視神経管骨折による血腫の視神経への圧迫――
 加えて、それに連動した反対の目の視覚機能のダウン――
 それが視覚の異常の原因らしい。
 手術による血腫の除去は可能。ただし、視神経との位置関係が微妙で、下手に触れて傷
つけてしまえば、今度こそ確実に目が見えなくなる。
 無事に成功する確率はきわめて低い。
 手術に臨むならそれなりの覚悟が必要となる。
 
 
Simple Life
  #4 第十七話 「別離」
 
 
 僕が司先輩と面会したのは、事故から一週間近くが過ぎた、翌週末だった。
 事故以来一度も会っていない。
 理由は、僕に会う勇気がなかったことと、仮にそれを望んだとしても先輩のお父さんが
許さなかっただろうという二点。幸か不幸か、先輩の気持ちは僕の耳に入ってこなかった。
 しかし、昨晩、円先輩を介して病院に来て欲しいという連絡があった。
 僕にそれを断る権利はなく、こうして今、病室の前に立っている。
 個室のスライド式のドア。
 僕はそれをノックしないといけない。だが、手が出ない。迷っていると隣に立っている
円先輩が僕の背を叩き、早く行きなさい、と促した。僕の背は叩いても、代わりにドアは
叩いてくれない。それは自分でしろと言っているのだ。
 僕は意を決してドアを叩いた。
「どうぞ」
 びくっと身体が跳ねる。
 一週間ぶりに聞く先輩の声。それは思ったより落ち着いていた。
 刹那的に逃げ出したい衝動に駆られた。やはり合わせる顔がない。このまま回れ右して
帰ってしまいたくなる。
 そのとき、円先輩が再び背に触れた。さっきよりも少しだけ力を込め、僕を押す。
「………」
 ドアの取っ手に手をかけた。
 車椅子でも通れる幅と病人にも開けられる軽さが維持された扉が、ゆっくりと横にスラ
イドする。
 白くて清潔感に満ちた部屋。
 その窓際のベッドに、先輩はいた。
 薄いピンク色のパジャマを着て、白いカーディガンを羽織った先輩が僕を見ている。い
や、正確には、こちらの方を見ている、だろう。
 ベッドの上に座ってる先輩は想像していたよりもずっと元気そうで、TVドラマでよく
見かけるような目に包帯なんてこともなかった。ただし、こめかみの上辺りに厚いガーゼ
が当てられ、井形にテープで止めてあったが。
 先輩は少し考えた後、言った。
「そこにいるのは那智くんね」
「……はい」
 驚いた。こっちが何を言っていいか迷っているうちに、先に先輩が僕だと言い当ててし
まったのだ。
 もう逃げられない。
 僕は返事をしてから、一歩、中に進み入った。
 先輩はいつものようにやわらかく微笑みながら言う。
「よかった。今まで一度も連絡がなかったでしょ。だから、もう来てくれないかと思って
いたの」
「いえ、そんな……」
 そんな……なんだ?
 今までぜんぜん会う勇気が持てなかったくせに、それなのに呼ばれたらそれも拒絶でき
なくて。結局、自分からは何ひとつやってないじゃないか。
「こっちに来て、ここに座って」
 先輩は椅子ではなく、ベッドの端を叩いて示した。
 僕は恐る恐る歩み寄って、そこに腰を下ろした。ベッドはあまりスプリングが利いてい
ないように感じた。それでも病院で使われているのだから医学的にも人間工学的にも問題
はないのだろう。
 先輩は僕の腕に触れると、そこから辿って手を握ってきた。その感触はかつてといかほ
ども変わっていない。
「体はどうですか?」
 僕は訊いた。
「見ての通り、すっごく元気よ。眉の上を少し縫ったんだけど、外科の先生が綺麗にやっ
てくれたんだって。目立つ痕は残らないそうよ」
 先輩は嬉しそうに言った。
 なぜそんなふうに笑えるのだろう……?
