7.六日目・夜
 
 いつものように夕食をすませ、ふたりでお茶をすする。
「今日は誰が来るのかしら?」
「誰でしょうねえ」
 と、まあ、毎度お馴染みになってきたので、ここまでの情景描写はコピィ&ペーストで簡略化してみる。
 しっかし、ここまで見事に邪魔が入ると、陰謀を通り越して運命的なものすら感じる。アカシックレコードにでも書かれてるんじゃなかろうか。
 とは言え、この近辺に住んでいる主だったキャラクタは出尽くしたような気がする。次に誰が来るか予想がつかない。
 ピンポーン――
 インターホンが鳴った。
「はいはい。今出ますよ……」
 ホームドラマ並みの独り言をやけくそ気味にこぼしながら立ち上がる。
「はい」
 と、応対するが、しかし、返事はなかった。
「どちら様ですか?」
 改めて訊く。
 が、やはり返事はない。
「なに? どうしたの?」
 不審に思ったのか、後ろから司先輩が訊いてきた。
「いや、返事がないんですよ。……ちょっと見てきます」
「大丈夫? 気をつけてね」
 先輩に見送られて僕は玄関に向かった。
 ピンポンダッシュとかだろうか? でも、こんな時間に? そりゃあまりにも暇すぎるだろう。どうでもいいけど、以前、一夜とこの手の話をしたら『ピン逃げ』と言っていて、関西のセンスをしみじみ感じたな。
 とりあえず、外を見てみて誰もいなかったら気味が悪いし、時間も時間なので玄関の鍵を閉めてしまおう。
 僕は玄関を下りると、音を立てないようにそうっと薄く扉を開いた。
「げ……」
 扉の先、門の向こう側に立っていたのは居内さんだった。
 彼女は門柱のインターホンに向かって自分の顔を、むに〜ん、と横に引き伸ばして見せつけていた。……いや、うちのインターホンはドアホンだけでモニタとかそんな立派なものついてねーから。
 ……さすがに二度目の登場があるとは思わなかったぜ。
 
 
 
8.七日目・夜
 
 キッチンいっぱいにいい匂いが広がる。
 只今夕食準備中。
 メニューは、数日前に言っていたことが実現して、カレーライス。司先輩に手を出すなと言われて、僕はただ黙って席について見ている。
 我が家はダイニングキッチンとリビングが完全に分離しているので、こんなところで見てないでリビングなり自分の部屋なりでくつろいでいればいいんだけど、何となくここから離れられない。
 包丁がまな板を叩く音とか、テキパキと段取りよく準備を進める姿とか、すべてが僕を飽きさせない。これでカレーじゃなかったらな、なんて思いながら、キッチンに立つ先輩の後姿を眺める。
「包丁を持ってるときは危ないからやめておけよ、俺の息子」
「ぶ……っ」
 いつの間にかキッチンの入り口に蒼司が立っていた。
 ……今日はお前か。
「窓はあっちだ。とっとと出て行け」
「せめて玄関を勧めろよ、てめぇ」
 うるせー。何なら二階とか風呂場の窓とかから出て行くか? もれなく警察への通報つきだ。
「んで、何しに来たんだよ?」
「ああ、それなんだが。お前がまだ在学中なのに俺が引っ張り回しちまったからな、お前、ろくに思い出作りもできなかったんじゃないかと思ってな」
「んー、まあ、そうと言えばそうだけど……」
 思い出と時間は必ずしも比例するわけじゃないし。あの短い時間でも思い出はいっぱいある。ついでに言えば、蒼司と一緒にいた時間の中にも思い出はある。んなこと絶対口には出さないけど。
「まかせろ。俺がいいものを用意してきた」
 そう言っていつものように悪ガキ笑いをする蒼司に、僕は不安なものを感じた。
 僕の横に座り、持参したらしい紙袋を差し出してくる。ただ、それをわざわざテーブルの高さよりも下で、先輩に隠すようにしているのがいかにも怪しい。
「ほらよ」
 と、開けて中身を見せる。
 おう、じーざす。聖嶺学園の制服(女子生徒用)でした。
「高校生活の思い出作りには欠かせんだろう。彼女のは卒業して捨てちまったかもしれないしな」
「……」
 僕は無言のまま、丁度いい具合にテーブルの上にあったお玉を手に取ると、それで変態中年の額を打ちつけた。
 カッコーン――
 景気のいい音が響いた。
「ぐおおおぉぉぉっ!!!」
「お前が持ってくるネタはそんなんばっかりか!?」
 こいつはきっとこの世界の暗部を一手に引き受けているに違いない。
「はい、そこ。埃がたつからキッチンで暴れないの」
 気がつくと僕と床でのたうち回る蒼司の横に、エプロン姿の司先輩が仁王立ちしていた。
「す、すみません」
「それで、これはなんなのかしら?」
 先輩が紙袋をひょいと掴み上げる。
「あ、いや、それは……」
 しかし、僕が説明も制止もする間もなく先輩は中を覗き込んでしまった。
「……」
「……」
「……」
「……没収」
 うわーい、没収されたー。……って、それ、後で処分するんですよね? ね? きっとそうに違いない。そう思っておこう。
「さ、カレーもできたし、食事にしましょうか。……蒼司さんも食べていかれます?」
「那智君のカノジョの手料理ですか。それは楽しみですね。ここは遠慮なくいただくとしましょう」
 蒼司は素早く立ち上がると、爽やかに受け答えした。
 僕以外が相手だと、とりあえずそのキャラに戻るのな。でも、今更だと思うけどな。お玉で打った額もまだ真っ赤だし。
 当然のように僕は蒼司を止めなかった。
 そして、一時間後――、
 あの蒼司が力なく項垂れて帰っていったのは言うまでもない。僕もすっごいテンション下がったし、そんな僕たちを見て先輩も落ち込んでいた。
 相変わらず凄まじい破壊力だ。
 
