東京湾上に浮かぶ巨大人工島学園都市(メガフロートキャンパス)、
 未だ顔に幼いものを残した少年が、その小柄な体躯で月明かりの下を疾走していた。
「ああもうっ、しつっこい!」
 心底鬱陶しそうに吐き捨てつつ、ちらと後ろを見る――と、その瞬間、後方で何かが光った。発火炎(マズルフラッシュ)だ。
「わひゃおうっ」
 考えるが早く、彼は頭を手でかばいつつ、身を投げ出していた。直後、それまで彼がいた座標を、横殴りの弾丸の雨が通過していく。すぐさま立ち上がると、再び地を蹴って走りだし、近くの角を曲がった。
 ――久瀬昴流(くぜ・すばる)は今、追われていた。
 追うのは三騎の機械仕掛けの騎士(マシンナリィ・ナイト)。おそらく地上市街地戦用の汎用騎だろう。尤も、汎用騎は汎用騎でも違法改造されているに違いないが。
 駆動系と武装の静音仕様は普通によくある改造だ。合法である。だが、威力が完全に違法レベルだ。ついでに言うと、こうやって生身の人間を機械仕掛けの騎士で攻撃することはもちろんのこと、追い立てたり銃口や剣の切っ先を向けることも恐怖心を与える威嚇行為として禁止されている。街中で無意味に起動することすら厳罰ものの行為である。
「そろそろ限界だよなぁ」
 もう追われはじめてかれこれ三十分はたとうとしているが、機械仕掛けの騎士では通れない道を使ったり身を隠してやり過ごしたりして、これまでどうにかこうにか無事に逃げおおせている。だが、ここにきて完全に捕捉されたようで、そろそろ逃げ続けるのも限界のようだ。
 今が夜で、機械仕掛けの騎士が静音仕様とは言え、さすがに人目にもついているはずだし、通報を受けた警察の機械仕掛けの騎士犯罪対策の特殊機動隊も駆けつけてくるころだろう。とは言え、それまでもつかどうか。
「応戦……するにしても場所は選びたいところ……」
 機械仕掛けの騎士の運用については、非常に厳格に定められている。何せ前身は兵器。気軽に使っていいものではない。競技以外での運用は治安維持行為にのみ許されている。仮に市民協力の名のもと、逃げる犯罪者を追うのに使ったとしても、相手がひったくり犯程度ならこちらも一緒に御用である。凶器を振り回した凶悪犯でようやくお咎めなし。機械仕掛けの騎士犯罪なら天下御免で起動できるが、それも一定の技術を有していることが大前提だろう。
 そして、現在、昴流を追ってきているのは秘密結社"科学アカデミー"の構成員。常日頃から派手にテロ行為を繰り返しているわけではないが、目的のためには手段を選ばない連中だ。実際、昴流ひとりを捕えるために、街中で機械仕掛けの騎士を起動し、追い立てている。ここで応戦しても十分に正当防衛は成り立つだろう。だが、それにしても人を巻き込みかねない市街地戦は避けたい昴流だった。
 ふと昴流は、今自分が走っている道に沿って、はるか先までコピィ・アンド・ペーストしたように壁が続いていることに気づいた。
「しめた」
 昴流は小さく歓喜の声を上げた。
 この東京湾上に建造された巨大な人工島は、いくつかの騎士乗り(ナイトヘッド)養成機関を集めたひとつの学園都市である。あちこち走り回りすぎて少々現在地が怪しいのだが、しかし、このように長い塀で囲まれた施設と言えば、その手の学校しかありえない。
 走っていた昴流は制動をかけて軽く膝を曲げると、ためた力を一気に解放した。走る勢いすら縦方向に移動する力に変えてしまう見事な跳躍だ。自分の背よりも高い壁に軽々と飛び乗ると、さらにもうひと蹴り、塀の向こう側――学校の敷地内に着地した。尋常ならざる身体能力だ。
 そのままグラウンドへと出る。機械仕掛けの騎士のための演習場や競技場ではない。普通の学校にもある、いわゆる運動場というやつだ。狭い。機械仕掛けの騎士の一騎打ちでも、この狭さですることはないだろう。だが、演習場を探している暇はなさそうだと判断すると、昴流はここで迎え撃つことに決めた。
「……こい!」
 昴流は腕のブレスレットに触れる。
 途端、そこから光の粒子があふれ出し、昴流の体を瞬く間に覆った。そうして実体化したのは量子化して圧縮格納されていた機械仕掛けの騎士――陸戦騎の傑作"小太刀"だった。
 
