01.四方堂円
 
 学園祭と一緒に開催されたクラス対抗ソフトボール大会は、大方の予想通り3年8組対
3年9組の決勝戦となった。つまり、体育科三年のふたクラスが争うことになったのだ。
 四方堂円のクラス、3年9組は初戦が辛勝だった後は楽勝で決勝まで勝ち上がった。
 そして、決勝戦――、
 最終回に0−0で突入するが、その表でついに点を許してしまい、1点ビハインドで迎
えた五回裏。
「まいったね。ここで点が取れなかったら負けなわけか」
 円は長い脚を組み、その上で肘を突いてつぶやいた。
「ね、四方堂さん?」
 隣りに座っていたクラスメイトの女の子に呼ばれる。
「んー?」
「遠矢くん連れてきてよ、遠矢くん」
 途端、ずるっと円の肘が足から滑り落ちた。
「なんっでそーなるのよ!?」
「え? だって四方堂さん、遠矢君と仲いいじゃない。そりゃあもうつき合ってるのかっ
てくらい。だから、連れてきてよ、彼。そしたら俄然がんばっちゃう」
「あ、ああ。アンタの打順が来たらね……」
 ただし、その彼女の打順はあと七人ほど先なので、回ってくる前に勝つか負けるかして
いるに違いない。
「じゃあさ、片瀬さん! 片瀬さん連れてきてくれ。彼女の前なら俺、ホームラン打てる
気がするんだ」
「うーるさいっ。くだらないこと言ってないで、さっさと行け。ついでに頭にデッドボー
ルでも喰らってこい!」
 近くにあったバットを振り上げて男子生徒を追い出す。幸いこの回の先頭打者が一塁に
進んでチャンスが広がった。
(つーかさ、司は兎も角、遠矢っちは呼んだんだっつーの)
 尤も、そのときの様子だと来そうになかったし、実際のところ円自身もあまり期待はし
ていなかった。
 それはいいのだが――、
(アタシってそんなふうに見られてたのか……)
 初めて自覚して愕然とする。
 思い返せば当然かもしれない。相手は三年女子で一番人気と言われる遠矢一夜。特定の
彼女はおらず、ただひとりを除いて男女の区別なく平等に素っ気なく接することで有名で
ある。そんな彼に、円としては面白いからちょっかい出していただけなのだが、周りには
特別な仲に見えたのかもしれない。迂闊だったと思う。
(そういう気がまったくないわけじゃないって言っちゃー、まぁ、そうなんだけどさ……)
 ひょんなことから一夜の弱い部分や危うい部分を知ってしまったので、その辺りが心配
だったり気にかかったりするのである。
 しかし、その一夜はというと、気持ちはまた別のところにあって、年頃の少年らしい女
の子に対する興味は今はないときている。
「む」
 知らず円は小さな声を漏らした。
(今、ムカッときた。今度、テキトーな理由こじつけて誘ってやろうか……)
 いきなり妙なプランを思いつく。
「四方堂さん、四方堂さん」
「……へ?」
 名前を呼ばれて円は我に返った。
「打順、回ってきたわよ」
「あ、そうなの? で、どうなった?」
「「 すまん 」」
 見るとこの回の二番、三番打者の男子生徒がふたり仲良く正座し、後ろから女子生徒に
バットで小突かれていた。このクラスにおける男女の力関係が如実に表れている構図であ
る。
「そーゆーわけね」
 嘆息しながら立ち上がり、バッターボックスに向かう。
 しかし――、
 すぐにツーストライクまで追い込まれてしまった。
「うわお。あとひとりだと思って全力投球だわね」
 投げられた二球の球威を見て感嘆の声を上げる。「ちょっとタンマ」とバッターボック
スを離れ、二、三度素振りをしてみる。ついでに首に運動として、ぐるりと一周まわす。
 と――、
「今ごろ来るかね、あいつ……」
 視界の隅に遠矢一夜の姿を認めた。
 一夜は応援するわけでもなく、ただポケットに手を突っ込んだまま立って見ていた。そ
の姿に、円は訳もなく腹が立ってくる。
 バッターボックスに戻り、キッとピッチャを睨む。
 それを見てピッチャが投球モーションに入る。円もバットを握る手に力を込める。
(遠矢っちの……)
 ボールがピッチャの手を離れる。
(アホーーー!!!)
 円は渾身の力を込めてバットをフルスイングした。
 カーン――
 快音がグラウンドに響き渡り、ボールが抜けるような青空に吸い込まれていく。
「あれ……?」
 打った本人も驚く逆転サヨナラホームランだった。
「これはアレか? 遠矢っちがいたから張り切っちゃったってパターン、か? ……いや、
まさかね。あははー」
 
何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。