I'll have Sherbet!

 

 昼間、弓月くんと近くの大学の学園祭を見にいって――帰ってからというもの、わたしはずっとベッドの上で何度も寝返りを打っていた。
 落ち着かない。
 心の中がざわつく。
 理由はわかっていた。
 帰り道、弓月くんとあんなことがあったからだ。
 彼はわたしを好きだと言い、誰にも渡したくないと言って、キスをした。
 窒息しそうなほどのキス。
 あんなに激しい彼は初めてだった。
 そして、今のわたしは、それでもまた足りないと思っている。
 もっと彼に触れられたい。
 もっと満たされたい。
 さっきからずっとそう思っていた。あのときの熱がまた体の中に残っている。
「……」
 こうしていても埒は明かないので、一度部屋を出ることにした。
 体を起こし、ベッドから降りる。何となくリビングの様子を窺うようにして、ドアをそろりと開ける――と、そこには弓月くんがいた。自分の座イスに座り、コーヒーをおともに読書の最中。テレビも点いていた。
 弓月くんもすぐにわたしに気づく。
「何をしてるんですか、こそこそと」
「あ、うん、ちょっと……」
 見つかってしまったわたしは体を滑らせるようにして部屋を出た。
 弓月くんはなんだか普通だった。わたしは部屋で悶々としていたというのに、この普通さは何なのだろう。不公平さにむっときた。
「立ってないで座ったらどうです? コーヒーでも入れましょうか?」
「ううん。コーヒーは、別にいい」
「そうですか。佐伯さん、さっきから変ですよ」
 そう言って弓月くんは小さく笑う。
 帰り道での自分を棚に上げて、そんなことを言うか。いよいよ本格的に腹が立ってきた。さっきまでいろいろ考えていたけど、それも馬鹿らしくなった。
「あ、あのさ、弓月くん。夕方の続き、しない?」
 直球勝負。
 弓月くんは、ぐふっ、と一瞬喉を詰まらせる。
「……しません」
「えー、どうしてー?」
 わたしは弓月くんの横にぺたりと座る。ナマ足にショートパンツなので、フローリングの床が冷たい。
 弓月くんはちらりとこちらを見たけど、すぐに本に視線を落とした。警戒感いっぱいだ。
「どうしても何も、続きなんてないからです」
 きっぱりと言う。
「あれだけじゃなくて、他にもいろいろあると思うなー」
「残念ながら、僕はとんと知りませんね」
「むぅ」
 わたしは口のへの字に曲げる。
「……わかった。弓月くん、わたしのこと好きじゃないんだ」
「何を莫迦なことを言ってるんですか」
 呆れ口調の彼。まともに取り合う気のないのか、相変わらず本を見たままだ。
「だってそうじゃない。カノジョがこんなふうに言ってるのに、ぜんっぜん見向きもしないんだもん。そう思って当然でしょ」
「いいかげんにしてください。僕がいつそんな……んんっ」
 弓月くんが顔をこちらに向けた瞬間、わたしを身を乗り出し、キスをした。
 彼が驚いて固まっているのをいいことに、できるだけ長く唇を重ね――離れる。
「ごめん、嘘。ほんとはそんなこと思ってないから」
「……」
「でもね、もっと満たされたいっていうのは本当。弓月くんともっと触れ合いたいの」
 彼は少し困ったような顔をしてから、
「仕方ないですね。きっと僕にも原因があるのでしょうし」
「弓月くん大好き!」
 わたしはいつものように彼の膝の上に乗った。すっかりお馴染みの体勢だ。
 まずはキスから。
 唇を重ねるだけのキスから、次第にお互いを求め合うようになる。
「ん……。ちょっと待って」
 激しくなる前に一度離れる。
 そこでわたしは着ていた薄手の長袖パーカーを脱いで、タンクトップだけになる。
「どうして脱ぐんですか」
 体のラインがはっきりと浮き出たタンクトップ姿に、弓月くんは目にやり場に困ったように慌てる。
 どうして? だってこのほうは弓月くんを感じられるから。
「ね、わたしに触れてくれる?」
「……」
 少しの逡巡の後、彼はわたしの胸のふくらみに手を乗せた。
 彼は乱暴なことはしない。まるでかたちを確かめるように、丁寧に撫ぜてくる。でも、逆にそれが焦らされてるようで、じれったくもあった。