                  §§§
 
 機械仕掛けの騎士(マシンナリィ・ナイト)は装着するタイプの機動兵器である。
 
 動力部はエーテルコンバータ。大気中のエーテルを取り込み、純粋なエネルギィとして利用しているのである。もとより魔術においては、自然式を捻じ曲げるほどの力をもっているのだ。エネルギィとして破格なのは当然だろう。
 
 エーテルは魔力にのみ、つまり強い観測者効果にのみ反応する物質である。だからと言って、魔術の素養を持った人間にしか動かせないようでは話にならない。そこで使われるのが、補助機能を有した疑似魔力核(フェイク・オド)だ。
 
 科学者たちにかかれば魔力――超心理学的な意味での観測者効果も、突き詰めれば電気信号であるとばっさり切り捨てられ、科学的、電気的に生成してしまったのだった。それが疑似魔力である。
 これをエーテルコンバータの核として封入することで、強い観測者効果をもたない人間でも動かせるようにしているのだ。
 
 騎体制御に関しては、魔術を基礎理論としている。魔術が大気中のエーテルにはたらきかけて様々な事象を具現化させるのと同様、機械仕掛けの騎士はコンバータ内に取り込んだエーテルに疑似魔力核(フェイク・オド)を通してはたらきかけ、制御している。疑似魔力核が有する補助機能には、観測者効果の増幅だけでなく、簡単な構文構築の機能も含まれているのである。
 
 機械仕掛けの騎士は、極端なことを言ってしまえば、"思った通りに動く"。尤も、それは理屈の上での話で、赤ん坊が歩くために訓練が必要なように、騎士乗りも機械仕掛けの騎士を動かすために訓練をしなければならないし、飛行や空中戦にはさらなるスキルは要求される。そして、すべての騎士乗りが同じレベルに到達するわけではないのが現実だ。
 
 推進機能のある騎体背部から脚部にかけては騎士乗りの体とほぼ一体化しているので、騎体制御に関する意思をダイレクトに伝えることができる。が、一方、腕は双方のサイズ差により、そうもいかない。よって、機械仕掛けの騎士の腕と騎士乗りの腕を特殊な素材のワイヤーでつなぎ、腕の動きを同期させるとともに意思制御を併用して動かしている。「腕をこう動かす」と意識するよりは、動きをリンクさせるほうが早いからだ。
 
 さて、前述した通り、機械仕掛けの騎士は搭乗するものではなく、装着するものである。一見すると、前面に騎士乗りの体が剥き出しになっているのだが、騎体各部に埋め込まれた力場誘導子が不可視のシールドを形成しているため、危険はほぼない。一定以上のダメージを受ければシールドを維持しきれなくなるが、それは同時に機械仕掛けの騎士の装着解除も意味するため、その時点で勝負ありである。
 尤も、それもルールのある戦いでの話だが。
 
