feel so special? クリスマスSS その日はすべての講義が終わった夕方から、学生会主催のクリスマスパーティだった。 場所は学生食堂の2階。 立食パーティの形式をとっているので、皆食べものを乗せた皿や、ドリンクのグラスを持って和気藹々とやっている。 のだが、 なぜか不機嫌顔で壁の華になっている女性がひとり。普段から超美人を仏頂面と性格で台無しにしている、我らがSF研の最上級生――吟子さんだった。ひとりで壁にもたれて、カクテルを口にしている。 「何やってんすか、こんなとこで」 「……久生」 声をかけると、ますます仏頂面になった。失敗したと思った。 「今年初めてこれに参加したけど、思ったより面白くない」 吟子さんはカクテルのグラスをくるくる揺らしながら言う。 「外に出るからつき合って」 「えぇー。外、絶対寒いですよ」 「文句言わずつき合う」 有無を言わさず決定。 吟子さんはその辺にいた運営側の学生にグラスを押しつけ、すたすたと歩き出した。俺も後をついていく。 階段を下りて、いつも通り学食として営業している1階へ。そして、そこを抜けて外へ出る。 びょおおぉぉぉぉ 年の瀬も迫った12月の風は、世間の風とどちらが厳しいかというくらい寒かった。 ほら言わんこっちゃない――と言おうとしたときだった。 「寒い!」 「おごっ」 吟子さんの拳が俺の腹にめり込んだ。 「……中に戻るわ」 体がくの字に折れている俺のことはまったく気にせず、彼女は踵を返した。 結局、俺たちは自販機で缶コーヒーを買い、1階の学食のテーブルについた。特筆すべきは、この缶コーヒーが吟子さんの奢りだという点だろうか。 「久生、飲まないの?」 「今何か入れると、すぐ出てきそうなんで」 ボディブローが未だ毒のように効いてるんです。 「吟子さんってこのパーティに参加したの、初めてなんですか?」 「ん、そう。今年は丁度ヒマだったから」 テキトーな調子で言って、コーヒーの最初のひと口を飲む。 「えっと、それは……」 と言いかけて、俺は出かかった言葉を飲み込む。 が、デビルイヤー吟子さんはそれを見逃してくれなかった。 「……仕事減ったとか言ったらフツーにぶっ殺す」 ガン睨みと、低い声。 身の安全のためにも、もう何も言うまいと思った。デビルチョップはパンチ力だしな。 「……まぁ、実際それもあるけど」 吟子さんは不貞腐れたようにつぶやき、コーヒーを煽った。あるのかよ。 「そう言えば、SF研のほうも幽霊部員だったのに、今年はよく出てましたよね」 いや、もうね、部室に行くとたいていいるんだもん。エンカウント率の高いこと高いこと。 「それは……」 先ほど以上に言い淀む吟子さん。 そして、 ぼそっと。 「……あんたがいたから」 「……」 なに? 今なんと? 「えっと、それって……?」 もしかして――と淡い期待を抱いた次の瞬間、高速で伸びてきた吟子さんの手が俺の襟元を掴んだ。ぐいと引き寄せられ、顔と顔が至近距離まで近づく。 「……久生、あたしの秘密、知ってるでしょ」 「う、うぃっす」 知りたくなかったですけどね。 「だから、監視」 「……」 あ、俺って監視されてたんだ。 「ぶっちゃけ、今日も監視」 うわお。……ううむ。もし今日テンション上がってうっかり誰かに喋ってたら、俺の内臓がぶっちゃけてたかもしれないな。監視社会イクナイ。 「もしバラしたりしたら、どうなるかわかってるわね?」 無言でこくこくとうなずく俺。 それでようやく手を離してくれて、俺の体はもとの位置に戻った。吟子さんは、ふん、と鼻を鳴らすと、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。 「……」 「……」 会話がなくなった。 遠く2階からクリスマスパーティに沸く学生の声が聞こえてくる。なのに俺はここで何をやっているんだろうな。向かいの吟子さんは頬杖をついて、むすっとしているし。あー、上に戻りてぇ。 と、 「……久生」 ふいに吟子さんが俺の名前を呼んだ。 「……あんた、イブの日、ヒマ?」 「はい? 24日っすか? 今んとこ予定はないですね」 なんせ独り身なもので。バイトでも入れようかと思ったけど、この日に限ってみんなで競う合うようにしてシフトに入ろうとしやがんの。俺の周りはそんなやつらばっかりか。 「だと思ったわ。久生だし」 「……」 かの名言「のび太のくせに」に通じるものがあるな。 「だったら、あたしにつき合いなさい」 いつものぶっきらぼうを3割増しにしたような吟子さんの声。 その嫌そうな言い方と言った内容に差があったせいで、俺は一瞬何を言われたのかわからなかった――が、すぐに理解。しばしその言葉について考える。吟子さんとクリスマス、か。なんかすげぇ窮屈なイメージしかないんだけどな。 「久生、返事。……拒否権ないけど」 ないのかよ。 「それだったら答えはひとつですけどね。てか、ひとつ質問。えっと、それって監視、ですかね……?」 「ん、そう。監視」 彼女は少しだけ、本当にほんの少しだけ笑みを含ませて言った。 俺はもう一度思考、 して。 「やっぱり仕事減っ――おごっ!」 次の瞬間、俺のデコに吟子さんの投げたコーヒーのスチール缶が炸裂していた。 2009年12月20日公開 |