Fatal Game
 
 消えた女子高生!――
 
 テレビの画面にはそんな文字が躍っていた。
 籠之目奏介【かごのめ・そうすけ】は部活の帰り、学校近くの商店街のラーメン屋でテレビを見ていて、それを目にした。
 
『俺がよ、トラックで通りかかったら女の子が血まみれで倒れてたんだ。慌てたね〜。声かけても返事しねぇんだもん。もしかしてひき逃げにでも遭ったのかと思ったよ。たまたまケータイの電池が切れててよ、公衆電話、ほら、そこのやつ。そこから救急車と警察に電話したんだ。でよ、戻ってきたら女の子が消えてやんの』
 
 以上が目撃者のトラック運転手の弁。
 要するに、道路脇で倒れていた女子高生が目を離した隙にいなくなったという話らしい。確かに現場には血痕らしきものが残っていて、まるきり嘘というわけではないようだ。
「けっこう近いな。だけど、夕方のニュースでやるような話じゃねぇよな」
 奏介は感想を述べる。
「んだんだ。どっちかってーと昼のワイドショー向きだな」
 一緒にラーメンをすすっていた部活の仲間が相づちを打つ。
「でも、次のはそうでもないみたいだぜ?」
「ん?」
 見れば今度は『連続通り魔事件』なる物騒な文字が映し出されていた。
「こっちも近いな、おい」
 どうやらこの付近で通り魔事件が続いているらしい。幸いまだ死亡事件には至っていないが、刃もので切りつけられるなど、浅からぬ怪我を負わされているようだ。ニュースの中でもこのままエスカレートすることが心配されていた。
「おっとろしい話だのう……」
「だな」
「俺たちもとっとと帰るか。……おじさん、ごちそうさん」
 そうして奏介たちは店を出た。
 外は真っ暗だった。部活が終わった時点でとうに日が暮れていたのだから当然だろう。もうすっかり夜と言っていいほどの時間だ。
「んじゃな、カゴメ。通り魔には気をつけろよ」
 友人とは店を出た時点で帰る方向が逆なので、ここでわかれることになる。
「は。そんなもの返り討ちにしてやるよ」
「おーおー。空手の有段者は言うことが違うね。……剣道もだっけ?」
「おう。あと、合気道と書道な」
「最後のは役に立ちそうにないな」
「わかってるよ。言ってみただけ」
 それでも奏介は、格闘技だけを合わせても十五段にはなる。
「じゃあな。また明日」
「ほいよ。お疲れさん。……まさかこれがカゴメとの最後の会話になるとは、このときの私は思いもしなかったのです」
「不吉なこと言うなっ。俺は野望だけはでかいんだ。そう簡単に死ぬかよ」
「ほう。と言いますと?」
「とりあえず女の子とデートしたいな」
「小さっ」
「うるせぇ。人のことばかり心配してるけどな、通り魔に遭う確率なら一緒だろうがよ」
「そりゃそうだ。お互いせいぜい気をつけようぜ」
「おう。じゃあな。今度こそ帰るよ」
 そう言ってようやくふたりは別々の方向に向かって歩き出した。
 十分も歩くと周りの景色は商店街から住宅街に変わっていた。ここまでくると駅からも遠く、一気に人通りが少なくなる。たまに思い出したように人とすれ違う程度だ。
 別段これを不気味とは思わない。
 毎日遅くまで部活があり、今日のように寄り道をすればこれくらいの時間になる。もうこれも慣れた風景だ。
 暗い夜道を、奏介は街灯から街灯へ渡るように歩いた。
 また人とすれ違う。丁度街灯の明かりも届かないところで、相手の顔までは見えないが、きっと勤め帰りのサラリーマンなのだろう。
(俺もいつかはああなるんだろうな)
 そんなことを思いながらすれ違った。
 瞬間。
 どん、と背中を殴られた――気がした。
 痛いとは思わなかった。むしろ熱いと感じた。まるで熱した何かを突き込まれたような灼熱感。
 ず……っ――
 不快な感覚とともに、今度は突き込まれた何かを抜かれた。
 身体から力が抜け、奏介はその場に崩れるように倒れた。
(さ、刺された、の、か……?)
 遠ざかっていく足音が聞こえた。
(じゃあ、あれが……)
 噂の通り魔。
 奏介はようやく理解した。
 何が返り討ちにしてやるだ。手も足も出ないどころか、やられてから気がついてるじゃねぇか。
 今もし奏介が声を出すことができたなら、自嘲したに違いない。
 しかし、もう声も出せなければ、意識すらも遠のきかけている。視界には夜の闇以上の暗闇が覆い、何も見えない。
(このまま死ぬのか……)
 奏介は漠然と思う。
 と、不意に人の気配を感じた。
『死んだようじゃな』
『そのようだな』
 好々爺といった感じの老人の声と、もっと若いが粗野な印象の声。
 死んだ? ちょっと待てよ。死んでねぇよ。のんびりしてないで早く助けてくれよ。
『通り魔なんぞに遭うとは、ついとらん奴じゃな。まあ、よいわ。では、この少年は儂の“駒”とさせてもらおうかの』
“駒”? “駒”って何だよ?
『何がツイてないだ。よく言うぜ。爺さんがさっきの男を使って殺させたんだろうが』
『通り魔は最初からこの辺におったぞ?』
『殺させたことは否定しないんだな。いい“駒”を集めるためなら、何でもやりやがる』
『ほっほっほ』
 …………。
『で、爺さん。これでいくつ揃った?』
『さての。そんなことは教えられんわい。“ゲーム”はもうはじまっておるのじゃからな』
『ま、いいさ。そろそろぶつかるだろうしな。どんな“駒”をそろえたか楽しみにしてるぜ』
 ……………………。
 ………………。
 …………。
 ……。
 朝。
 籠之目奏介は自室のベッドで目を覚ました。
 いつもと同じ朝だった。
「あー。すっげ変な夢見た……」
 身体を起こし、疲れた声でつぶやく。
 この疲労はわけのわからない夢のせいか、それとも連日の部活のせいか。昨日の記憶があやふやな辺り部活の方かもしれない。昨日も学校から帰ってきて、いつ寝たかも覚えていない。
 部屋の時計を見てみる。時間は7時半を回ったところ。いつもより遅い。急がないと遅刻しそうだ。
 次に枕元においてあった携帯電話に手を伸ばす。時間がないわりにこういう動作を挟んでしまうのは、いつもの癖だからだ。
 と――、
「あれ? なんだ、これ?」
 奏介は思わず声を上げた。
 ディスプレイを見るとメールの着信を示していた。だが、それを開けてみれば、発信者の名前もアドレスも不明なら、着信した時間すらも表示されていないという、あまりにも不可解すぎるメールだった。
 奏介は迷惑メールの多さに辟易して、常に指定受信にしている。このようなメールが届くはずがないのだが……
 気味の悪いものを感じながらも本文を読んでみる。
 