                  §§§
 
 昴流が手の甲にコントロールワイヤーを接続し、脚部の高速移動用のローラーを展開したところで、三騎の機械仕掛けの騎士が追いついてきた。
 各種ハイパーセンサーが正常に動作し、夜闇の中でもバイザーにはっきりと追っ手の姿を映し出す。乗っているのは戦闘服を身にまとった見るからに屈強な男たち。アカデミーのアクションサービスだろう。
 そして騎体は――、
「"クファンジャル"か。ガチだなぁ……」
 ナイトブラックに塗装した夜戦仕様の"クファンジャル"。中東で生まれた戦闘用の機械仕掛けの騎士だ。
 本来機械仕掛けの騎士は競技にのみ使われるもので、国際的にも軍事利用を禁じている以上、戦闘用はあり得ない。だが、"クファンジャル"はあまりにも実戦向きの基本性能をしていた。
 機械仕掛けの騎士は確かに通常兵器に劣る。戦闘機に捕捉されれば振りきれないし、誘導性能の高いミサイルも避けることはできない。ミサイルの直撃を受ければ、耐えてもせいぜい一発が限度。二発目はない。だが、兵器として投入できないのは、それらが飛び交う戦争レベルの戦場であり、内戦・紛争レベルなら数によっては充分に戦力となる。そして、"クファンジャル"は破格の拡張性故に、容易に国際条約で禁止されているレベルの戦闘力をもたせることができ、そういった地域に頻繁に実戦投入されるのである。
 機械仕掛けの騎士での戦いはあくまでもエンターテイメントだ。騎体のデザインに少なからず力を注がれているし、女性の騎士乗りの中にはビキニの水着やレオタードのような体のラインのはっきり出る衣装で機械仕掛けの騎士を装着するものもいる。だが、この"クファンジャル"は見るものを楽しませる気のさらさらない、デザイン性皆無のフォルムをしていた。ただただ戦闘力のみを追求した騎体。そういう意味で、昴流の言うところの"ガチ"なのである。風評被害ではあるのだが、機槍戦(トーナメント)でこれを使う騎士乗りは少々嫌われる傾向にあった。
 一方、昴流の"小太刀"は汎用性と拡張性に優れるため、誰にでも扱える上に好きなようにカスタマイズできる。それ故の傑作機。だが、傑作なのはあくまでも競技に用いるものとしてであり、戦闘用に作られた闇の傑作である"クファンジャル"が相手ではあまりにも分が悪い。
「例のものについて、知っていることをすべておしえてもらおうか」
 リーダー格の男が言葉も簡潔に、威圧的に要求する。十分に距離があるにもかかわらず、センサーが声を拾って、はっきりと昴流のところまで届ける。
「断る。人におしえられるようなことは、僕にはない」
 昴流が拒絶の意志を口にすると、男は薄く笑みを浮かべた。左右の仲間に目配せをすると、それを合図に三騎の"クファンジャル"は昴流の"小太刀"を半包囲するように展開した。
「でも、囲むんなら、もっとせまくしないとね。……それはむしろ各個撃破のいい的だ」
 三騎に油断なく気を配っていた昴流だったが、端の一騎がわずかに隙を見せた瞬間、その機を逃さず一気にそちらへと迫った。脚部のローラーを最大稼働させる。リニアライフルの銃口を向けられるが、撃たれる前に間合いを詰めた。
 腕部装甲から伸びる近接戦闘用のレーザーエッジを一閃。敵機の向こう側まで斬り抜けると、すぐさま反転した。同時、敵機も向き直っていたが、かまわず再度突っ込み、ショルダーチャージを喰らわせた。
 その瞬間、敵騎体の向こう側から鈍い衝撃が伝わってきた。昴流を狙って残り二騎の撃った銃弾が当たっているのだ。
「き、貴様、俺を盾にッ」
「恨むんならお仲間を恨むんだね」
 そのまま昴流は敵の体を弾除けにして、二騎目の"クファンジャル"へと迫る。そうしながら腰部にマウントしていた突撃銃(アサルトライフル)を引き抜いた。
 相手が味方機を盾にされて攻めあぐねている一方、昴流のほうは力の限り連射し、全弾命中。そのまま一騎目を二騎目に叩きつけたところで、二騎ともダメージ過多でシールドエネルギィを使い切り、機械仕掛けの騎士は強制解除された。
 残り一騎。
 昴流はすぐにその場から離脱した。最後の一騎が肩背部に搭載したフォールディングソリッドカノンでこちらを狙っていたのもあるが、まだ近くに機械仕掛けの騎士を解除したばかりの生身の人間がいたからだ。追ってきた科学アカデミーの連中とは言え、巻き添えにはしたくはない。
 昴流は、一度大きく弧を描くようにしながらその場を離れ、そうしてから騎体を左右に振りつつ最後の一騎へと迫る。
「頼むから撃たないでよね……」
 撃たれれば避けざるを得ない。そうすれば専用の演習場ではないこんな場所では、周りに被害が出るのは確実だ。
 敵は昴流へと砲口を向けるが、一方、昴流は狙いをつけさせまいと右へ左へと騎体を振る。やがて敵は、狙いが定まらない上、砲撃の距離ではなくなってきたこともあり、諦めたようだった。武器を切り替えるため中折れ式の砲身を折りたたみ――その瞬間、昴流は動きを直線運動へと変えた。一気に距離を詰める。
 左右それぞれの腕部装甲からレーザーエッジが伸びる。敵に次なる武器を用意する暇も与えず、限界稼働のローラーダッシュで接近した昴流は、その勢いをわずかも殺さず騎体を回転させ――、
 
 旋刃乱舞四閃(ツイン・ブレード・タービュランス)!
 