「……それは、安心しました」
 僕も笑おうとしたけど、できなかった。
 中途半端な笑顔。
 こんなもの先輩には見せられない。
「………」
 僕はバカか? 見せられる見せられない以前に、先輩はもう見られないじゃないか。
「どうしたの、那智くん? 元気がないみたい」
 そう言って先輩は僕の手を少し強く握った。
 ああ、もう避けられない。
「先輩、目が……」
「ええ、そうね。でも、それがどうしたの?」
「どうしたって……」
「確かに今は見えないわ。でも、那智くんが入ってきたときもわかった。こうして元気が
ないこともわかった。光を失くしたことが何なのかしら? わたしの光は――」
 そこで先輩は言葉を切り、掌で僕の頬に触れた。
「ここにあるわ」
「………」
「那智くんがそばにいてくれる限り、わたしは光を失ったりしないわ」
 そして、先輩は見えない目で僕を見て、優しく微笑んだ。
「ごめんなさい、先輩。僕のせいで……」
 涙が、あふれる。
 そんな僕を先輩はそっと抱いてくれた。
「ごめんなさい! ごめんなさい……!」
 先輩の胸の中で僕はバカみたいに泣いた。
 
 月曜日――、
 学校では二学期の期末試験がはじまっていた。
 周りからはテストの話題の合間に、時折、司先輩の話題が聞こえてくる。長く学校を休
んでいることは知れ渡っているらしい。ただし、事実を知っているのはごく一部に限られ
ている。
 たまに僕のところにも詳細を知っていないか聞いてくる奴がいる。決まって僕は知らな
いと答えている。
 でも、そのひと言ひと言が僕を責めているようだ。
 当然のようにテストには集中できていない。たぶん、軒並み赤点の気がする。それ以上
にもうどうでもいい。
「おーい、鍵、ここに置いとくから戸締り頼むわ」
 いつの間にか本日のテストが終了していた。ぼうっとしていて終礼が終わったことすら
気がつかなかったらしい。
 なかなか帰らない僕に痺れを切らせて、日直が教卓に教室の鍵を置いて帰ってしまった。
「………」
 静かになった。
 いや、教室は今までだって静かで、単に僕がそれを感じてなかっただけなのに、それを
認識した途端、今急に静かになったような錯覚を覚えた。
「で、お前はいつ帰るんや?」
「ッ!?」
 いきなり静寂を破った声に驚いた。
 斜め後方、僕の視界から外れる位置で、一夜が窓に持たれて文庫本を読んでいた。今も
立ったまま本に目を落としている。
「一夜……」
 一夜も円先輩とともに詳細を知る人間だ。
 事故直後、パニックを起こした僕が円先輩に連絡して、一緒に駆けつけてきてくれたの
だ。僕はあまり覚えていないけど。
「司先輩が……」
 僕は窓を背にした一夜に向き直って言った。
「司先輩が僕を責めないんだ。お前のせいだって責めてくれたら、僕だって楽なのに……」
「そら責めんわ」
 間髪入れず一夜は応えた。本も閉じて、僕を見返す。
「お前、片瀬先パイを甘く見てるわ。あの先パイかて飛び込んだときにそれくらいの覚悟
はできとったやろうに」
「でも……」
「五月、お前があの先パイを助けたとき、あなたを助けに入ったから不良にフクロにされ
ましたって責めたか? あの先パイがそれと同じような身勝手な文句を言う人間やとでも?」
「違う。僕はただ……」
「自分よりも先に誰かのことを考えるってのはそういうことやろが。俺が先パイの立場で
もお前を責めたりはせん」
「だったら、僕はどうすればいいんだよ……っ」
「知るか、アホ」
 素っ気なく言う。
「目は医者に任せとけ。その結果をどう受け止めてどう出るかは先パイに任せとけ。後は
お前にしかできんことをやるしかないやろ」
「く……っ」
 最後の最後で一夜は突き放した。
「それがわからないから聞いてるんだろっ。……もういいよっ」
 僕は鞄をひっ掴んで教室から飛び出した。出口で誰かと肩がぶつかったようだったが、
止まりもしなかった。
 
 屋上に出てみた。
