昼食後、まずはボーリングということになった。
 いちばん上手いのは意外にも司先輩だった。六月にも一度一緒にやって上手いとは思っ
ていたけど、今回、比較対象が増えたことでさらにそれを実感した。
 次が円先輩。力と技を高いレベルで兼ね備えている。それに並んで一夜。一夜も円先輩
と似たようなタイプだけど、やや技術寄り。
 そして、力も技も兼ね備えていないのが僕。
 ボーリングなんか数えるほどしかやったことがないので、とりあえず力任せに投げる。
が、その力もたかがしれていてスコアはぜんぜん伸びない。どうやら僕は基本的にバスケ
に特化した人間らしい。
 
 
Simple Life
  #4 第八話(2) 忠誠
 
 
「ぃよっし!」
 円先輩の投げたボールは真正面から突っ込んでいって、景気のいい音を立てたその後に
は立っているピンは一本もなかった。
 円先輩は4ゲーム目にしてさらに調子を上げてきて、パワーボウルに磨きがかかってい
る。ストライクが、まるでピンが爆発しているように見える。
「どうよ? 遠矢っち」
「あかんな。まだ届けへんわ」
 スコアを見て一夜が淡々と答える。
 現在、ゲームはチーム戦に移行している。司先輩・僕 vs 円先輩・一夜。勝っているのは
僕らで、円先輩たちは追う立場だ。
「あんだけ足引っ張ってんのがおるのにな」
「悪かったなっ」
 ……こんにゃろ。わざと僕に聞こえるように言いやがったな。
 僕らが勝っているのは、ひとえに司先輩のおかげだ。僕が稼いだスコアは微々たるもの。
そういう意味では悔しいが一夜の言葉は否定できない。
「大丈夫。那智くんの分までわたしが頑張るから」
 ボールを手に取りながら司先輩が言う。
「いや、申し訳ないです……」
 ホント情けないな。いいところを見せようと思うのだけど、センスが欠片もないようで
どうしようもない。
 そこに円先輩に茶々が入る。
「司ー。頑張るのはいいけど、あんま張り切ると……見えるぞ」
「えっ、嘘!?」
 ボールを構えてレーンの向こうを見つめていた司先輩がスカートのお尻の部分を押さえ
て振り返った。そんな先輩は、本日は白いスコ−ト風のプリーツスカート。もれなくちょっ
ぴり短い。
「ホント!? 見えてる!?」
「見えてません見えてません! 大丈夫です!」
 別に僕が悪いことをしたわけでもないのに、縦にした掌を凄い勢いで振りながら慌てて
否定した。
「油断するなよー。なっちだって男だから、見えてたってきっと黙ってるぞ」
「せ、先輩っ」
 頼むから僕を巻き込まないでくれ。
「う〜……」
 ジト目でこちらを睨む司先輩。完全に疑心暗鬼になっているようだ。
「大丈夫、大丈夫ですから……」
「本当? 那智くんのこと信じてるからね?」
 恐る恐る僕が言って、恐る恐る司先輩が応える。何でこんなに気まずい空気が流れてる
んだろうな。
 再びレーンに向き直る司先輩。
 と、そこにまたしても円先輩の茶々が入る。
「司ー、白いのが見えない程度に頑張りなー」
「何よ、やっぱり見えてないんじゃないっ。今日はピンク……」
 鬼の首を取ったように勢いよく振り返った司先輩だったが、
「……、ぁ……」
 小さな悲鳴を上げて、振り返ったときと同じ勢いでまた向こうを向いた。
 勝ち誇ったようにガッツポーズの円先輩。
 そして、折り重なる屍の如く転がる僕と一夜。……いや、ただ単に僕が一夜に向かって
倒れ込んだだけなんだけど。
「一夜〜。僕、鼻血が止まらなくて死ぬかも……」
「……古典的やな、その表現も。あと、男としてそこまで耐性がないのもどうやろな?」
 僕の下敷きになりながら迷惑そうに一夜は言った。