 そうしてもらいながらキスをすると、頭が蕩けそうになる。
 まだこんなことは数えるほどしかしていないけど、わたしはこの感じが病みつきになっているみたいだ。
 でも――今日は、まだ足りない。
「知ってる? わたし、家じゃあまりブラはしてないんだよ?」
 ちょっとふざけてタンクトップの上からグラビアアイドルよろしく手ブラのポーズをしてみる。
「まぁ、そのようですね」
 弓月くんは遠慮がちにそう答えた。
 やっぱり気づいていたか。動きがフリーダムだったり、かたちとか微妙な凹凸とかでわかったのだろうか。
「だからね、今日は直接触れてほしいの」
「い、いや、さすがにそれは……」
 わたしの大胆なお願いに、弓月くんは戸惑いを隠せない。
「ダメ?」
「ダメに決まってるでしょう」
「でも、わたし、弓月くんに触れられたい。触れてほしいの」
 わたしは弓月くんの目を真っ直ぐに見つめる。
 これはいつもの彼を困らせるための冗談ではない。本気だった。
「……」
「……」
「……いいんですね?」
「……うん。いいよ」
 わたしがうなずくと、彼はタンクトップの裾に触れた。少し迷い――指先からその中へと滑り込んでいく。
「んん……」
 きっとよけいなところに触れないように注意しているのかもしれないけど、でも、時々指先が肌に触れて、まるでそれがフェザータッチの愛撫のようだった。ぞくぞくする。
 やがて彼の掌がわたしの胸のふくらみを包み込んだ。
「手、動かしてみて」
「わかりました」
 おそるおそる、壊れものを扱うように、彼は手を動かす。
 気持ちいいとか、そういうのはまだなかった。ただ、服の下でわたしの胸が弄ばれているという背徳感と、彼に触れられているという幸福感があった。思わずため息がもれた。
「んっ」
 突然、痺れたような感じがあって、わたしは奥歯を噛みしめる。遅れて彼の指が胸の先に触れたのだとわかった。
 彼が困ったように手を止める。
「そこも、触ってみて」
 再び彼が手を動かし――きゅっ、とそこを指でつまんだ。
「あっ!」
 瞬間、わたしの口から思わず声がもれる。
「だ、大丈夫ですか……?」
「う、うん。ちょっと驚いただけ」
 まさかこんなに"くる"ものだと思わなかった。すごく敏感になってる。
「大丈夫だから、続けて」
「じゃあ、もう少し優しくします」
 改めて行為が再開される。
 確かに今度は優しかった。でも、まるでわざとわたしが耐えられるギリギリのラインを責めているみたいだった。
「あっ……やっ……」
 しかも、彼は次々と弄び方を変えてくる。つまんで、転がして、弾いて。そうかと思ったら、逆にそこだけを避けたり。おかげでわたしは、それに慣れないうちに新しい感覚に襲われる。
 キスなんてしてる余裕はなかった。
「あ、あ、ああっ!」
 気がつけばわたしは彼の首にしがみついていた。
 いつまでそうされていたのだろう。すごく長い間かもしれないし、実はほんの少しの間かもしれない。でも、わたしにはとても長くに思えたし、いつまでも続くんじゃないかと思った。危うく「もう許して」と口走りかけたとき、ようやく彼の手が止まった。タンクトップの中からゆっくりと抜けていく。
 わたしは荒くなっていた息を整えてから、彼の首から離れた。
 彼と見つめ合い――きっとそのときのわたしの目には涙で潤んでいたことだろう。今日何度目かのキスはライトな口づけ。
 やがてわたしに中の熱が冷めていき、唇を離した瞬間、気だるげなため息がもれた。
「すごく意地悪をされた気分」
 少し怒ったように言ってみる。
「君が望んだことでしょう」
「もぅ」
 弓月くんはベッドの上では性格が変わるタイプかもしれない。
 気がつけばわたしは彼の肩に頭を乗せて、くすくすと笑い出していた。
「どうしたんですか?」
「なんだか幸せだと思って」
 それからもしばらくわたしは、幸せで可笑しくて、笑いが止まらなかった。
 
 
 2012年9月9日公開

 


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