12月24日。
 そろそろ出かける準備をしないと、思っていたところに電話がかかってきた。僕の携帯電話ではなく、家のほう。
 受話器を取り上げ、電話に出る。
「もしもし、千秋です」
『よう、俺の息子』
 そして、切る。
 しばし顔をしかめながら考えた末に、今の電話はなかったことにした。変なのにつき合ってる暇はない。
 
 
Simple Life
  クリスマス特別SS 「雪の記憶」
 
 
 僕はボア付きのブルゾンを着込み、自転車の鍵を持って外に出た。
 どうにもこのところマウンテンバイクの調子が悪く、いっちょ気合い入れて手入れをしようかと思うのだ。いっそ新しいのに買い替えることも考えたのだが、中学のときから愛用しているし、僕が日本を離れていた2年の間も父さんと母さんが捨てずに置いててくれたものなので、もうちょっと頑張って使おうと思う。
 言い換えると――死ぬまで働け。
 ひどいな、僕。
 マウンテンバイクを表に出し、バケツに水、雑巾、工具箱、油なんかを用意する。とりあえずチェーンを一回きれいにして、油を差し直してみようか。
 と、そこまで用意したところで、ポケットに入れていた携帯電話が着信を告げてきた。取り出してディスプレィを見てみれば、宇佐美蒼司なんて名前が目に飛び込んできた。
 さて、どうしようかな。
 向こうだって何か話があるからかけてきたんだろうしな。《大事な用件なので三顧の礼。ただし忙しいから一回分省略》みたいなっ! てことで、そろそろちゃんと話を聞いてやるか。
「もしもし」
『俺はタイガーマスクになるぞ!』
 そして、また切る。
「……」
 ちっ、出て損したぜ。
 舌打ちしながら端末を折りたたむが、今度はすぐにまたかかってきた。
「んだよ?」
『お前、2度も切るとはひでぇな』
「そっちが変なこと言うからだろ」
 尤も、一回目は蒼司ってだけで切ったけど。
「言っとくけど、こっちは忙しいんだからな。またわけのわからないこと言ったら切るからな」
 僕は端末を耳に当てたまま自転車を点検する。チェーンのほかはブレーキとタイヤを見ておくかな。
「で、何の用? タイガーマスクになるとか意味不明なこと言ってたみたいだけど、プロレスでもやるのか?」
『やんねぇよ』
「なんだ、やらないのか」
 それは残念。事故にでも遭って死んでくれたらよかったのに。あと、プロレスで正義のパンチをぶちかましたら反則なんだぞ。
『ほら、前に伊達直人とかタイガーマスクとか名乗って寄付するの流行ったらしいじゃん』
「みたいだね」
 ちょうど一年前、年をまたいで冬から春先まで続いた、所謂タイガーマスク運動というやつだ。蒼司も僕も伝聞のかたちで話しているのは、そのころ日本にいなかったからで、2月に帰ってきたときにはもうピークを過ぎていた。
『俺もやろうかなって思ってさ』
「んー、いいんじゃない……の゛っ。儲けてる人間は社会に還元するのが筋だろうし。勝手にやれば? ただし、やるならこっそりやれよ。人に迷惑かけたり変に目立とうとするなよ」
 なぜかテレビカメラが入っていたり、「お名前は?」「伊達直人です」なんてやってるのを見たけど、背筋が寒くなったわ。マスクかぶって伊達直人を名乗ってどうするんだ。ていうか、あれって予めテレビ局に連絡しておいたのだろうか?