「問題アリですか?」
「いや、那智らしいてええわ」
 結局、気になって仕方のない司先輩はフォームが乱れまくりでガーター。しかも、こち
らに戻ってきたら、さっきよりもさらに気まずい空気になっていた。
 ……円先輩も狡い手を使う。
 しかし、ここで大人しく引き下がる司先輩ではない。先ほどのファミレスでのやり取り
を見てわかる通り、けっこう負けず嫌いでやられたらやり返す人だ。
「円、見えてるわよ」
 あれ以降、調子をがくんと落とした司先輩が、不機嫌な声で言った。
 今まさにボールを投げようとしていた円先輩は「ん……?」と身体を捻り、自分の腰を
見た。とは言え、実際に見えたわけではないだろうが、そこに何があるかは思い出したよ
うだ。
「ああ、これね。見せてんのよ」
 ジーンズからラインストーンが見えている。
「チラ見せ用? ローライズ穿くならラインが見えにくい下着を選ぶのと、多少見せるの
は基本でしょ、やっぱさ」
 さっぱりとそう言ってのけると、円先輩は何事もなかったようにボールを投げた。
 そして、再び屍と化す一夜と僕。
「………」
「………」
 ファッションも攻撃的だけど、言動までもが攻撃的だとは思わなかった。
「い、いらん想像しちゃったよ……。おい、一夜。女の子って男の前でああいうことを普
通に話すものなのか?」
「………」
 返事がない。ただの屍のようだ。
 どうやら今回は僕の巻き添えではなく、一夜も撃沈したらしい。
 恐るべしは司先輩。試みた精神攻撃(メンタルアタック)が本来意図したところとは全
然違うところに炸裂するとは。
「ッ〜〜!」
 屍状態からようやく立ち直って、よろよろと起き上がる。そんな僕の視界に、突然、暗
闇が落ちた。
「の゛っ!?」
「ダメよ。あんなの見たら目が腐るんだから」
 両手で僕の目を覆った司先輩が言う。
「ふぁい……」
 腐るのか。
 それは怖いな……。
 
 ゴールまで多少距離があったが、僕は仕方なくボールを持って跳んだ。
 円先輩も跳んでいる。
 当然だ。完全にシュートを撃たされた形になっているのだから。
 僕は左手で円先輩のシュートチェックをガードし、右手のスナップだけでボールを放っ
た。
 綺麗な弧を描くボール。
 だが、それはリングにも当たらずコートに落下し、エンドラインを割った。
「うあ゛……」
「なっち、なさけねぇ〜」
 絶望的な呻き声を上げる僕の横で、円先輩がからかう。
「ち、違っ。普段なら届きますよ、あれくらい。さっきのボーリングのせいです。あれで
力が入らないんですっ」
「はいはい。そういうことにしとこっか」
 笑いながら円先輩はそう言が、あまり信じていない様子だ。
「ちっくしょ〜……」
 と、そこでベンチで見てるはず司先輩に目をやる。
「うあ゛……」
 僕はもう一度小さく悲鳴を上げた。
 司先輩の目が、なんかもうツンドラ気候だった。視線が冷ややかを通り越して、突き刺
さるように痛い。そりゃあゴールにも届かなかったのは格好悪いけどさぁ、そこまで白け
なくても……
 ボーリングが終わった後、僕らは3on3のコートを借りた。
 ここはボーリング場というよりは総合アミューズメント施設なので、ゲームセンタ、カ
ラオケ、ビリーヤード等々、いろんなものがある。一日遊び回るにはとても便利だ。
 経験のない司先輩と一夜は見物・応援でいいと言うので、円先輩と一対一をくり返して
いるのだけど、僕がダメプレイを連発しているせいか司先輩の機嫌が目に見えて悪くなっ
てきている。
「おーい、なっち。次、いくよ」
 ボールを拾った円先輩がドリブルしながら僕を呼ぶ。八月にクラブを引退したばかりで
