I'll have Sherbet!

 

クリスマスSS(ショートストーリィ)、或いは未執筆の#6のためのSS(サイドストーリィ)
 「さすがにそれは冗談でしょう」と彼は言った

 

「これでよし」
 わたしは部屋の姿見に自分を映し、そううなずいた。
 今着ているのは、この日のため、というか、クリスマスのために用意した赤と白のツートンカラーなミニワンピ。肩にはケープもついていて、うん、見事にサンタガールだ。
 ドア越しにリビングの様子を窺えば、何の番組かまではわからないけど、テレビの音が聞こえた。弓月くんはそこにいる模様。……よし。
 1、2の、3……。
 わたしは心の中でみっつ数えてから飛び出した。
「Santa's got a surprise for you!」
 両手を上げて全力メリークリスマス。
 が、
「……」
 彼は無言でわたしを見たまま、ずずっとマグカップのコーヒーをひと口すすった。
「……」
「・・…」
 おそるべし弓月恭嗣。心はチタン製か。
 こっちはこのワンピけっこう際どくて、両手を上げたら裾が上がって見えてるんじゃないかってちょっと心配してるというのに。というか、弓月くんの視線が下にいってすぐ上に戻った辺り、見えてるような気がないでもない。
「何をやってるんですかという質問は飛ばしましょう。……君、今日が何日か知ってますか?」
「うん、27日」
「覚えてはいたようですね」
 そう、今日は12月の27日だ。クリスマスはとっくに過ぎている。
「いーじゃない。24日も25日も、結局なにもできなかったんだから」
 わたしは弓月くんの向かいに座った。
「それについては僕の責任ですけどね」
 申し訳なさそうに言う弓月くん。
 確かに主に彼の事情でクリスマスは流れてしまったのだけど、別にそれを責めるつもりはない。ちょっと大変だったし。
「せめて雰囲気くらい楽しんでも、ばちはあたらないと思うけどなぁ。ケーキも買ってきたし」
 さすがにクリスマスのデコレートがされたケーキはなかったので、普通のやつだけど。
「まぁ、それもそうかもしれませんね」
「実はシャンパンもあります」
「待ちなさい」
 すかさず弓月くんから待ったの声が飛んでくる。
「未成年の飲酒は法律で禁止されてますよ」
「まーまー。こんな日くらい、ね」
 わたしはそう言って立ち上がったけど、弓月くんも積極的には止めようとしてこなかった。
 キッチンへ行って冷蔵庫からケーキを取り出し、隠しておいたシャンパンを引っ張り出す。グラスは、普段あまり使っていないこの縦長のやつでいいかな。たぶん夏に抹茶を飲むのに使って以来の久々の出番だ。
 それらをお盆に乗せてリビングに運ぶと、弓月くんがシャンパンを手に取った。開けてくれるらしい。けっこう飲む気だ。
「弓月くん、お酒は?」
 わたしはケーキをお皿に乗せる。
「さっき君にああ言っておいて何ですが、飲んだことありますよ。家で時々」
 あるのか。
「強い?」
「それなりに。でも、ゆーみのほうが強いですね。いくら飲んでもけろっとしています」
 ゆーみさんもか……。確かに彼女はそんな感じだ。というか、酔っても顔に出る気がしない。
 程なく、弓月くんがグラスにシャンパンを注いでくれて、用意が整った。
「乾杯」
「かんぱーい」
 Merry little Christmas! ……もう過ぎてるけど。
 わたしも弓月くんも、まずはひと口。
「これはなかなかですね」
「うん、美味しー」
 アルコール分が喉に熱かったりするけど、それがまた心地いい。
「因みに、シャンパンというのはフランスのシャンパーニュ地方の葡萄から作られたものだけを指すのであって、それ以外は単なるスパークリングワインですね」
 などど言って「さて、これは……」とラベルを見る。
「正真正銘シャンパンのようですね」
「うん。せっかくだからいいのを買ってきた」
 本当は弓月くんの言うシャンパンとスパークリングワインの違いなんて知らなくて、ほどほどに高いやつを買ってきただけなんだけど。
「だからというわけではありませんが、喉への当たりがやわらかくて飲みやすいですね」
「うん」
 ケーキも美味しいけど、ついついグラスのほうに手が伸びてしまう。おかげでケーキを食べ終わるころにはかなり気持ちよくなっていた。
「ねぇ、この部屋、暑くない?」
「それはアルコールのせいです。脱がないように」
 釘を刺されてしまった。
「君、飲みすぎなんですよ。僕の倍は飲んでるんじゃないですか?」
「そうかな?」
 そんなに飲んだつもりはないけど。
「じゃあ、そっち行っていい?」
「暑いと言っているのに人に近寄ってどうするんですか」
 まー、いいいじゃない。
 わたしは立ち上がってテーブルを回り込むと、彼の膝の上に腰を下ろした。
「君の『そっち』はここなんですか?」
 呆れたように言う弓月くん。
「うん。楽しい気分のときは楽しいことをしないと」
「それはいいですが……見えてますよ」
 彼がちらと下を見たので、わたしも視線を真下に向けた。
「……」
 弓月くんの足を跨いで正座をしたような格好なので、ワンピの裾が持ち上がって……うわ、確かに見えてる。裾を掴んで引っ張り下ろしてみるけど無駄だった。
「もういい」
「よくありませんよ。……君、酔ってますね」
「かもしれない」
 体が熱いし、やることも大胆だし、ちょっと回ってるかも。
 わたしは彼の首の後ろに手を回し、せいいっぱい艶っぽく微笑みながら顔を近づけた。お互いの鼻先がちょんと触れ、それを合図に唇を重ねた。
 熱くて、甘い。
 きっとシャンパンとケーキのせいだ。
「佐伯さん」
 唇が離れた後、熱っぽく見つめ合いながら弓月くんが言う。
「触れてもいいですか?」
「……うん」
 それがどういう意味かはすぐにわかった。弓月くんがそういう欲求を持っていることは知っていたから。それが前に出てきているのは、やっぱりアルコールの影響だろうか。強いといいつつも多少は酔うのだろう。
 そんなことを言ってきたのには驚いたけど、わたしは小さくうなずいた。
 彼の両手がわたしの胸に、ゆっくりと、丁寧に触れる。
「ん……」
 思わず体がびくっと振るえ、喉の奥から噛み殺したような声がもれた。
 直後、頭の中で何かが弾けて、気がついたらまた弓月くんにキスをしていた。
 今度は激しく。
 お互い競うようにして唇を奪い合う。
 間、彼の手は、かたちを確かめるみたいにわたしの胸をなぞっていた。すごいぞくぞくする。
「実は触ってもらいながらするのって、けっこう好きなの」
 唇を離し、勢いで大胆告白。
「そうですか」と弓月くんは小さく笑った。
「ところで――この服、脱げます?」
「・・…はにゃ?」
 えっと……何?
 いや、これはさすがに予想していなかった。
「や、こ、これ、肩にケープがついてるから、けっこう面倒だったり……」
「それは残念です」
 って、するっと脱げたらどうするつもりだったんだ!? ダイレクトアタックか!?
 と、そこでハタと気づいた。
 もしかして弓月くん……酔ってる?
 うん、確実に酔ってる。いったいどこがそれなりに強いだろう。からっきし弱いじゃない。顔に出ないのは兄妹そろっての特徴なのかもしれないけど。
「仕方ないですね」
「ひゃっ」
 弓月くんはいきなりわたしに抱きつき、胸に顔をうずめてきて……。
「……」
「寝たー!?」
 ここまでやっといて寝た!? 寝るか、フツー!?
 わたしは思わず弓月くんの肩を掴んでその体を突き飛ばしたが、座イスの背もたれに倒れ込んだだけで、それでも起きる気配はなかった。しっかり寝ている。
「んもぅ」
 腹立ちまぎれに自分の体を揺すったが、これも無駄。
 もうそのまま風邪をひけ――と思ったけど、それもかわいそうなので後で部屋から毛布を持ってこよう。
 
