07.後宮紗弥加
 
 聖嶺学園の学園祭に来た後宮紗弥加は、いきなり当てが外れて困っていた。
 まず最初に千秋那智を捕まえようと思ったのだが、図らずも校門で真っ先に会った那智
は、何やら知り合いを待っている様子だった。那智がいればいろいろとカムフラージュに
なると考えていたのに、すっかり予定が狂ってしまった。
 ここで煙草を取り出したら、那智は飛んでくるだろうか……
 それは楽しい想像ではあるが、残念ながら彼はスーパーマンではない。飛んでくるのは
この学園の先生くらいなものだろう。
『かわいい弟の立場が悪くなるようなことはせんて』
 そう言った手前、あまり迂闊なことはできない。もうひと箱持っている煙草は、絶対に
見つからないようにバッグの奥深くに突っ込んでおいた。
 弟――
 そう。千秋那智は紗弥加の弟である。例え血が繋がっていなくても姉弟なのである。那
智に言わせると「兄も姉も弟妹もたくさんいる」ということになるらしいが、紗弥加にとっ
て兄弟姉妹と呼べるのは那智ひとりと思っていた。
 尤も、紗弥加は那智に姉らしいことをしたことはなく、どちらかというと弟であるとこ
ろの那智に素行を注意されてばかりではあるが。
「ま、いない奴を当てにしてもしゃーねー」
 女の子らしさの欠片もない口調で紗弥加はつぶやいた。
 気を取り直して、と言いたいところだが、実はこの学園に入ってからかれこれ二時間近
くうろうろしているのである。
 別に目的の場所がわからないわけではない。
 入り口で招待券を見せたときに模擬店の配置図も載せられたプログラムをもらっている
ので迷うことはない。むしろその逆で、行くのを躊躇っている節がある。
 中庭の出店やグラウンドのソフトボール大会を見て、校舎に入ってからは古本市を覗い
て、お化け屋敷の呼び込みを張り倒し、素面では着られないようなユニフォームの喫茶店
も見つけた。
 が、もうそろそろ飽きてきた。
(まぁ、俺が行くって言ったんだしな。……って、あれ? あいつがこいって言ったんだっ
けか?)
 事ここに至る経緯の記憶が曖昧になっているらしい。紗弥加は頭を掻いた。
「ま、どーでもいいか」
 そうして辿り着いたのは、入り口に『手作りケーキの店』と描かれた教室だった。装飾
は他と一線を画していて、かなり凝っている。扉の横には大きな板に写真入りのメニュー
が貼られ、立て掛けられている。どれも食欲をそそる綺麗な写真だ。
 その中でひときわ目立つものがあった。
「ふうん。『10組スペシャル』、ねぇ……」
 おそらくいちばんの目玉なのだろうが、捻りのない名前である。
「あ、すみません。今、それ出せないんです」
 と、そこに案内係らしい女子生徒が声をかけてきた。紗弥加が『10組スペシャル』な
るケーキに注目していたのに気づいたのだろう。
「はぁ?」
「す、すみません。それ作れる子がさっき逃げちゃって……。本当にごめんなさい!」
 紗弥加が思わず大きな声を出したせいでその女子生徒は恐縮し、謝罪の言葉を連発した。
ちょっと悪いことをしたなと思う。
 しかし――、
(あんだと? 逃げただぁ!?)
 紗弥加はもっと早く来なかった自分を棚に上げて、心の中で毒づいた。
 かくして、非は全面的に向こうにあることになった。
 
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