 “ゲーム”ははじまった――
 生き返りたかったら戦え 戦って勝つことだ――
 
「…………」
 ディスプレイを見て、奏介はしばしの間、固まった。
“ゲーム”?
 戦う? 生き返りたかったら?
 いったい何のことだ? 奇妙なメールは、中身も奇妙だった。ユーモアの欠片も感じない。むしろ電波系だ。
 だが――、
(通り魔に殺された俺……“ゲーム”……“駒”……)
 だが、それは昨日見た夢とあまりにも符合するところが多い。
「は、はは……。な、何の冗談だよ……」
 笑い飛ばそうとしたが、奏介の声は震えていた。
 すぐにそのメールを削除し、見たくないものを隠すように携帯電話を閉じた。
 追われるように登校する準備をはじめる。
 日常に紛れ込んでしまえば、突然降りかかってきた不可解すぎる非日常から逃げおおせるような気がしたのだ。
 
「生徒手帳、見せて」
 結局、奏介はチャイムが鳴り終わるまでに学校に辿り着くことができず、閉ざされた校門の前で風紀委員に生徒手帳の提示を要求された。
 今、奏介の前に立っているのは嵐灯子【あらし・とうこ】という名の女子生徒だ。
 彼女は一部では有名な生徒だった。整った容姿に、嵐の名とは対照的に物静かな態度。だが、それはどちらかというと嵐の前の静けさのようで、彼女に睨まれただけで緊張を強いられる。それが風紀委員をやっているのだから、“鉄の女”や“冷血女”などと称されてしまうのも無理からぬことだろう。
 因みに、所属クラブはアーチェリー部。今は奏介と同じく二年で、次期部長と専らの噂だ。
「……ほい」
 走ったわりには間に合わず、努力が報われなかったことに少々不貞腐れながら、奏介は言われた通り生徒手帳を出した。
 灯子はそれを受け取ると、じっと奏介の顔を見つめてきた。
「な、何だよ……」
 大方の生徒と同じく、奏介も彼女の視線にたじろぐ。
「別に」
 だが、灯子はひと言そう言っただけで、視線を生徒手帳に落とした。
「籠之目君。前の遅刻は先月の5日」
「……いちいち覚えてんのかよ、そんなこと」
「月一のペースは常習犯というほどではないけど、決して少ない方でもないわね」
 ちくりと言ってから、手に持った用紙に学年とクラス、名前を記録する。その手続きが終わってから、ようやく生徒手帳が返された。
「はい。通っていいわ。二度と遅刻しないように」
「いちおー努力はする」
 そんな奏介の返事に対し、特に灯子の反応はなかった。信用していなさそうな顔を見れば、返事を聞くまでもないのだろうが。
 奏介は生徒手帳を受け取り、教室に向かった。
 
