02.遠矢一夜
 
 普段から面白くなさそうな様子の遠矢一夜だが、このときばかりは本当に面白くなかっ
たらしい。
 細かい理由を数えだしたらキリがないが、最大の理由と思われるものの前ではそれらは
無視できるほど小さいと言える。
 そして、その最大の理由が、そばに千秋那智がいないこと――である。彼はつい先ほど
カノジョではない女の子とどこか遊びに行ってしまった。
「ぎょっぎょっぎょっぎょっ……」
「………」
 彼の少年がいないまま一夜はクラスの屋台でたこ焼きを焼き続けている。屋台の前に一
夜見物を兼ねて女の子がずらりと行列ができたり、たこ焼きが飛ぶように売れたりしてい
るが、一夜が面白くないことには何ら変わりがない。
「しゃしゃしゃしゃ……」
「………」
 しかし、高校生の男子としてその精神活動はどうかと思うので、決して認めるつもりは
ない。親友がカノジョをつくろうが、そのカノジョとは別の女の子と遊ぼうが、仲の良い
上級生の女子生徒が増えようが、一夜には関係ないのである。
「おーい、遠矢。さっきからたこ焼きの出来がどんどん雑になってきてんだけどー」
「………」
 再度言うが、一夜には関係ないのである。
「遠矢ー、これ、ナマ焼けなんだけどー」
「……そうか。そら気づかんかったわ」
 関係ないのである。
「ふしゅるるるる〜」
「……宮里。笑うのはええけど、せめて人の域を出ない程度の笑い方にしてくれ」
 と、そのとき、校内放送がかかった。
『間もなくグラウンドにて3年8組対3年9組によるソフトボール大会決勝戦が行われま
す――』
 そう言えば、一夜は三年の四方堂円に、クラスが決勝戦まで進んだから応援に来いと言
われていたのを思い出した。
「まあ、言われたところで、行く気はさらさらないけどな」
 ひとりつぶやく。
 面倒なので一夜は応援になど行くつもりは毛頭ない。店番をしていたと言えば言い訳は
立つだろう。
 結局、一夜はそのまま形の悪いたこ焼きを量産し続けた。
 そして、三十分ほどが経過した頃――、
 屋台の前を通りかかった男子生徒の会話が聞こえてしまった。
「決勝戦、なかなか白熱してるらしいぞ。1−0で五回裏突入」
「へぇ。どっちが勝ってんの?」
「8組って話だ」
 一夜は作業の手を止めた。
(てことは、あの先パイ、負けてんか……)
「………」
 しばし考える。
 そして――、
「おい、そこのお前」
 クラスメイトに声をかけた。
「悪い。代わってくれ」
「へ? 別にいいけど。……あと、記憶領域に空きスペースがあったらクラスメイトの名
前くらい覚えてくれ。俺は――」
 しかし、もうすでに歩き出していた一夜の耳にその声は届かなかった。
(ま、ここにおるよりは面白いやろ)
 
何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。