身体がうずうずしているのか、ここぞとばかりに遊びまくっている。まあ、僕も根っから
のバスケ好きなので似たようなものだけど。
 円先輩に急かされて僕はディフェンスについた。
 ここはいっちょいいところを見せて名誉挽回しないと、このままでは凍え死ぬか視線で
身体に穴があいてしまう。
「よし、じゃあ、いこうか」
 そう言いながら円先輩はボールを僕に投げてよこす。それを僕はバウンドパスで返して
ゲーム開始。
 ボールを受け取ったと同時に円先輩は勝負を仕掛けてきた。
 単純にスピードで抜きにかかるつもりらしい。
 横まで回られたらお終いだ。後は追って併走するだけで、止めることはできないだろう。
だから、僕は横に大きく一歩、跳ぶように踏み出す。
 円先輩のドリブルコースをふさいだ。
 が、それでも円先輩は止まらない。ならば、と僕はそこで足を止める。
「うわ……っ」
「………ッ!」
 そして、接触。
 ふたりまとめて転倒した。
 だが、これならルーズボールを取りに行くまでもなく僕の勝ちだ。
「よっし。今のはオフェンスファウルでしょう」
「アタシもそんな気がする」
 円先輩が苦笑しながら答えた。ファウルを誘ったこっちよりも、やった本人の方がよく
判っているようだ。
「突撃隊長みたいななっちにオフェンスファウル取られるとはなぁ。さすがに強引すぎた
か」
「なんか酷いこと言われてる気がするな……」
 腑に落ちないものを感じながらも先に立ち上がり、手を貸して円先輩を引き起こす。
 これでどうだ、と司先輩を見たが、その態度は先ほどと変わらず冷ややかだった。
 そりゃそうだ。素人が見たところでオフェンスファウルの何が凄いのかわかるとも思え
ない。ただ単にぶつかってひっくり返ったようにしか見えないだろう。
 て言うか――。
(なんか怒ってる……?)
 と、どことなく不穏な空気を感じてる僕の前で、司先輩が勢いよく立ち上がった。そし
て、そのままずんずんこちらに歩いてくる。……BGMはジョーズな感じ。
「……わたしも、やる」
「はい?」
 何を言ったか理解できずに聞き返す。
「わたしもやるって言ったんです」
 軽く丁寧語。
 こうなると逆らえない。が、かと言って司先輩と一対一をすることにもそこはかとなく
危険を感じる。
 かくして僕はささやかな抵抗を試みる。
「でも、先輩、見物って……」
「気が変わったわ」
「いや、けど、その格好でやるんですか……?」
 そう言いながら視線を落とす。
 そこにはミニスカート。そこでようやく司先輩も自分の格好が跳んだり跳ねたりの運動
に向いていないことに気づいたらしい。
 僕を見る。
 円先輩を見る。
 振り返って一夜を見る。
 そして――、
「遠矢君、むこう向いてて」
 びしっと言う。
 一夜は肩をすくめると、背もたれのないベンチの上で向きを変えた。
「さあ、やりましょ」
 これで準備万端整ったとばかりに司先輩が言った。
「だそうですよ、円先輩」
「那智くんがやるのっ」
「あ、やっぱり?」
 まあ、そんな気はしていたけど。
「ここはもう諦めて相手してやるんだね」
 円先輩は僕にボールを押しつけると、にやにや笑いながら言った。
「じゃあ、先輩のオフェンスからでいいですか?」
「え、ええ……」
 僕はもらったばかりのボールを司先輩に投げ渡すと、スリースローラインの上に立って
ディフェンスについた。
 さて、どうしたものか。
 司先輩相手に本気でやるわけにいかないし。程よく手を抜いて遊び半分でやるのがベス
トか。……と言いつつ実は巧いとかいうオチじゃないだろうな?