 昼休み――、
「おーい。カゴメ。お客さーん」
「あいよー」
 クラスメイトに呼ばれた。別のクラスから奏介を訪ねて誰か来たらしい。友人と駄弁っていたところを中断し、ドアの方へと向かった。
「お前さん、いったい何やらかしたんだよ?」
 途中、奏介を呼んだクラスメイトがすれ違い様に言った。口元が嫌らしくにやけている。
「何のことだよ」
「まあ、行ってみりゃわかるって」
 結局、何も言わないまま離れていった。
 奏介は首を傾げながら廊下を出て、
「げ」
 と、小さくうめいた。
「あ、嵐……」
 そこに立っていた訪問者は、嵐灯子だった。
「悪いけど、少しつき合って」
 さっそく用件を言うと、灯子はくるりと背を向け、歩き出した。ついてこいと言っているのだろう。しかし、それ以前に相手の返事を聞くべきではないのだろうか。
「お、おい。ちょっと待……ああっ、もう!」
 だが、灯子は立ち止まらない。
 奏介は灯子のあまりの身勝手さに苛々したように頭を掻いた後、仕方なく後をついていくことにした。
 
 奏介が灯子に連行されて辿り着いたのは、校舎に平行して建てられた細長い建物――アーチェリーの室内練習場だった。
 奏介は、何度か扉が開いているときに覗き込んだことはあるが、実際にここに入るのは初めてだった。
「そこで待ってて」
 灯子は入り口を閉めると、今度は奥に向かっていった。
 ここまでくる間にひと言の会話もなかった。いったい何の用があって、どこに行くか、まったく聞かされなかった。
(辿り着いたのはアーチェリーの練習場。さて、“鉄の女”、嵐灯子が俺に何の用なのやら)
 初めて見る練習場の中を見回しながら思う。
 と――、
「籠之目君」
 呼ばれた。
 見ると最奥で灯子がリカーブボウを構えていた。矢は番えていないようだ。
「おいおい。遊んでないで、いい加減――」
 言いかけたとき、灯子の弓の、本来、矢があるはずの部分が光った。
 直後、弦から手が離される。
「うお……っ」
 光が一直線に奏介を襲う。
 奏介は辛うじてそれを横っ飛びで避けた。光は一瞬前まで彼がいた場所を通過して、その後ろの壁に突き刺さった。
 それはまさしく光の矢だった。
 驚愕に満ちた目で刺さった矢を見る奏介。その目の前で、矢は溶けるように霧散した。
「嵐! お前、何てことしやがるっ。つーか、何でこんなことしやがる!?」
「籠之目君。私と戦いなさい」
「な……っ」
 戦う。
 その単語は、今朝の謎のメールを思い出させた。
「生き残りたかったら……いえ、生き返りたかったら、私と戦いなさい」
 灯子が再び弦を引く。そこに矢はない。だが、すぐに先ほどと同じ光の矢が現れた。
 再び放たれる。
「ちっ」
 またも横っ飛びでそれを避ける奏介。
「生き返りたかったらだって!? 嵐、お前、何か知ってるのか!?」
「ええ、貴方よりは多く情報を持っているわ。知りたかったら私を倒すことね」
「俺はお前と戦いたくなんかない!」
 奏介の口から自然と言葉がついて出た。
「戦いたくない……その感覚は大事だわ。では、これならどう? 貴方は私の矢をかわし、ここまで辿り着く。そして、一本取ったら勝ち。それで私の知っていることをぜんぶ教えてあげるわ」
「でも、それは……」
「なら、このまま何も知らないまま“ゲーム”に巻き込まれ、死を確定する?」
「…………」
「いちおうその扉を開けて、ここから逃げ出すという手もあるわね。でも、それでも“駒”である宿命からは逃げられない。いずれは戦いに巻き込まれるわ」
 ゲーム。
 駒。
 灯子の口から気になる単語が次々と紡ぎ出される。やはり灯子は何かを知っているようだ。
 奏介は覚悟を決めた。
「わかった。そっちに行けばいいんだな?」
「ええ」
 嵐灯子は不敵に薄く笑った。
「よし……」
 心を決めた奏介は一気に駆け出した。
 その奏介を狙って矢が撃ち出される。
