I'll have Sherbet!

 

 アフタ・ストーリィ3.「少しだけですよ?」と彼は言った

 

 わたしは自分の部屋のドア越しにリビングの様子を窺った。
 かすかにテレビの音が聞こえた。弓月くんはリビングにいるようだ。
 弓月くんは何となくテレビがなくても平気そうなイメージがあって、実際、テレビの前で正座して好きな番組を見るようなこともないけれど、本当のところはとりあえずいつでもテレビを点けておくタイプだったりする。勉強の合間、休憩がてらリビングに出てきたときは、いつも必ず点けている。
 わたしはリビングに弓月くんがいるのを確信し、部屋を出た。
「じゃーん。弓月くん、これどうかな?」
 弓月くんはコーヒーを飲みながら本を読んでいたらしく、何ごとかと顔を上げて――そして、頬を緩めた。
「いいんじゃないですか。よく似合ってますよ」
 今わたしが着ているのは爽やかな春ものの白いワンピースだった。
「買ってきたんですか?」
「そう。今日から一ノ宮の百貨店でバーゲン。早速お京と突撃してきたー」
 わたしは言いながら、くるりんとひと回りしてみせる。ワンピースの裾がふわりと舞った。
「君にしては随分とおとなしい気もしますが、僕は好きですよ。清楚な感じで、いいと思います」
「えへへー、やったぁ。……待ってて、ほかにもあるの」
「はいはい」と少し呆れ気味に応える弓月くんに背を向け、わたしは再び部屋に戻った。
 ベッドの上に広げた今日の戦利品を見、腕を組みながら考える。ワンピは弓月くんに好評だったけど、反応が薄い気がしないでもない。次は違う路線で攻めて、驚かせたいところ。なら、これに決めた――とばかりに次なる服を手に取った。
 
「お待たせー」
 それを着て出ていったわたしは、片手を腰にポーズを決める。なにしろポイントはこの腰にあるのだから。
 すると――、
「君はまたそんな……」
 弓月くんは頭を抱えるようにして項垂れた。
 今度はプリントTシャツにデニムのロングパンツ姿だった。ただし、ロングパンツは片方だけが落ちたような左右非対称(アシンメトリィ)なローライズ。そして、そこにはビキニショーツのサイド部分が見えている。自分で言うのもなんだけど、なかなかセクシィ、且つ、カッコいい。ただ、ショーツのほうはこれ、"見せ"用じゃないんだけど、まぁ、家の中だし気にしない。
「あれ? ダメ?」
 弓月くんの反応に満足しながら(我ながらひどい)、わざとらしく訊く。
「まぁ、似合ってはいますよ。そういうスタイルまでこなせるあたり、さすが佐伯さんだと思います」
 いちおーは褒めてくれた。
 因みに、相変わらず家に帰ると窮屈なもの外してしまう主義なので、Tシャツ姿だと見どころはほかにもあるのだけど、すぐに顔を背けてしまった弓月くんは気づいていない様子。
「それにしても、君は着道楽ですね」
 弓月くんはちらとこっちを見た後、やっぱりむりといった感じで、今度は座イスごとテレビに向き直ってしまった。
「よくお金がありますね」
「そこは、ほら、食費をうまくやりくりして?」
 特売やタイムセールを狙ったりして、日々たゆまぬ努力を続けているのである。おかげで食事の質は変わらないまま、食費は右肩下がり。まさに主婦の鑑。
「食費は僕も出してるんですけどね。やりくりできてるんだったら、僕にも還元してくださいよ」
「まーかせて。弓月くんの好み(ストライクゾーン)ど真ん中なランジェリーも買ってきたから」
「どうして僕にはそんな迂遠な還元の仕方になるんですか」
 あまりお気に召さなかったらしい。テーブルに肘をついていたのが、がくっと崩れた。
「だいたい僕の好みなんて知らないでしょうに」
「大丈夫。そこんところは弓月くんの反応を見て、だいたい当たりはつけてあるから」
 ただ弓月くんをからかっているだけの佐伯貴理華ではないのだ。よく訓練された佐伯貴理華は、そうしながらも反応を見てちゃんと分析もしているのだ。弓月貴理華へと進化する日も近いに違いない。
「……もうそのことはいいです。お金の話もあまりしつこいと男を下げるので、これ以上はやめておきます」
「そうそう。心は広くもたないと。……じゃあ、次いくね」
 わたしはまたも部屋に舞い戻った。
 