 瞬きのうちに四条の斬撃を浴びせ、向こう側へと斬り抜ける。旋回を止め、ローラーに制動をかけてもなお直進の勢いは死なず、膝を折って地面に手をつき、それをブレーキにしてようやく停止した。顔を上げれば、視線の先では最後の"クファンジャル"が強制解除されるところだった。
 何かが砕けるような音がした。おそらく受けたダメージがあまりにも大きすぎて、過負荷で疑似魔力核が破損したのだ。これで疑似魔力核を新しくしない限り、機械仕掛けの騎士の再起動はできない。
 時間にしてわずか数分の攻防。
 昴流はできる限りの威圧的な態度で、機械仕掛けの騎士を失くした男たちを見下ろす。やがて彼らは、リーダー格の男の合図で走り去っていった。高感度のセンサーは、はっきりと舌打ちまで拾っていた。
 昴流は、体から無駄な力を抜くようにして、深々とため息を吐いた。
 と、そのときだった。
「そこまでよ。ゆっくりこちらを向きなさい」
 背後から明晰に聞こえたのは、少女の声だった。
 昴流が言われた通りにゆっくりと振り返ると、そこには機械仕掛けの騎士をまとった見目麗しい少女がいた。機械仕掛けの騎士は青みがかった白色で、雪の結晶を思わせる美しいフォルムをしていた。降着脚程度にしか使えなさそうな脚部装甲を見るに空戦用、それも高機動戦用だろう。おそらく"レイピア"のカスタム機だ。実際、彼女は地面スレスレを滞空していて、背部バーニアからは粒子化したエーテルが絶えず吐き出されていた。
「野試合のつもりかもしれないけど、私がここにいたのが運のつきね。申請のない戦いは違法行為よ。警察を呼ぶから、機械仕掛けの騎士(マシンナリィ・ナイト)を解除しておとなしくしなさい」
 少女は長砲身のランチャーを突きつけ、静かな落ち着いた声音ながらも警告のように告げた。
(まいったな。捕まるわけにはいかないんだけどな……)
 昴流は口には出さず、心の中だけでつぶやく。
 捕まるわけにはいかない。ならば、逃げるしかない。だけど、どうやって? 何せ相手は高速の空戦騎。ただ転進して逃走しただけでは、おそらく一瞬で追いつかれるだろう。そして何より、昴流の騎士乗りとしての第六感が告げている。彼女は只者ではないと。先の"クファンジャル"三騎よりも、よっぽどこの目の前の少女のほうが危険だ。
(只者じゃない?)
 しかし、昴流の口許に、その童顔には似合わない好戦的な笑みが浮かぶ。
(上等……!)
 緊張に乾いていた唇を舐めて湿らせると、再び両腕のレーザーエッジを伸ばした。地を蹴ると同時、ローラーが最大稼働で回りはじめる。昴流は間合いを詰めるべく、少女へと迫った。
「いい度胸ね。この《運命の三女神の未来(アトロポス)》と称される私に向かってくるなんて」
 少女は改めてランチャーを構え直す。
 が、次の瞬間、昴流の駆る"小太刀"の姿がぶれ――そして、はっきりとみっつに分かれた。
「"幻影(ファントム)" !? そんなっ」
 少女が驚嘆の声を上げる。
 驚くのもむりはない。"幻影(ファントム)"は高度ではあるが、珍しいものではない。高い操作技術と機械仕掛けの騎士の性能があれば可能だ。だが、逆を言えば、そのふたつがあって初めて可能になる技で、並行展開とは言え決して"小太刀"のような凡庸な騎体でできるものではないのだ。
 みっつに分かれた姿が再び結像したときには、"小太刀"は少女の目の前にあった。
 そして、
「え……?」
 再度その姿が掻き消え――直後、少女の背中を鈍い衝撃が襲った。昴流が身を沈めて背後に回った後、肩背部で彼女の背を強打したのだ。……知識のない彼女には知る由もないが、これは中国武術、八極拳の技のひとつだった。
 少女がよろける。足が接地していれば、たたらを踏んでいたことだろう。だが、反射に連動して姿勢制御のスラスタがはたらき、体勢を立て直した。さらなる追撃に備えて慌てて振り返るが、しかし、そのときにはもう昴流ははるか彼方だった。しかも、機械仕掛けの騎士は解除している。
「待っ……」
「ごめんなさい。今日のことは内緒でお願いします」
 昴流は一度少女に向き直ると、そう叫んだ。
 そうしてから近くの塀を乗り越え、学校の敷地外へと出る。少女が機械仕掛けの騎士で武器を向けてきたのは、こちらが機械仕掛けの騎士をまとっていたからだ。しかも、場所は騎士乗りを養成する学校の敷地内。ギリギリ正当性を主張できる範囲だ。だが、生身で学校の外に出てしまえば、彼女がまっとうな法令順守の精神をもっている限り、敷地外まで機械仕掛けの騎士で追ってくることはないだろう。
 そして、思惑通り通り、昴流はまんまと逃げおおせたのだった。
 
 
2015年4月21日 公開

 


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