『ダメか?』
「ダメに決まってるだろ!」
 ばかか、こいつ。世間的には人当たりのいい青年実業家で通ってんだから、そんなパフォーマンスすることないだろうに。
「もう好きにしろ。僕にとばっちりがこなければそれでいいよ」
『ノリ悪いな、お前』
 ノリだけで生きてるやつに言われかないわぃ。
 そうして蒼司とテキトーに罵り合って電話は終わった。まったく、くだらない話でかけてくるなよな。蒼司と話していると、頭を抱えたくなる。
 というか、今、僕の頭には実際に物理的な質量がのしかかっているわけだが。
 ……。
 ……。
 ……。
「こら、V-MAX(ぶい・まっくす)、人の頭の上に乗るんじゃない」
 このむにっとした生温かいものは、V12(ぶい・じゅーに)の血を受け継いだV(ぶい)シリーズの最高ケッサク(居内さん談)、その名もV-MAXだな。この愛らしい容姿にも拘らず激しい名前をつけられた仔猫は、なぜか僕のことを気に入っていて、時々家を脱走して我が家に遊びにくるのだ。まだ小さいのに遠出をして車に轢かれたり、猫好きの美少女に拉致られたりしても困るので、居内さんにはちゃんと見ておくように頼んであるのだが。
 どうやら今日は僕が表でしゃがんでいたことをいいことに、頭に乗ってきたようだ。因みに、先ほどの「の゛っ」のときだ。そういえば母親のV12も人の頭に乗るのが好きだったな。
 こいつをどうしようか、と考えたのは一瞬。すぐに後で出かけたときに途中で居内さんところに届ければいいやと結論した。
 V-MAXをかぶったままマウンテンバイクを検める。ひと通り手入れをした後はブースターとサイドワインダーを取り付けて、仕上げにフレームも磨いておこうか――と方針を固めたとき、ふっと頭が軽くなった。
「ん?」
 落ちたのかと思って辺りを見れば、V-MAXを脇に抱えたダッフルコートの女の子が立ち去っていくところだった。おお、その後ろ姿は聖嶺を卒業した後看護学校に入り、いずれは助産科にも進む予定の居内さんじゃないか。どうやらV-MAXを連れ戻しにきたらしい。そして、探していたものを見つけると用は済んだとばかりにすたすたと帰っていく。おーい、ちょっとは何か言ってけー。
「……」
 僕が呆然と後ろ姿を見送っていると、彼女は何を思ったのかひょいとV-MAXを頭に乗せ、そのまま手放しで歩いていってしまった。
 
 調子を確かめるようにしてマウンテンバイクを走らせる。ギシギシいってた怪しげな音も消えて、なかなか悪くない。これで寿命が延びたことだろう。
 さて、今日の予定はというと、司先輩とクリスマスデートを兼ねて教会のクリスマス会にお邪魔することになっている。
 司先輩の家はこの付近を走っている電車だと隣の駅になるのだが、馬鹿正直に線路沿いを走るわけではないので、ひと駅分離れているといっても自転車ならそれほど遠くはない。
 快適になった愛車のペダルを漕いで、先輩の家へと到着する。
 インターホンを鳴らすと、待ってましたとばかりに司先輩が飛び出してきた。
「こんにちは、先輩」
「ええ、こんにちは」
 にっこり笑う先輩は、パンツルックにコートというスタイルだった。家にはひとりだったらしく、司先輩は玄関のドアに鍵をかけた。門を出ると、その門もきっちり閉める。
「じゃあ、行きましょうか」
 そうして僕らは歩き出した。
 教会はここからそう遠くなく、先輩は徒歩。僕はそれに合わせて、自転車を降りて押す。
「さすがにクリスマスの時期になると寒いわね」
「そうですね」
 今月の頭くらいはまだ暖かい日もあったが、年の瀬も迫った近頃はひたすら寒い。
「知ってる、那智くん。実は今日はわたしたちの初めてのクリスマスなのよ?」
「うげ」
 思わず足を止める。
 しまった。言われて初めて気がついた。確かにそうだ。聖嶺に入学して先輩と出会って、その年のクリスマスを待たずして僕は逃げるように日本を離れたのだった。そして、帰ってきたのは今年の2月。今日がふたりそろって迎える初めてのクリスマスだ。なんてこったい。教会に行っている場合じゃないんじゃないだろうか。
「えっと、教会はやめて今からどこか行きます?」
 こんなチョイスをしたことを怒っているんじゃないだろうかと、おそるおそる聞いてみる。
 別に教会はむりして行く必要はない。ただ遊びに行くだけなので、先生には用ができたと電話を一本入れておけばいいだろう。
 だけど、先輩は怒った素振りもなく、微笑みながら首を横に振った。
「その必要はないわ。那智くん、行きたいんでしょう?」
「ええ、まぁ」
 児童養護施設を兼ねたあの教会は僕が育った場所で、父さんと母さんに引き取られた後もよく遊びにいっていた。当然恒例のクリスマス会にも毎年参加だったが、ここ3年は顔を出せていない。おかげで今日という日が楽しみで、司先輩もぜひにと誘ったのだけど……失敗だったか?
