feel so special? バレンタインSS
 
 2月13日、
 その日は後期試験の最終日で、俺はふたつの試験を終えて帰るところだった。
 大学の試験はシビアなもので、講義によっては出席など関係なく、このテストの点数だけで単位がもらえるかどうかが決まってしまう。
 そんなシステムだけでも憂鬱なのに、テストの出来が悪かったとなれば尚更だ。
 俺は重い足取りで校門を出た。
「……久生」
 と、背後から超ぶっきらぼうな声。
 振り返るとそこには、美人だけど不機嫌顔で台無しにしているような、それでもやっぱり美人だけど、性格のせいで結局はチャラ、の吟子さんがいた。
「うぃっす。吟子さん、お疲れっす」
「……ん」
 短く応えると、我がSF研究会の最上級生である吟子さんは、俺の横に並んだ。ふたりして駅へと足を向ける。
「……」
「……」
 でも、無言。
 何か用があるから声をかけてきたんじゃなかろうか。ずっとこのままだと普通に拷問なのだが。
「えっと、何か言――」
「明日、」
 発音が重なった。
「……何?」
「いえ。吟子さん、どうぞ」
 掌を差し出し、先を促した。
「明日、例のイベントスペースで握手会やってチョコを配るの」
「誰が?」
「あたし」
「吟子さんが?」
「……じゃなくて、Hibikiが」
「ああ」
 と、俺は思い出す。
 この超ぶっきらぼうな吟子さんが、あの売り出し中のアイドル、Hibikiちゃんなんだったな。……思い出したら悲しくなってきた。
「そうですか」
「……なんか興味なさそうな反応」
「いや、単に初耳だっただけで……」
「アンタ、Hibikiのファンじゃなかったの?」
 隣から突き刺さるような視線が飛んできた。今、吟子さんがどんな表情をしているか、だいたい想像がつくな。絶対横は見ねぇ。
「あの日、俺の中でHibikiちゃんは死に……おごっ」
 そして、炸裂するボディブロー。
 しかも吟子さん、体を半回転させたものだからパワー倍増。拳が腹に埋まっている。俺の体がくの字の折れた。
「ふ、普段、吟子さんと会ってるから、最近はHibikiちゃんの情報、集めてなかったんです……」
「……ふうん」
 納得してくれたんだかしてくれてないんだか、さっぱりわからない返事だった。
「……久生、ちゃんと立って歩く」
「もう少しこのままでプリーズ」
 さっき喰らったボディブローがまだ効いてるので。あと、涙目なのも見逃してください。
「……」
「……」
 そして、またも無言の行軍。
 程なく駅が見えてきて、俺の痛みも和らいできた頃、吟子さんが口を開いた。
「……久生、くる?」
「どこへ?」
「だから、イベント」
 ああ、Hibikiちゃんのバレンタイン握手会か。
「正直、俺が行って吟子さんと握手しても、またビミョーな気分になるだけだと思うんですよ」
 Hibikiちゃんの顔で笑顔を振りまいて、目だけが吟子さんで笑ってないとか、マジ勘弁。怖すぎるから。
 こんなことを言ったら、またボディブローが飛んでくるかと思ったが、
「あたしもそう思う」
 意外や意外、吟子さんも同意してくれた。まぁ、ビミョーな気分を味わったのは一緒だろうしな。
「……だから、はい。アンタにあげるわ」
 と、普段よりもいっそうぶっきらぼうな声とともに差し出してきたのは、ひと目でそれとわかるバレンタインチョコだった。
「これ、明日のイベントで配るやつ」
「持ってきたんですか?」
「……じゃないけど、それによく似たやつを、あたしが買ってきた」
 ずい、とチョコが突き出され、俺の体の前にきた。
「わざわざ俺に?」
「明日、久生がきたら嫌だから」
 とっとと受け取れとばかりにチョコの箱で胸を叩かれ、俺はようやくそれを手に取った。
「……」
「……」
「……何よ?」
「いや、やっぱりビミョーな気分になりました」
 直後、俺の体にはボディブローが炸裂していた。
 
 2009年2月14日web拍手にて公開/同年3月4日通常公開

  

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