 苛立ちに任せて金網に鞄を投げつけた後、そばに寄ってみた。いつもならグラウンドで
運動部が部活をしているが、今は試験中で誰もいない。
「なっちん」
 下を見下ろしていると、後ろから声をかけられた。僕をこんなふうに呼ぶのはひとりし
かいない。
「居内さんか」
 振り返ると居内さんがスカートの裾と髪を押さえて立っていた。思い返せばさっき教室
でぶつかったのは居内さんだったような気もする。
「飛び降りるの?」
「飛び降り? ……ああ、それもいいかもね」
 思わず自嘲気味に鼻で笑ってしまった。
 金網にもたれ、首だけで下を見てみる。三階建ての校舎。屋上からでも四階分の高さ。
いまいち確実性が低いな。
「それで何か解決するの?」
「どうにもならないだろうね」
「……そう。だったら、意味がないわ」
 なるほど。非の打ち所のない理屈だ。
「仮に何か解決するとしても、そんなことをすれば片瀬先輩が悲しむでしょうね」
「そう、かな……」
 反問のつもりはなかったのだけど、居内さんはそれに頷いた。
「それに、私も悲しいわ」
 きっぱりと言う。
「それだけじゃない。きっと他にもたくさんの人が悲しむわ。私は千秋君ほど死んで悲し
む人の多い人間を知らない。だから、千秋君が死ぬことで何か解決するとしても、それは
きっと間違った方法だわ」
「最善の解決って何だと思う?」
「具体例のないアバウトな質問なのね」
「居内さんなら答えられるかと思って」
「結局、人ひとりがやれることってたかが知れてると思う。だから、その中でやれること
をやるしかないわ」
 つまり、言葉は違えど言っていることは一夜と同じなわけか。辿り着く結論は同じ。一
夜は正しい。後で謝っておかないとな。
 僕しかできないこと。
 僕がやれること。
「きっとそれを全力で探すことも最善の解決をするのに必要なことなんだろうね」
 居内さんが肯く。
「ありがとう。僕はもう帰るよ。居内さんも気をつけて帰って」
 僕の言葉に再びいつものように頷いて応えた。
 
 家に帰って真っ先にパソコンを起ち上げた。
 起動させている間に着替えをすませてしまう。と言っても、高校に合格したときに買っ
てもらったものだから、まだまだ動作は軽い。僕の着替えの方が遅かった。
 パソコンの前に座り、ネットで司先輩と同じ症例と手術例を調べてみた。調べたところ
でどうなるというものでもないのだろうけど。何となくやらずにはいられない。
 結果、やはり難しい症例であることと、成功率の低い手術に望みを託すしかないことが
再確認されただけだった。
 ただ、その中で、その難しい手術を幾度か成功させているドイツ人医師がいることを知っ
た。
(こういう先生に診てもらえれば……)
 だが、現実的ではない。
 絶対に手の届かないものを眺めるように、僕はその医師――ノイマン先生の紹介ページ
を読む。
 と――、
「これって……」
 そのとき、僕はこの先生と関係のある日本企業の名の中に見覚えのある文字を見つけた、
 宇佐美。
 グループの関連企業だろうか、宇佐美の名を冠した企業がそこにはあった。そう言えば
宇佐美グループは、ここ数年、医療や介護関係にも手を伸ばしているとあったな。
 時計を見る。まだ時間は午後二時前だった。
 こういうことは早い方がいい。
 僕は再び着替えると、外に飛び出した。
 
 乗り換えを含めて電車で二時間。僕は宇佐美の本社ビルに来ていた。
「蒼司! 蒼司に会わせてくれ!」
 着くなり僕は受付けに頼み込んだ。
「な、なんですか、あなたはっ」
「蒼司だよ、ここの会長の宇佐美蒼司! あいつを出せって言ってるんだ!」
「出せって言われて出せるわけがないでしょう。警備員を呼びますよっ」
 って――、
 ああ、それもそうだな。いきなり飛び込んできてこれじゃ刃物持ってると思われても仕
方がないよな。しかし、このお姉さんもなかなか強気な人だ。
「すみません。少し慌ててました。僕は千秋那智と言います。蒼……じゃなくて、宇佐美
