12月24日。 その日の午前、佐々朝霞は学生寮の廊下で鳥海火煉と遭遇した。 (わ、わぁー!) 彼女の姿を見た瞬間、朝霞は心の中で歓声を上げていた。 これから外出するらしく、火煉が着飾っていたのだ。40デニールくらいの黒のストッキングに、赤いミニスカート。上着にクリーム色のメルトンウールのショート丈コートを着込んでいた。頭には赤いベレー帽がのっている。 火煉は流行には疎いものの、ファッション感覚がないわけではないので、普段からしっかりと自分に似合うものを選んで着ている。そんな彼女だから、一見すればいつもと変わらないように見えるのだが、今日は細部にまで気配りがされているように感じる。要は気合いが入っているのだ。 「おはよう」 「あ、お、おはようございます」 呆けて見送りかけていたところに火煉から挨拶され、朝霞は慌てて返した。 そのまますれ違って、 「あ、あの、火煉様? 今日はどちらに?」 しかし、すぐに振り返って尋ねる。 「もちろん、クリスマスだし男の子とデートよ」 「あ、なるほど」 火煉も同じようにこちらを振り返ると、珍しく笑ってそう言い――朝霞は納得した。 なるほど。デートか。それなら気合の入ったおめかしも当然だし、嬉しそうなのも当たり前だ、と納得しかけて。 「……へ?」 遅ればせながらことの重大さに気づく。 「た、大変!?」 あのキルスティン女学園が誇るクールビューティ、鳥海火煉がクリスマスにデートだというのが。しかもと言うべきか、当然と言うべきか、相手は男。いったいいつの間に知り合ったのか。 朝霞はこの一大事を皆に知らせるべく、寮中を走り回るのだった。 「なんか外がうるさいな……よっ、と」 外の騒ぎに独り言をこぼしつつジーンズを引き上げる碓氷愛理を、六花=ヴァシュタールは不思議そうに眺めた。 六花が見ている前で、愛理はカットソーを着てタートルネックセーターを着て、と次々に身支度を整えていく。 「嬉しそうだネェ」 「そりゃあそうさ。なんてったって、これから男とデートだからね」 「ああ」 愛理の返事を聞いて、六花は得心したとばかりにうなずいた。 「それで扇情的な下着なわけだ。いわゆる勝負下着というやつカナ?」 「違うっ」 すかさず愛理の否定が返ってきた。 確かに選んだのはセクシーランジェリーにも分類されるものだが、単にぴったりとしたジーンズに下着のラインが目立たないようにと思ってのことだ。愛理としてはそんなふうに解釈されるのは心外だろう。 「えー、でも、黒を選ぶあたり案外意識してたり?」 「いや、そんなことはない、はず?」 言われてみれば、タンガやソングと呼ばれる種類のものはヒップのラインをきれいに見せる効果もあり、そこは彼女自身もなかなかのものだと思っている。もしや無意識にセックスアピールにするつもりだったのだろうか。しかも、それこそ扇情的なデザインで一石二鳥だ。いや、そんなはずは……。 「ええい、何をバカなことを。……いってくる」 思わず自問自答という名の負のスパイラルに陥りかけ、愛理はそれを振り払うようにライダーズジャケットに袖を通しながらドアへと向かう。 「いってらっしゃい。……今日は帰ってこなかったりシテ」 「帰ってくるに決まってるだろ!」 そして、エンジニアブーツを手に、ドアを荒々しく閉めた。 キルスティン女学園の研究科に在籍する二年生、早矢仕奈央(はやし・なお)は、常々このマンションに決めてよかったと思っていた。 まだ築三年で、完成した翌年に入居できたことはラッキーだった。とてもきれいで、ちょっと高い家賃に見合うだけの広さもあり、友達にも羨ましがられる。入居者が女性限定なのも安心できる。もうすっかり愛着がわいて、今では実家の自分の部屋よりも気に入っているくらいだ。 そして、何よりここには八重垣茉莉花がいるのだった。 入学直後、ひと目見たときからただものではないと思っていたが、あれよあれよという間に騎士乗り(ナイトヘッド)としての頭角を現し、一年目が終わるころには《運命の三女神の現在(クローソー)》の名を頂いていた。 そんな奈央がエレベータでエントランスへ降りているときだった。そのエレベータが途中の階で止まる。確かここは茉莉花の部屋のある階だ。もしや……と思っていると、開いた扉の向こうに現れた姿は、予想通り茉莉花のものだった。 ロングスカートのカーディガン、コート。首にはストールが巻かれている。全体的にオレンジ色に近い赤でまとめられていて、とてもお嬢様っぽい。 「あ、奈央さん。おはようございます」 「おはようございます。茉莉花様」 育ちと家柄のよさを感じさせる淑やかな挨拶につられ、奈央もできるだけ優雅に返した……つもりなのだが、やはり茉莉花には遠く及ばない。これはもう持って生まれた素質なのだろう。 