 さすがに三度目ともなれば矢の速さにも目が慣れてくる。奏介は地を蹴り、横にステップして矢を避けた。
「甘いわね」
 だが、そこに次の矢が襲ってきた。
「く……っ」
 連射できると思っていなかった奏介は、まるで這い蹲るようにして床に逃れた。まったく次の動きのことを考えていない、惨めな避けっぷり。ここに三撃目がくれば確実に喰らう。
 だが、いつまで待っても次の矢が飛んでくることはなかった。
 灯子は弓を構えてはいるが、じっと奏介を見つめたままだった。いつでも射抜けると思って、遊んでいるのだろうか。
 奏介はのろのろと起き上がった。
「自分だけ武器を持っているのはズルいって顔ね」
「いや……」
「簡単よ。なら、貴方も武器を持てばいい。貴方も“駒”なんだからできるはず」
「俺も嵐みたいなことができると?」
「さあ?」
 灯子の返事はあっさりしたものだった。
「私はたまたま矢だっただけ。貴方はもっと別のものかもしれない。馴染み深いものをイメージしてみたら?」
「馴染みのあるもの……」
 そうつぶやき、考えてみる。
 自然、奏介は蹲踞の姿勢をとっていた。
 左の拳を腰に当てて、帯刀。
 その拳に右の拳を重ねて、ゆっくりと引き抜く。抜刀。
 果たしてそこに光る刃が現れていた。灯子が光の矢なら、奏介は光の刃といったところか。
「そう。それがあなたの武器」
「らしいな。これでも剣道の有段者なんだ」
 馴染み深い武器といったらこれが真っ先に思い浮かんだのだ。
 片手で軽く振ってみる。どうも重さがないようでしっくりとこないが、ないよりはましなのかもしれない。
「じゃあ、再開しましょうか」
「ああ。……いくぜっ」
 再び勢いよく駆け出す。
 が――、
「なにっ!?」
 今度の矢は先ほどまでとは比べものにならないほどの速さだった。気がついたときには奏介の目の前にあった。
 それを間一髪、横様に倒れ込んで避ける。
 しかし、さらなる追撃が奏介を襲う。
 腹這いになった奏介目掛けて立て続けに矢が放たれた。
 転がりながら逃げる奏介を追うように矢が床に突き刺さった。三射。そこで追撃は止んだ。しかし、おかげで詰めた距離もずいぶんと圧し戻されたようだ。
「ちっ。せっかくの武器もこの距離じゃ何の役にも立たねぇじゃねぇか」
「だったらどうだと言うの?」
 灯子が問う。
「剣では弓に勝てませんので条件を変えてくださいって相手にお願いする?」
 そこにはあからさまな嘲りがあった。
 さすがにこれをさらりと聞き流せるほど、奏介は人間ができていない。闘争本能に火がつく。
「嵐。てめぇ、いい加減にしろよ。今すぐそこまで行ってやる。そしたら知ってること、洗い浚い喋ってもらうからな!」
 三度、奏介は地を蹴った。
 公称、剣道三段。しかし、実際にはもっと実践的な、剣術と呼ばれる類のものを奏介は身につけている。今なら矢くらい刃で弾く自信があった。
 だが、灯子の射は、またしても奏介の予想の上をいった。
 一射三矢。
 一度の射で、三本の矢を放ってきたのだ。
(俺は何も知らないまま、ここで死ぬつもりはない!)
 例え予想外でも奏介はそれを避けなかった。トップスピードに乗った今、このまま一気に走り抜けてしまう気でいた。
「つあっ!」
 裂帛の気合いとともに、光の刃が文字通り閃いた。
 剣閃が三本の矢をまとめて弾き飛ばす。
(いける……!)
 確信した。
 灯子が再び弦を引く。
 が、わずかに奏介の方が速かった。
「おおおぉっ!」
 そのままの勢いで灯子に飛び掛った。
 倒れ込むふたり。
 しかし、そこで勝負はついた。奏介が灯子の首を押さえつけるかたちで組み伏せていたのだ。
「俺の勝ちだな」
「いいえ。いいところ相討ちね」
 灯子の拳が奏介の腹に押し当てられていた。
「私がこの手に矢を握っていたら?」
「…………」
「いいわ。一本取ったのは確かだから。約束通り知ってること全部、教えてあげる」
 それでも一応、奏介は勝ったらしい。
 
