I'll have Sherbet!

 

 バレンタインSS Ver.2013 「君らしいです」と彼は笑った

 

「バレンタインかぁ」
 お京がため息混じりにつぶやく。
 そこに含まれるのは諦めの色。
 バレンタインディ当日に情報誌のバレンタイン特集を未練がましく眺めている辺り、本命チョコを渡す相手がいない無情を感じているのだろう。
「キリカはもちろん弓月さんよね?」
「まーね」
 それ以外の選択肢があるはずもない。
「わたしを食べてー! とかやらないの?」
「やるかっ」
 わたしは思わず両手で机を叩きながら腰を浮かせる。
「あんたはわたしを何だと思ってるんだ!?」
「えっと、コスチュームプレイの機会を虎視眈々と狙ってる女の子?」
「……」
 友達やめようかな……。ちょっと当たってる気がしないでもないけど。
 座り直し、ついでに気も取り直す。
「チョコをあげるのは確かなんだけど、今はあんまりバカなことやってる気分じゃないんだよね、弓月くんが」
「どうかしたの?」
「うん、まぁ、ちょっとね」
 弓月くんはクリスマス・イブにあった出来事を後悔というかたちで、間違いなくまだ引きずっていた。あれから2ヶ月以上が経ち、かなり立て直したようだけど、今でも時々もの思いに耽っている横顔を見る。
(わたしを食べてー!なんてやっても、いつも以上にあっさりあしらわれるだろうなぁ)
 空気読んでないっていうか。
 って――、
「あ……」
 ふと、思いつく。
 あ、そうか。そーゆーのもありか。
「どうしたの? 夏にプレイ目的で買った悩殺大胆水着が死蔵されてるのを思い出したとか?」
「違うわっ」
 そんなこと考えてないし、そっちは言われるまですっかり忘れてたわ。
「お京はっ、どうしてっ、いつもっ、そうやってっ!」
 とりあえずお京の首を締め上げ、前後に振っておいた。
 
「おっそいなぁ、弓月くん」
 本日の授業が終わって帰宅したわたしは、リビングでラッピングされたチョコを睨みならがつぶやく。
 弓月くんが帰ってこない。
 別に今までも遅くなったことはあるし、ちょっと遅くなるくらいなら連絡がないことだってある。第一、今だって心配したり文句を言ったりするほど遅くなっているわけじゃない。
 ただ、バレンタインの日くらい真っ直ぐ帰ってくると思ったのだ。
「あんまり遅いとチョコにチョップだー」
 うりゃー、と手刀を振り上げたところで、玄関のドアの開く音が聞こえた。間一髪無益な殺生は免れた。
 ドアに鍵をかける音とスリッパの足音が聞こえ、程なく弓月くんがリビングに入ってきた。
「ただいま帰りました」
「おっそーい。何やってたのー?」
「すみません。急に人と会う約束ができたもので」
 思いがけない返答。
「人と?」
「ええ。詳しいことは後で話しますよ」
「あ、うん……」
 なんだろう? 気になるけど、今日中にはおしえてくれそうな感じだし、それまで待っていよう。
「そう言えば、今日はバレンタインだったんですね。人からチョコをもらうまで、すっかり忘れていましたよ」
「……」
 おい、こら。つき合ってるカノジョの前で何を言い出すんだ。しかも、あまつさえ弓月くんは、今日もらったらしいチョコをバラバラと鞄から出してきた。彼の交友関係を思い浮かべると、くれそうな人が2、3人は思いつく。勿論、義理だろうし、実際チョコも義理っぽい。
 わたしはおもむろに立ち上がった。
「もちろん、わたしもちゃんと用意してるからね。ていうか、わたしがチョコです。わたしを食べてー!」
 両手を広げて突撃。
 が、
「何をするんですか、いきなり」
「あうっ」
 弓月くんの掌がわたしのおでこを打ち、あっさりと止められた。まぁ、予想通りというか、ある意味予定通りだけど。
「むー……」
 わたしが口を尖らせておでこを押さえていると、弓月くんはびっくりした表情から次第に肩を震わせて、噛み殺すようにして笑いはじめた。「なんとも、まぁ、君らしいです」と。
「みんなずいぶんと心配してくれてたようですね。僕の様子がずっとおかしいから」
 それからばつが悪そうにそう言う。
「中でも君がいちばん心配してくれてたのでしょうね」
「そりゃあわたしは弓月くんのカノジョだもの」
 でありながら、今までたいしたこともできず、ずっともどかしくあった。何も力になれず、これほど自分の力のなさを痛感したことはない。
「僕もいいかげんしっかりしないといけませんね」
 だから、弓月くんが少しでも元気を取り戻してくれたのなら、わたしも嬉しいと思う。
「そうだ、佐伯さん、今度出かけましょうか」
「え? もちろんいいけど、どこに?」
 唐突だった。デートだろうか。
 問い返すわたしに、弓月くんはこう答える。
「休業中のカフェです」
 と――。
 
 
 2013年2月14日公開

 


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