 次に着てみせたのは、ブルーグレーのチェックのシャツワンピースと、濃紺の半袖ニットカーディガンのコーディネイト。どうだ、と部屋を飛び出せば、弓月くんは警戒しながらこちらに目を向けた。
「これにニーソックスを組み合わせようと思うんだ」
「そういうかわいらしいスタイルは、やっぱり佐伯さんらしいですね」
 弓月くんは安心して見れるスタイルだったことに胸を撫で下ろしつつ、笑って喜んでくれた。
「うーん。納得されると、それはそれで新鮮味に欠けてるみたいで悔しいかな。さっきのやつのほうがよかった?」
「君、僕に何を期待してるんですか。それにベタ褒めしたのは最初のやつですよ」
「むーん……」
 確かに服を褒めちぎる弓月くんというのも、何か悪いものでも食べたとしか思えない。まぁ、笑顔で褒めてくれただけでもよしとして、それ以上のものを引き出せないのはわたしへの課題としよう。
「よーし。次こそは!」
 弓月くんの「まだあるんですか?」の声を聞きながら、わたしはまた部屋に戻った。
 
 もちろん、まだあるんです。
 でも、残っているのはどれも似たり寄ったりで、2着目のローライズデニムを超えるインパクトは期待できそうにもなかった。
「所詮は春ものだしなぁ」
 露出度は望むべくもない。
 しかし、口に出してつぶやいた瞬間、閃いた。
 図らずも伏線はすでに張られているし、これならひっくり返るほどびっくり仰天させられるはず。
「ふっふっふ。弓月くんめ、目にもの見せてやる」
 わたしはさっそくタンスの抽斗に手をかけた。
 
「弓月くん、見て見てー」
 程なく、わたしはそれを着て、弓月くんの待つリビングへと出た。
「これがさっき言ってたランジェリー」
「うわあっ」
 声に誘われてこちらへと目を向けた弓月くんは、わたしを見るか見ないかのうちに顔を背けた。
 わたしが着てみせたのは白のランジェリーのセット、と見せかけて――、
「驚いた? 実はこれ、水着だったりするんだよねー。去年の夏前に買ったやつ」
「そうなんですか?」
 おそるおそる再びこちらを見る弓月くん。確かめる顔が少し赤い。
「うん。でも、有名な下着メーカーがデザインしたから、ぱっと見、ランジェリーっぽく見えるの」
 そこが狙いのドッキリアイテム。弓月くんはまんまと騙されてくれたようだ。
「わかったから、そろそろ服を着てください」
「えー? どうして?」
 ちょっとからかうように聞き返してみる。
「どうしても何も、家の中で着るようなものじゃないでしょう」
 目のやり場に困っているふうの弓月くん。
 さっきも言ったように下着メーカーがデザインしただけあって、トップスは胸元があきあき、ボトムは面積控えめ、ところどころ効果的にレースがあしらわれていて、一見すると清楚、且つ、大胆な大人の下着(セクシー・ランジェリー)のようだ。そりゃあ弓月くんだってどこを見ていいかわからなくもなる。
「んー? 着替えてもいいけど、もったいなくない?」
 わたしはテーブルを回り込み、弓月くんの横にぺたりと座り込んだ。ちょっと体を前に傾ければ胸が強調される。弓月くんがわずかに体を引いた。
「何がですか?」
「自分の彼女がせっかくこんな恰好してるのに……我慢イクナイ」
「何を言い出すのかと思えば君は……」
 弓月くんは呆れたように頭を抱える。
 が、ふと何かに気づいたように顔を上げ、わたしに問うた。
「佐伯さん、実は自分がそうだったりしませんか?」
 一瞬の何のことかわからず、わたしはきょとんとしてしまう。でも、すぐに言葉の意味と、自分の中の"それ"に気がづいた。別に自分のそれを誤魔化して、ことの責任を弓月くんに押しつけるつもはなかったのだけど。
 彼に見抜かれてしまったのは、自分でも気づいていなかった気持ちの高揚。
 そして、微熱。
 わたしは思わず苦笑いする。
「そうかも。こんな格好してるうちにちょっとその気になってる。……久しぶりに、ダメ?」
 上目遣いにじっと目を見て聞いてみれば、彼はあきらめのため息を吐いた。
 そして、
「少しだけですよ?」
「やったぁ」
 喜び勇み、こういうときにはいつもそうするように、弓月くんの膝の上に向かい合わせに座った。
 しばらく見つめ合い、キス。
 勿論この後、いつもより濃いめのスキンシップをした。
 
 
 2013年9月12日公開

 


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