「安心して。わたしとどっちが大事なの、なんて聞くような女じゃないから。それにわたしも楽しみにしてたもの」
 そう言って司先輩はまた歩き出す。僕も止めていた足を前に進め、追いついて横に並んだ。
「わたしね、小さいときに何回かあの教会に行ったことがあるのよ?」
「え、そうだったんですか」
「うん。お父さんが聖書に興味があって、日曜学校にもよく行っていたの」
 日曜学校とはキリスト教の教会で行う教育活動のことだ。あの教会では早朝礼拝の後、大人と子どもにわかれて先生たちが聖書の教えを説いていた。
「でも、それほど面白いと思えなかったから、すぐに行くのをやめたわ。今から思えば、真面目にお父さんにつき合ってあげてたらよかったって思う。そうしたら那智くんともっと早くに出会ってたかもしれないもの」
「……」
 それはどうだろうな。あそこにいる子どもには日曜学校に参加する義務はなく、礼拝にきた一般の人たちと交わることはなかった。もし仮に僕らを見かけたとしても、家庭に事情を抱えた子どもたちがいるくらいにしか思わなかったんじゃないだろうか。多少の同情を感じ、でも、積極的に関わることは避ける気持ちが作用するのが普通だ。
 逆に僕が先輩を見かけたら、きれいな女の子がいると見惚れたに違いないが。
「どうしたの、那智くん。黙っちゃって」
「あ、いや、別に……」
 と誤魔化してみるが、先輩の目は僕の心を見透かす。
「そんなことないと思ってるでしょう? そんなことないことはないわよ。だって、わたしと那智くんは出会う運命だったんだもの。早いか遅いかだけの違いだわ」
「運命、ですか」
「ええ」
 司先輩は力強くうなずく。
 まぁ、それは信じられなくもないかな。先輩の前から逃げた僕は、結局2年の時を経てまた戻ってきたわけだしな。
「ねぇ」
 と、不意に司先輩は、隣から僕の両肩に自分の両手を勢いよく置いた。ばしん、と意外にいい音が鳴った。ちょっと痛い。
「ふたり乗りしましょうか」
「いきなりですね」
 首を巡らせて横を見れば、先輩は僕の顔を覗き込んでいた。無邪気に微笑む顔が思った以上に近くにあってどきっとする。
「だって早く行って準備を手伝わないと」
「確かに。……じゃあ、乗ってください」
 言いながら僕は自転車にまたがり、サドルに腰を下ろした。両足はしっかりと地面を踏みしめる。続けて司先輩が再び僕の両肩に手を置き、後輪のハブ軸に取りつけたステップの上に立った。マウンテンバイクにはリアキャリア(荷台)はないので、ふたり乗りをしようとするとこういうスタイルになる。なお、自転車のふたり乗りは禁止されているのでそこんとこよろしく、である。
 ふと、真っ白でやわらかい雪を思わせる香りが、僕の鼻をくすぐった。
 司先輩の香りだ。
 僕はいつも、なぜかこの香りに懐かしさを覚える。
 理由は不明。
 いったい何だろうな、と思いながらペダルを漕ぎ出した。
 
 教会に着いて先生に挨拶をしてから、さっそく準備の手伝いにかかった。
 司先輩は先生の奥さんと一緒に参加者にふるまうパンを作る。一方の僕は、クリスマス会の会場の飾りつけを手伝った後、子どもたちとバスケットボールで遊んでいた。いつもやっていることだ。ボールハンドリングを見せたり、ボールを取りにくるのかわしたり。さすがに5人くらい相手になると辛いけど。
 後、上手なオフェンスファウルの取らせ方をおしえていたところ、ちょうど司先輩がやってきて「何やってるの?」と不思議そうな、呆れたような目で見られた。
 や、男バスならどこでもふざけてこういう遊びをすると思うんだけどね。「おおっ」とか叫びながら、後ろに倒れ込む練習。で、中学のころの女バスの顧問が審判をするとオーバーアクションだったから、横でその真似をするやつとかがいるの。走ってきて「オーフェンスッ!」なんて。……バスケ経験者以外さっぱりわからない話だと思うけど。
 