「籠之目君。貴方、一度死んでるわね」
 灯子はいきなりそう切り出した。
「は。何を言ってやがる。俺はこうして――」
「本当にそう言い切れる? 心当たりがあるんじゃない?」
「…………」
 灯子に言葉を遮られて、奏介はそのまま黙り込んだ。
 やがて――、
「……夢を見た。通り魔に殺される夢だ」
 隠しごとを白状するように、ぽつりと零した。
「そう。やっぱりね。悪いけど、それ、夢じゃないわ。籠之目君、貴方は一度死んで“駒”になったのよ」
「ちょっと待てよ。“駒”って何だよっ」
「“駒”は“駒”よ」
 灯子はさも当然のように返した。
「一度死に、仮初めの命を与えられたのが“駒”。役目は他の“駒”と戦うこと。それが“ゲーム”」
「じゃあ、何か。俺たちを将棋やチェスの駒みたいにして遊んでる奴がいるってことか!?」
「ええ、いるわね。“プレイヤ”が」
「“プレイヤ”……」
 奏介は思い出す。昨晩、殺された直後に聞いた声を。老人と粗野な若者の声。あれが“プレイヤ”だったのか。
「ということは、嵐、お前も死んだのか?」
 “駒”が死んだものの中から選ばれるというのなら、嵐灯子もまた一度死んでいるということになる。
「5日ほど前に。昨日ニュースで流れてたわ」
「あ……」
 消えた女子高生!
「血だらけで倒れてたのってお前だったのか」
「はずれ。私が死んだのは、あのトラックに轢かれたせい」
「…………」
 不思議体験を語っていたあのトラックの運転手は、実は人身事故を引き起こした張本人だったらしい。尤も、警察や救急に電話しようとした辺り、轢き逃げをする意図はなかったのだろうが。
「どうする? “プレイヤ”の言葉を信じれば、勝者は生き返ることができるみたいだけど」
「らしいな」
 今朝の“プレイヤ”からのメール――
 
『生き返りたかったら戦え』
 
「死人に命を餌にちらつかせて戦わせる。やり方が陰険だな」
「でも、効果的だわ。それを考えれば、戦わないという選択肢もただ死を確定するものでしかない」
「負ければ死。逃げ回っていても死。だったらやるしかないだろうよ」
 奏介は吐き捨てるように言った。
「決まりね」
「ああ。……って、まさか今すぐ戦えってんじゃないだろうな」
“駒”の役目は他の“駒”と戦うこと。そして、すぐ目の前にいる灯子もまた“駒”である。
「いいえ。私と貴方は仲間よ」
 だが、灯子は意外な言葉を口にした。
「確証はない。でも、私は籠之目君を見て自分と同じ“駒”だと思ったし、戦う理由はないとも思った。だから、たぶん同じ陣営に属する仲間」
「いきなりここにきて直感なんだな」
 だが、確かに奏介も灯子とは戦いたくないと思った。
 そして――、
 
『爺さん。これでいくつ揃った?』
 
 あの言葉から“ゲーム”が団体戦であることが推測される。
「だったら、何で俺と戦ったんだ?」
「貴方、“ゲーム”のことも戦い方も、何も知らないようだったから。何人いるかわからない仲間にすぐ脱落されても困るの」
「なるほど……」
 思い返してみれば、確かに一連のことはそういう意図のもとに構成されていたようにも見える。
「死なねぇよ。俺は野望だけはでかいんだ。まだまだやりたいこともある。必ず勝って生き返ってみせるさ」
 奏介は力強く言い切った。
 この瞬間、奏介の野望が決まった。そう、“プレイヤ”に辿り着くことだ。
 いったいどんな運命の悪戯か、死に至りながら奏介は“プレイヤ”の話を聞いている。
 そして、知った。
 奏介は“駒”になるために殺されたのだと。
 これを許すわけにはいかない。
(俺が生き返るだけで満足すると思うなよ……)
 必ず“プレイヤ”の正体を暴いてみせる。
 相手は死人に仮初めの命を吹き込み、生き返らせることすらしてのける連中。はっきり言って人知を超えた存在だ。どうこうできるとは思えない。
 だが、それでも――と、奏介は拳を固める。
 これからはじまるのは奏介の、文字通り命を懸けた“ゲーム”だった――
 
 2007年1月10日公開
 
 
 
あとがき
 
はじまりません
 
 
 
何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。
 
 

 

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