 そう思っている僕の目の前で、司先輩がおもむろにドリブルをはじめた。
 てん てん てん……
「………」
 どこからどう見ても素人のドリブルだった。位置がやけに高いわ、目はずっとボールを
見ているわ。そして、何よりもディフェンダの真ん前でドリブルをする意味がわからない。
 さて、どうしたものか。
 さっきと同じことを、手を延ばせば取れるはずのボールを眺めながら、真剣に考えてし
まった。
 結局、司先輩との一対一は気を遣いっぱなしだった。
 
 散々遊び尽くした後の夜道を司先輩と帰る。
 もう時間も遅く辺りは真っ暗なので先輩を家まで送っていくことにした。司先輩とお向
かいさんの円先輩も一緒に帰るものだとばかり思っていたら、妙な気を回してか一夜とふ
たり別の道でゆっくり帰ると言い出した。「不健全な寄り道するなよ」って、余計なお世
話だよなぁ。
 そんなわけで今は司先輩とふたりきりだ。
「んーっ。今日はいっぱい遊んだわ」
 組み合わせた手を天に伸ばしながら司先輩が言った。
「僕もさすがに疲れました」
 ええ、特に先輩との一対一で気疲れしましたとも。
「あーあ、明日からまた学校か……」
「そうね……」
 ふたり一緒にため息を吐く。
 また学校で好奇の目に晒されたり、人の姿を横目にひそひそと何か囁かれたり、決闘を
申し込まれたりするのかと思うと陰鬱な気分にもなるというもの。
「どうせならいっそのこと思いっきりベタベタしようかしら?」
「ははっ。それもいいかもしれませんね」
 先輩のやけくそっぽい冗談に笑いながら応える。
「手はじめに何からします?」
「そうねぇ、手をつないで登下校は基本よね。そして、学校に着いて昇降口で別れるとき
にはキスをするの」
「ホントにベタベタですね……」
 僕がそういうと先輩はくすりと笑った。
「それからお昼休みはわたしが手作りのお弁当を持っていくわ。場所は……、中庭がいい
わね。校舎の中からでも見えるから」
「そりゃ目立ちまくりだ」
「ええ、そうよ。みんなに見せつけるのが目的なんだから。……とりあえずはこれくらい
かしら? 那智くんと一緒のクラスだったらもっといろんなことができたのに。……残念
だわ」
 確かに僕もそう思う。ベタベタしたいとかじゃなく、極々単純に聖嶺での高校生活を少
しでも多く先輩と過ごしたいと思う。
 けれど、もう半年もすれば先輩は卒業してしまう。
 つくづく先輩と同じクラスなら良かったのにと思う。
「だから、明日は那智くん、お弁当は持ってこなくていいわよ。朝の待ち合わせは、やっ
ぱり駅かしら?」
「……は?」
 僕は思わず足を止めた。
「『は?』じゃなくて」
 数歩進んでから先輩も立ち止まり、振り返る。
「明日から早速そうしましょって言ってるの」
 腰に手を当てて怒ったように言う。
「冗談でしょ!?」
「冗談じゃないわ」
「冗談にしといて下さい!」
 見事な三段活用だ。
 先輩は怒ってるんだか拗ねてるんだか判らない顔で睨んでくる。
「ダメです、そんな顔をしても」
 こちらとしてもここで折れるわけにはいかないので、一歩も譲らないという気持ちでそ
の視線を真正面から受け止める。
「もぅ……」
 そう言うと先輩は、ぷい、と顔を背け、さっさと歩き出してしまった。僕は慌てて追い
かけ、横に並ぶ。
 つくづく先輩と同じクラスでなくて良かったと思った。
「………」
「………」
 黙って歩く。
 振り返る直前、頬が膨らんでいるように見えたけど、やっぱり怒ったんだろうか。でも、
世の中できることとできないことがあるわけで。それで分けるならあれは、“やってみたい
ような気もするけど、やらない方が無難なこと” に分類されるわけで……いや、ぜんぜん
分けれてないけど。
 そんなことを思っていたそのとき――、
 先輩が手をつないできた。
「だったら、ふたりきりのときくらいはいいでしょ?」
「ええ、まあ……」
「たまには那智くんの方からつないできて欲しいわ」
「……すみません、気が利きませんで」
 僕は鼻の頭を掻きながら謝った。
「でも、一度くらいこうして学校に行ってみたいわね」
「ですかね?」
 ちょっと賛同しがたい意見のような気もする。
「まあ、学校じゃ手をつないだりはできないけど、僕はずっとそばにいますよ。明日も明
後日も、一年後も十年後も。それが約束ですから」
「ええ、そうね」
 そう応えて先輩は大人っぽく微笑む。
 心の準備もなくまともにそれを見てしまった僕は、どきっとして慌てて顔を逸らした。
顔が赤くなるのが自分でもわかる。
 まだちょっと慣れないけれど、僕の大切な笑顔。
 これが見られるなら僕は百年後だって先輩のそばにいよう――
 そう思った。
 少なくとも今この瞬間は、
 そう思っていた。
 
 
2005年10月22日公開
何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。