っ。帽子返すから……助け……っ」
「アーアー。聞ーこーえーなーいー」
「嘘吐けーーーっ」
 今や完全に立場が逆転していた。
「ていうか、なんでアンタ、そんなもの乗れるのよーっ!?」
「何を言ってるの? うちは父子家庭よ?」
「関係あるかーっ!」
 結局、その後、円はたっぷり一時間は追いかけ回された。
 
 
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