会長に会わせて欲しいんです。取り次いでもらえないでしょうか? 僕の名前を出して、
それでダメだったら日を改めますから」
 焦る気持ちと荒い息を抑えながら、僕はできるだけ落ち着いて言った。
 受付けのお姉さんは少し怪訝そうな顔をしながらも、僕の名前を改めて聞いて、内線で
蒼司に連絡をしてくれた。
 そして――、
「会長がお会いになられるそうです。どうぞ」
 お姉さんはにっこり営業スマイルを見せた。
 これまで生きてきた中で上がったこともないような階までエレベータで上がって、辿り
着いた立派なドアの前。案内してくれたお姉さんがノックする。
「どうぞ」
 と、中からの返事。
 昨日のことが頭の中で重なる。今も多少の緊張があるが、あのときの方が遥かに緊張し
た。
 中には蒼司と、蒼司よりもふた回りは年上であろう年配の男の人がいた。ソファで向か
い合って何か話をしていたようだ。
「やあ、いらっしゃい。那智君」
 蒼司がこちらを向いて、にこやかに迎えた。
 そう言えばこんなキャラだったな、最初は。
「申し訳ない。しばらく席を外して頂けますか?」
「わかりました。では、後ほど」
 男の人はソファから立ち上がると、一礼してから部屋の外へ出て行った。すれ違うとき
「何だ、このガキは」みたいな目で見やがった。……会長の隠し子だよ。
 改めて室内を見る。
 広い部屋。大きな窓。高そうな机とその他の調度品。……なるほど。これが会長様の執
務室か。
「それで、今日はどうしましたか。那智君」
 ソファから立ち上がりながら蒼司が言う。
「……おい」
「はい?」
「話の前のまずその喋り方をやめろよ。調子が狂うだろ」
 僕がそう言うと、蒼司はふんと鼻で笑った。
 机の上にどっかと腰を下ろし、片足だけの胡坐を組む。
「今日は何の用だ、俺の息子」
 ようやくらしくなって、こっちも話しやすくなった。
 かつては穏やかな面を見て好ましいと思ったものだけど、あれが演技と知った今ではや
りにくくてかなわない。
「ノイマン先生って知ってるか?」
 さっそく話に入る。
「唐突だな、おい」
「あんたが僕の親だと名乗ったときよりはマシだよ。……で、知ってるのか知らないのか」
「悪いが知らないな」
 あっさりと蒼司は返してきた。
 ……くそっ。いきなり頓挫か。
「どうしたよ。わざわざここまで来たんだ。それで引き下がれるような話じゃないんだろ
うが。とりあえず話してみろよ」
「あ、ああ、そうだな」
 確かにそうだ。今はここにしかすがるものがないんだから。
(だけど、言えば蒼司はきっと……)
 一瞬の戸惑い。
 しかし、僕はすぐに意を決して口を開いた。
「えっと、ノイマン先生ってのは世界的に有名なドイツ人の眼科医なんだ。あんたンとこ
の関連企業にも縁があるらしい」
 そう話を切り出した。
 それから先輩の事故のことや、先輩と同じ症例の難しい手術を件のノイマン先生が何度
か成功させていることなどを話した。
「つまり、お前の先輩の手術を、その先生に引き受けてもらえるよう頼めってことだな」
「ダメだろうか?」
 しかし、蒼司は難しい顔をするばかりだった。
「問題がいくつかある。まず、俺がそのノイマン先生とやらを知らないこと」
 そうだった。最初からそう言っていたんだった。
 やはりもともと無理な話だったか。
「が、それは何とかしてやる」
「本当か?」
「ああ」
 蒼司は不適に笑うが、今はそれが頼もしかった。
「伊達や酔狂で会長なんて肩書きを持ってるわけじゃないからな。……だが、もっと現実
的な問題として、費用はどうする?」
「あ……」
「手術費だけでもべらぼーな額になるだろうよ。加えて、ドイツへの旅費、向こうでの入
院費、家族の滞在費、その他諸々。合わせりゃちょっと有名程度の建築デザイナじゃ手の
届かない桁になるぞ」
「………」
 蒼司は何も意地悪でこんなことを言っているわけじゃない。これがまぎれもない現実な
んだ。
「いいぜ。それも肩代わりしてやる」