 翌日の朝。
 わたしが朝食の準備をしていると、珍しく弓月くんが自分から起きてきた。まぁ、起こさなくても勝手に起きるのだろうけど。
「……おはようございます」
 振り返れば、なんだかばつの悪そうな顔の彼。
「すみません。昨日半分寝たような状態で風呂に入って、そのままベッドに入ったのは朧げながら覚えているのですが、その前の記憶がないんですよ」
「……」
 ないのか!? まぁ、あれじゃ無理もないか。
「僕、何かしました? 特に佐伯さんに」
「んー」
 わたしは少し間を持たせてから。
「したよー。いろいろ。……聞きたい?」
「……参考までにおしえてもらえますか」
「胸をきゅってしながらキスした後、服を脱がせようとして、最後にはわたしの胸に顔からダイビング」
 こうやって改めて並べ立てると、なんだかすごい。
「……」
「……」
 思わず無言になる弓月くんと、その反応を眺めるわたし。
「わかりました」
 ようやく弓月くんが言葉を絞り出した。
「さすがにそれは冗談でしょう」
「……」
 ぜんぶ事実だ、ばかちん。
「酔ってつぶれた僕も悪いですが、そんな人間相手にそういう冗談はよくないですね。……さて、先に顔を洗ってきますよ。どうにも頭が重いですから」
 そうして弓月くんはリビングを出て、洗面所のほうへ行ってしまう。わたしはその背中を見送り、ため息をひとつ。
 本気でそう思っているのか、単に冗談と思いたいだけなのか知らないけれど、どちらにしてもぜんぜんわかってない。というか、いちばんわかっていないのは自分自身のことなんじゃないかなと思う。
 このままだと卒業するまでにとってもらうべき責任がどれだけ積み上がることやら。
 知ーらないっと。
 
 
 2010年12月26日公開

 


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