 
 
9.八日目・昼
 
 その日は朝から司先輩の様子がおかしかった。
 口数が少なく、時どき思いつめたように考え込んでいた。が、昼過ぎ、ついに意を決したように口を開いた。
「わかったわ、那智くん」
「はい?」
 ソファで寝そべって漫画を読んでいた僕は、その手を休めて返事をした。上半身を起こす。
「こうなったら発想を変えるのよ」
「と言いますと?」
「夜に邪魔が入るなら昼からよっ」
「ぶ……っ」
 それは発想がどうこう以前に、ただ単にキレて見境がなくなっただけでは……と言いたかったが、すでに先輩が怪しく目を光らせて、にじり寄ってきていた。
「い、いや、その考えはあまりにも不健全なのでは……?」
 僕は言いながら少しずつ後ろに下がっていく。しかし、そこは狭いソファの上。すぐに端に行き着いてしまう。
「ええ、それでもかまわないわ。それに、見方を変えればこれも健全な欲求ともいえるわ」
「そ、それはなかなか斬新な解釈ですね……」
 とか言っているうちに、先輩も僕の足を跨ぐようにしてソファに身体を乗せた。ふたり分の体重がかかり、スプリングが軋む。
「往生際が悪いわ、那智くん。いいかげん覚悟するのよ」
「覚悟ならついさっきまでしてました。でも、もう少しムードというものが……」
「じゃあ、昨日、蒼司さんからもらった――」
「ちっが〜う!」
 やぱり使うつもりだったのか!
 しかし、抵抗も虚しく先輩の手が僕のカッタシャツにかかり、手はじめとばかりにいちばん上のボタンを外した。
「ちょ、ちょっと、先輩!」
 僕の口から悲鳴じみた声が漏れるが、先輩は気にした様子もない。
 と、そのとき――、
 ピンポーン、と玄関チャイムが鳴った。
 今までさんざん邪魔されてきたけど、今回ばかりはこれに助けられた。
 そう思ったのも束の間、玄関のドアが開く音が聞こえ、続けて、ドドドドド……、と廊下を走る音。
 そして――、
「まるで新婚さんみたいな爽やかな家庭に円姐さん登場! お土産に司の好きなティラミスを買って……ぁぇ?」
 開けられたリビングの入り口には、じゃ〜ん、と洋菓子屋の箱を突き出したまま硬直する円先輩。
 一方、こちらは司先輩が僕に迫って服を脱がせようとしている構造のまま。言い訳なんてできようはずもない。
「……」
「……」
「……」
 気まずい空気が流れる。
 たっぷり三十秒は沈黙した後、ようやく円先輩が口を開いた。
「ア、アンタたち昼間っから何やってんのよ!?」
 が――、
「誰のせいよ!?」
「誰のせいだよ!?」
 僕と司先輩は異口同音に言い返していた。
 勿論、円先輩が悪いわけではなく、ただのとばっちりだけど。
 
 /終わり
何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。