翌日、授業も上の空でわたしは考える――
 那智くんはなぜあの子と一緒にいたのだろう。あれだけわたしたちを引っかき回した張
本人と、なぜ一緒にいられるのだろう。
 わたしがあの子を好きになれなくて、那智くんがあの子と一緒にいたらわたしが嫌だっ
て、わからないのだろうか?
 ………。
 ………。
 ………。
(わからないんだろうなぁ……)
 思わずため息が出る。
 那智くんはいい子だから誰にでも優しくて、誰とでも仲良くなってしまう。でも、つき
合っている女の子がその姿をどんな気持ちで見ているか、きっとかわかっていない。
 一度、きちんと言った方がいいのだろう。
 これも年下の可愛い男の子とつき合っている女の子の苦労と思っておこう。
 
 
Simple Life
  #4 第11話 「隠し事」
 
 
 そう思っていると――、
 放課後、いきなり彼女と出くわした。
 終礼を終えてそこに出ると、校門のそばに彼女が立っていたのだ。
 先に気がついたのはわたしの方。一瞬、回れ右して裏門から出ようかと思ったけど、考
えているうちに向こうに見つかってしまった。
「あ、片瀬先ぱーい!」
 笑いながらこちらに向かって手を振る。
 その笑顔は無邪気と言えば無邪気。でも、面白いことを見つけた悪戯っ子の笑みにも似
ていた。
 無視するわけにはいかず、仕方なくわたしは彼女に近づいていった。
「こんにちは、宇佐美さん」
 不機嫌丸出しの挨拶。
「こんにちわっ、片瀬先輩」
 対する宇佐美さんは、わたしの気持ちなど知ってか知らずか無視してか、明るく挨拶を
返してくる。
「今日も那智くんに会いに来たのかしら?」
「あ、わかります?」
 舌を出しながら彼女は言う。その仕草は憎らしいほど可愛らしい。
「その通りです。宇佐美、お兄……じゃなくて、那智先輩に会いに来たんですよー。ホン
トは明日の約束だったんですけどね」
「約束、してたの……?」
 わたしは思わず聞き返していた。
「ええ、そうなんです。と言っても、一緒に帰って、その途中でちょっと寄り道につき合っ
てもらう程度ですけどね」
 彼女はそれがさも楽しいことのように語った。
 その気持ちはわたしにもわかる。そんな何でもないことも好きな人となら楽しいと思え
るのだから。
「『明後日なら司先輩も先に帰ってるだろうからオッケー』って言ってくれてたんですけ
どね、待ちきれずに来ちゃいました」
「………」
 ……何よ、それは。それではまるでわたしに見つからないようにしてるみたいじゃない。
「それから、あと、お父様に会ってもらう日取りも決めたいんですよー」
「は?」
「あ、別に宇佐美と那智先輩が結婚するからお父様に挨拶を、とかじゃないですから、ご
心配なく♪」
 誰もそんな心配してないけど。
「ふふん〜。実はですね、宇佐美のお父様が那智先輩のことを気に入ったみたいなんです
よー。先輩の方もお父様に興味を持ってくれて、じゃあ今度ゆっくり話でもってことになっ
てるんです。あぁ、楽しみ〜」
「………」
 わたしの知らないところでいろんな話が展開している。
 わたしの好きな那智くんと、わたしの好きになれない女の子の間で、わたしに隠すよう
にして。
 それが例えようもなく不安だ。
 と、そこでそれまで未だ見ぬ未来に期待するように、楽しげに笑顔を浮かべていた宇佐
美さんが、きっ、とわたしを睨んだ。
「おもしろくない」
 そして、ぽつりとそう言った。
「え? な、なにが……?」
「先パイ、余裕なんですね。私がこれだけ言ってもぜんぜん動じないなんて」
 言葉の意図が掴めない。
 それでも宇佐美さんはそんなわたしにかまわず続ける。
「それは那智先輩に愛されてる、最後に勝つのは自分だっていう自信ですか?」
「………」
 この子は不安に駆られている。さっきまでの言葉はわたしを揺さぶるためのものだった
のだ。それが目に見える効果がなかったから不安になったのだろう。
「さあ、どうかしらね」
 それならわたしはここで謙虚な言葉で彼女の神経を逆撫でさせてもらうことにする。実
際には、頭は充分にパニックなのだけど。
「宇佐美さん、可愛いから那智くんがあなたに乗り換えることもあるんじゃないかしら」
 途端、彼女の顔はみるみるうちに赤くなっていった。
「ええ、そうよ。私は那智先輩に無条件に可愛がってもらえる。でも……、それでも、あ
なたには勝てない。どうあっても最後に選ぶのはあなただものっ」
 彼女は荒い口調で一気に捲し立てた。
 顔は、少し泣きそうになっていた。わたしがここで自信満々な言葉で軽く追い打ちをか
ければそれで決壊してしまいそうだった。
 でも、彼女を見ているとそうすることは躊躇われた。
 そのとき――、
「あれ? 奈っちゃん、……と司先輩?」
 那智くんの声がした。
 ……あ、不味い。
 わたしの名前の方が後だったことは、普段ならどうってことはないけれど、今のわたし
にとっては致命的(クリティカル)だ。
 でも、それは顔に出さないようにして振り返る。
 視界の隅では宇佐美さんが一度背を向けて、一拍おいてから同じように振り返っていた。
「なっち先輩!」
 もう立て直している。素直に感心した。
「なに、この珍しい取り合わせ!?」
 那智くんはわたしたちの顔をみて驚いていた。
 それはそうだろう。わたしだってさっきまでは彼女と一対一で話をすることなんてない
と思っていた。
「えっと……、奈っちゃん、明日……じゃなかったっけ?」
 那智くんはちらちらとわたしの方を窺いながら、言いにくそうに言った。
 その言葉は先ほど彼女の言ったことが本当だったことの証左に他ならない。
 今日は水曜日。特進クラスも他のクラス同様、六時間授業だ。すなわち、わたしと会う
確率がぐんと増える。約束とやらを明日にしたのもそれを避けるためなのだろう。
「宇佐美、待ちきれなくて、今日、来ちゃいましたー」
 隠そうとする那智くんとは反対に、彼女は聞こえよがしに大きな声で言った。
 さすがにこれ以上ここにいるのは苦痛でしかない。
「人に聞かれたくない話みたいだから、わたし、先に帰るわね。……じゃあ、また明日」
 そう言ってわたしは逃げるようにその場を後にした。
 
 
2005年11月22日公開
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