 そんなこんなで教会のクリスマス会と、その後の施設の子どもたち向けのクリスマス会が終わり――今、僕たちは先生と一緒に食堂でコーヒーを飲んでいた。
「結局、紗弥加姉はこなかったな」
 ひと息ついたところで、そういえば、と僕は思い出した。
 後宮紗弥加――紗弥加姉は子どもに怖がられながらも、バザーやらクリスマス会やら、行事のたびにちゃんと顔を出していた。もう大学生だし、忙しくて足が遠のいているのかもしれないな。
「いえ、きましたよ」
 と言ったのは先生。
 先生はもう年は六十近くで、だいぶ髪に白いものが増えてきた。年に関係なく僕がもの心ついたときから穏やかな人で、その人柄が表情と声に現れていると思う。最近では功績が認められ、ナントカ教会派のこの辺りの支部長を務めているそうだ。
「午前中にきて、ほら、さっき子どもたちと一緒に食べたケーキ、あれを作っていきました」
「へえぇ」
 あの紗弥加姉が手作りケーキ!? 何の冗談だ?
「今日は用事があるんですって」
 これは先生の奥さん。こちらももう初老といっていい年で、やっぱり穏やかな人だ。
 因みに肩書きは、先生が牧師で、先生の奥さんが教役者。牧師も広義の教役者に含まれると思うのだけど、詳しい違いは不明。
「デートかも知れませんね」
「まさか!?」
 紗弥加姉の手作りケーキもたいがい驚いたが、こっちは思わず声を上げてしまった。
「失礼よ、那智くん。後宮さんにだってカレシくらいいるんじゃないかしら」
「そうなのかなぁ」
 どうにも信じられないのだが。
 首を傾げる僕の横では、司先輩が楽しそうに微笑みながらコーヒーを飲んでいる。先輩はあの紗弥加姉にカレシがいたとしても驚かないのだろうか。……ま、いっか。
「あ、先生、そういえばうちは伊達直人とかタイガーマスクとか、そういうのはこなかったんですか?」
「それもきましたよ」
「きたんだ!?」
 冗談で言ったのに、世の中せまいものだ。
 何が贈られたのだろうか。やっぱりランドセルなのだろうか。うちで来年度から小学生って誰もいなかったような? 先生の人徳や地域貢献のおかげで教会への献金は多いが、やっぱりそういうのは助かるのだろうな。
「これはその方から那智くんに、だそうです」
「へ?」
 先生が出してきたのは、きれいにラッピングされた直方体の物体。大きさは、例えば高価な筆記具をケースに入れたらこれくらいだろうな、という感じ。
 使われている包装紙は、こんな時期にも拘らずクリスマス用ではなくて。
「もうすぐ誕生日でしょう。那智君に渡しておいて欲しいと預けていきました」
「……」
 あー、そういうことか。あんにゃろめ……。
 僕はそれを手に取り、じっと見つめる。……ウケ狙いのくだらないものじゃないだろうな。
 
 教会から帰るころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
 司先輩と僕は冬の夜空の下を歩く。自転車のふたり乗りはせず、まるでクリスマスイブの終わりを惜しむようにゆっくりと。
「わたしね、教会に届いたいちばんの贈りものは那智くんじゃないかと思うの」
「……僕?」
 どういう意味だろうか。
 先輩は続ける。
「お義父さまもおっしゃってたわ。那智くんはいつも子どもたちの中心にいて、周りには笑顔があったって。きっと那智くんがきてから教会は明るくなったんじゃないかしら」
「そうかなぁ」
 だいたい贈りものだなんて、そんないいものでもないと思うんだけどな。単に雪の日に放置されてただけで。おかげでこちとら肺炎を起こして生死の境を彷徨ったらしいし。
「……」
 もしかして僕が雪の匂いに懐かしさを覚えるのはそのせいだろうか。だとしたらびっくりするほどロマンチックじゃない理由だな。よって、この仮説は保留。
「教会の次はお義父さまとお義母さまのところで、その次はわたしのところ。那智くんの行く先には必ず幸せが訪れるわ」
「いや、それじゃむしろ僕がプレゼントを配り歩いてるサンタですよ」