そんな茉莉花も機槍戦(トーナメント)になれば接近格闘戦と得意としているのだから、世の中わからない。 茉莉花が乗り込んできて、隣に並ぶ。再びエレベータは下降をはじめた。 今日はよい一日になりそうだ、というのが茉莉花の顔を見れた奈央の感想だった。尤も、クリスマス・イブの本日、入っている予定は女友達と遊ぶ約束だけだが。 「あの、茉莉花さま? 今日のご予定は?」 ふと、彼女はどうなのだろうと思い、隣の茉莉花に聞いてみた。もし何も予定がないのなら、これから奈央が会うのは全員茉莉花派の生徒たちだし、ぜひこちらにきてほしいところだ。しかし、彼女の姿を見るに、これから出かけるところなのだろう。 茉莉花からの返事は予想通りであり、また、予想外でもあった。 「もちろん、これから殿方とデートですわ」 「はい?」 想定外方向のベクトルが振り切れすぎていて、奈央は素っ頓狂な声を上げてしまった。 「では、お先に」 やがてエレベータが地上階に着き、茉莉花がエントランスに足を踏み出す。心なしか弾むような足取りの後ろ姿を、奈央はエレベータの扉が閉まるまで呆けて見送った。 (よし、これで三組目!) 待ち合わせ場所は、巨大人工島学園都市(メガフロート・キャンパス)最大の繁華街がある駅の巨大クリスマスツリーの前だった。 そこに立つ久瀬昴流は、わりとビビッドなブルーのロングスカートに、濃紺のフード付きキルティングジャケットという姿だった。アウトドア派の女の子っぽい。おかげでクリスマスの雰囲気に浮かれて何かを期待するような顔で立っていると、時折ナンパ男が声をかけてくる。もちろん、男だと明かしてお引き取り願っているが。ただ、それも悪い気分ではないし、待ち合わせの時間より三十分ほど早くきた昴流にはいい暇つぶしになっていた。 「昴流!」 ちょうど三組目をあしらったところで、奇しくも待ち合わせ相手が三人同時に、しかも、それぞれ別々の方向からやってきた。 その三人――火煉、愛理、茉莉花は昴流しか目に入っていなかったようで、彼の前にきてからようやくお互いの存在に気がついた。 顔を見合わせ――、 「はぁ……」 と、そろってがっくり項垂れる。こういう子だったわ……。三人は同じことを思ったのだった。 「せっかくふたりきりだと思いましたのに……」 「『マリア』でくるか……」 と、茉莉花と愛理。 「あ、あれ? 言ってませんでしたっけ……?」 「……言ってないわ」 これは火煉だ。 「でも、お互い今日の話とか……」 「……」 今度は誰も答えなかった。 振り返ってみれば、自分を含め皆、あるときを境にぱったりとクリスマスの話をしなくなったように思う。……抜け駆けするつもり満々だったのだ。 「わたくし、いいことを思いつきましたわ」 その点に触れないことは暗黙の了解となり――茉莉花が話を逸らすかのように口を開いた。 「奇遇だね。私もだ」 「私もよ」 そして、一拍。 「「「 昴流抜きで 」」」 「ふぁっ!?」 昴流が奇怪な悲鳴を上げる。 しかし、そうと決まれば話は早いとばかりに、三人の女神(モイラ)たちはさっそく歩き出してしまう。 「どこに行く?」 「私はどこでもいいわ」 「火煉の場合は単に知らないだけだと思うけどねー」 「わたくしがいいところを知っていますわ」 年ごろの女の子らしい会話を交わすその声と後ろ姿が遠ざかっていく。 「……」 そして、その場に昴流だけが取り残された。何か悪いことをしただろうか……。所在なさげに立ち尽くす。 と、そこで三人の少女たちが足を止め、こちらを振り返った。遠くてわかりにくいが、どうにも笑っているように見える。 「えっと……」 とは言え、どうすべきかわからない。 そうしていると火煉と茉莉花が戻ってきた。 「何をしているの。行くわよ」 「え? いや、だって、僕抜きでって……」 今さっき思いっきり蚊帳の外に放り出したのではなかっただろうか。 「冗談に決まっていますわ」 「その冗談、難易度高いです……」 さすが団体戦(カルテット)大会でチームを組んだだけある。アイコンタクトでの連携はお手のものというわけか。 そのままふたりの少女が両側から腕をからめてくる。 「っ!?」 左右の二の腕に胸が当たり、昴流の体が固まってしまう。……これも連携攻撃だろうか。あと、それぞれの感触に差があることについては、自分の心の中とは言え言及しないことにする。 そんな昴流に火煉は囁く。 「でも、こうなった以上、ちゃんと三人相手してもらうわ」 まるで引きずられるように歩き出したその先には、意地の悪そうな笑みを浮かべる愛理が待っていた。 「……」 おかしい。最初から三人誘ったはずなのに、まるで自分の過失でこの状況が発生したかのような言われようだ。 今日のこのクリスマス・イブ、果たして楽しめるだろうかと不安になる昴流だった。 2015年12月23日 公開 |
|
INDEX |
|