その後、鳥海火煉は魔術の徒たちの学び舎、書籍館学院を少し見て回ってから、巨大人工島学園都市(メガフロートキャンパス)へと帰った。 マリアが、いや、昴流が港湾地区(ベイエリア)まで送ってくれて、洋上リニアに乗り込むまで見守ってくれていた。彼は、今日は書籍館の学生寮に泊まるのだそうだ。 襲ってきたテロリスト――科学アカデミーのアクションサービスは、昴流が倒したリーダー格の男と奏音が拘束していた三人、合わせて四人が警察に引き渡され、残り四人には逃げられた。 『ハイペリオン改』のことが当局に知られるのではないかと心配したが、昴流は"存在するはずのない機体"だから問題ないと言っていた。実際のところ、科学アカデミーはタクティカルトルーパーの存在を公にしたいわけではなく、自壊回避プログラムを我がものにしたいのだ。ならば、情報を無暗に漏らし広めるようなことはしないはずだ。それが久瀬兄妹の見解だった。 しかし、今回の件で自壊回避プログラムは昴流が持っていることを知られてしまった。身を隠すためにも、彼の"久瀬マリア"としての生活はまだ続くことだろう。 自分が彼を守らねば、と思う。 これまで通り昴流が少女であると周囲を騙し通し、必要があれば彼とともに戦いもしよう。そう決意を固める。 ただ、その一方で、ふたりで秘密を共有することは楽しいことのように思えるのだった。 火煉は今、キルスティン女学園の学生寮の自室で、備え付けのライティングデスクに向かい、考えごとをしていた。 ――鳥海火煉という少女は、いつも人をさがしている。 それは特定の人物ではない。名前もわからない誰かで、いつか自分が出会うべき相手。 夢見がちな表現をするなら、運命の人。 或いは、王子様。 放課後や休日に、賑やかなセンター街のオープンカフェで過ごすことが多いのも、まだ見ぬその人と巡り会うためだった。ドラマティックで目の覚めるような、もしくは、逆にとても静かでごくごく自然な、そんな出会いが自分を待っているような気がするのだ。 そうやっていつもその姿を追い求めているのに、未だ見つかっていない。 ――見つかっていないのだと、そう思っていた。 でも、本当はもう出会っていたのかもしれない。 久瀬昴流。 彼がそうだ。 慣れない土地で緊張していた自分に、「僕がついてるから」と言ったマリア。……火煉は首を傾げた。なぜマリアがそんなことを言うのだろう、と。 暴漢から守ってくれたマリア。……あれ? と思った。そのとき見たマリアの顔が、頼れる少年のそれだったからだ。 そして、奏音はマリアのことを『昴流』と呼んだとき――ああ、そうだ。思い出した。それがマリアの本当の名前で、彼はまぎれもなく男の子だった。どうしてだろうか、いつからか火煉は彼を『マリア』としか見ていなかったのだ。 タクティカルトルーパー『ハイペリオン改』を身に纏い、戦う姿を見て火煉は確信した。――彼こそが自分の探し求めていた人だ、と。 ――少し、思い描いていた理想とは違うけれど。 少女のような容姿。 小柄な体。 それに、 「まさかお姫様の恰好をした王子様だとは思わなかったわね」 火煉は昴流のいない部屋で、ひとり苦笑した。 2015年7月19日 公開 |
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