「ほ、本当か?」
「ああ。他でもないお前の頼みだからな。俺にそれができる力と立場があるんだ。やって
やるさ。そうだな。手術も日本で受けられた方がいいだろう。できる限りそうしてもらえ
るよう頼んでみよう」
「………」
「よう。急に黙ったな」
 蒼司は悪ガキの笑みとともに僕を見た。
「……そりゃあ、ね」
「お前は頭がいい。次に俺が何を言うかもわかっている。いや、わかっているというなら、
この話を俺に切り出したときからわかってたんだろうな。覚悟を決めた顔をしていた」
「………」
 わかってるさ。
 こいつはやっぱりどこまでも僕の敵だ。
「じゃあ、遠慮なく言わせてもらおうか。……那智、俺のところへ来い。それが条件だ。
お前が首を縦に振りさえすれば、俺は宇佐美の名に誓って万事完璧に事を進めてやるよ」
 蒼司は柄悪く机の上に腰を下ろしたまま、僕を見据えて言った。
 僕は考える。
 つき合いはまだ短いが誰よりも信頼できる親友は言った。自分にしかできないことをや
れ、と。
 かつては誰よりも好きだった女の子は言った。やれることを全力でやることが最善の解
決への道だ、と。
 そして、目の前の悪ガキのような男ですら言っていた。自分にそれができる力と立場が
あるからやるのだ、と。
 そうだな。
 なら、きっとこれが、僕が司先輩にしてあげられる最大限のことなのだろう。この程度
で先輩の目が元通りになるなら安いものだ。
「……いいよ。わかった。その代わり先輩のことを頼む」
「ああ。任せろ」
 僕の返事を受けて、蒼司はまた不敵に笑った。
 そして、さらに付け加えた。
「あ、そうそう。近々ヨーロッパのほうに行く。お前も連れて行くからそのつもりでいろ
よ」
「……好きにしろよ」
 どうせ僕はもう……
 
 それから二週間――
 話はフルスピードで進んだ。
 蒼司自らノイマン先生との交渉に赴き、日本では先生が出した条件――必要な検査データ
やスタッフなどが、出された端から揃えられていった。
 そして、街が目の前に迫ったクリスマスに浮かれている今日この日、司先輩の手術が行わ
れる。
 しかし、僕は今、空港にいた。日本を発つ日と重なったのだ。
 蒼司は父さんと母さんに会いに行ったらしい。事前に知らされていたが、僕の同席は認め
られなかった。その席でどんな話は交わされ、何があったかは知らない。ただ、その後、父
さんは僕にひと言 「行ってきなさい」 とだけ言った。
(この時間だと、今ごろは手術の準備かな?)
 ロビーでソファに身を沈め、考える。
 と――、
「お兄様!」
 元気な声が近寄ってくる。
 やがて、正装でありながら可愛らしさも兼ね備えたワンピースに身を包んだツインテー
ルの女の子が横に立った。
「搭乗手続き、やってきましたよっ」
「ああ、そう」
 僕はテキトーな返事を返す。
 蒼司は仕事の関係でひと足先に行っていて、僕と奈っちゃんが後から発って向こうで合
流という手筈になっている。
「あ、あの……」
 奈っちゃんがおずおずと口を開いた。
「心配なら片瀬先輩のところに行ってもいいですよ。お父様には空港で逃げられたって言
いますから」
「いや、いい。大丈夫だから」
 それにそのシナリオじゃ僕が悪ものじゃないかよ。
「心配してくれてありがとう。先輩には昨日電話したし、今日行けないこともちゃんと伝
えてあるんだ」
 本当のことは言ってないけど。
「それに……」
 もともとこうなった全ての原因は僕にあるんだ。何をしたところで償い切れるものじゃ
ない。そばにはいられないんだ。
「いや、いい」
「もう。そればっかり」
 奈っちゃんが頬を膨らませて怒る。
「じゃあ、行こうか」
 僕は立ち上がると奈っちゃんの手の搭乗券をひったくった。
 さあ、行こう。
 さよなら、先輩。僕は約束を破ります――
 
 
2006年3月15日公開
何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。