「あら、確かにそうね」
 おどけた調子の司先輩。わかって言っていたのだろうか。
「それじゃあサンタさん、わたしへのプレゼントは?」
「もちろん、ありますよ」
 クリスマスがどんな日かくらい理解しているつもりだ。
 が、次の瞬間、僕は「あっ」と声を上げていた。
「……家に置いてきた」
 痛恨のミス。
 出かける前に自転車の手入れや不良中年からの迷惑電話やらでバタバタしたせいかもしれない。
 しかし、司先輩は何やら納得したように「ふうん」とうなずく。
「それは今から家にこいっていう作戦かしら?」
「え!?」
「そうね。明日は日曜だし、ゆっくりできるものね」
「ち、違っ……!」
 いやいやいやいや、そんなわかりやすいことしませんって。
「いいわ、乗せられてあげる。どちらにしろ今日は那智くんのところで夕食にするつもりだったから」
「本当にそんなつもりじゃないんだけどなぁ」
 まぁ、いいや。後のことは後で考えることにしよう。
 
 それから少し日をおいて、電話をかけた。もちろん相手はあいつ。12月30日の誕生日がくる前に一度連絡をとっておかないとな。
『よう、俺の――』
「やあ、タイガーマスク」
『……』
 はっはっは、黙りやがった。
「それとも伊達直人って呼んだほうがいいか?」
『……いいから用件を言えよ』
 宇佐美蒼司は急に不貞腐れたような調子に変わった。
「お前、バカだろ? なんでタイガーマスクだ何だって、わざわざ先にネタ振りしてんだよ」
『先に言って呆れさせときゃ、そんなくだらねぇ話、お前が先生にしないと思ったんだよ』
 でも、結局は単にネタを振っただけの結果になったわけだ。……意外に底が浅いぞ、この男。
『だいたい好きにしろっつったのはお前だろ』
 なにアクセルベタ踏みで不良中年モードになってんだよ。面白いやつだな。
「何がだよ。僕がそう言う前からやってたくせに。先生から聞いたぞ。3年前かららしいな」
 要するに僕のことを知ったその年からだ。ポケットマネーで教会への献金を続けているらしい。ついでに気になって調べてみたら、宇佐美グループも企業として児童養護施設をはじめとする社会福祉事業や日本のキリスト教教会全体に寄付や献金をしてるっぽい。勿論、そうした慈善活動に力を入れはじめた理由は今さら言うまでもないだろう。
『……悪いかよ』
「誰も悪いなんて言ってないだろ」
 以前、こいつは言っていた。できる力と立場があるからやるのだと。今までそんなこと思いもしなかったくせにと指弾されれば、今からでもやるんだと力強く答えるはずだ。世界中の困っている人たちを助けられるわけじゃない、それは偽善だと指摘されても、自分の手の届くところだけでもやるんだと胸を張って言うだろう。宇佐美蒼司とはそういう人間だ。
「あと、誕生日のプレゼントももらったぞ。それくらい自分で持ってこいよな、先生に預けずにさ」
『るせぇな。今、日本にいないんだよ』
「あ、そうなんだ」
 それは知らなかった。あんまり仕事熱心に見えないのに、相変わらずあちこち飛び回ってるやつだな。どこか知らないけど、じゃあ、今そっちは夜だったりするのだろうか。悪いことをしたな。
「いちおーお礼を言っておこうと思ってさ」
『いいんだよ、礼なんて。ガキはプレゼントもらってわーいっつって喜んどけ』
「そうもいかないだろ」
 ていうか、わーいってお前、もうそこまで子どもじゃないわぃ。
『あー、はいはい。わかったわかった。もう切るぞ。こっちは仕事中で忙しいんだ。じゃあな』
 そうして蒼司は逃げるように一方的に電話を切った。
「……」
 ほう、そうか。夜か夜中か知らないけど、そんな時間まで仕事とは大変だな。……大丈夫か? 設定が破綻してるぞ。
 なんていうか、不器用というか面倒くさいやつだな、まったく。
 
 
2011年12月24日公開
何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。