未来×押入れ×メイド
 
 押入れを開けると、そこにメイドがいた――
 猫のように丸くなって眠っている。
「…………」
 見た瞬間にメイドとかエプロンドレスなどの単語がすぐに出てきた自分に少し鬱になりながら、彼はそれを観察した。
 女の子だ。歳は彼よりも少し下、15、6といったところか。あどけない寝顔だ。
 ロングの髪と華美なエプロンドレスは、見た目が与えるイメージとは裏腹に、メイドとして活動するには不向きに見える。これでは単なるファッションとしてのメイドルックだ。
 以上、観察終了。
「……おい」
 そこでようやく彼は発音した。
 声が威圧的だ。それもそのはず。彼はこの少女を知らない。ひとり暮らしのマンションに帰ってきて、かすかに感じる人の気配に押入れを開けてみたら、そこにこれがあったのだ。
 不審者か家出少女か。いったい何ものなのか確かめなくてはならないし、戸締りをしたはずの部屋にどうやって入ったかも知りたい。ついでになんでそんな格好をしているかも聞きたいところだ。
「おい、お前」
「ふぇ……?」
 彼の2度目の呼びかけでようやく反応を示した。
 少女は首をもたげ、寝ぼけ眼で周囲を確認する。
 そして――、
「す、すみません。寝てましたっ」
 一瞬で正座の体勢になった。
 少女は小柄なのか、押入れの下段にきっちり収まっている。
「いや、いい。この万事理解しがたい状況において、寝てるくらい瑣末な事象だ。まずはお前が何ものなのか述べてもらおうか」
「あ、はい。わたしは今から251年後の時代からやってきましたネコ型メイドです。Dr.枸橘(からたち)の命令で身の回りのお世話をしに参りました」
「…………」
 彼は軽い頭痛に見舞われながらも、それに耐えつつ襖の取っ手に手をかけ、黙ってそれをスライドさせた。
「にゃー! ダメですダメですダメですダメですッ」
 が、しかし、閉まり切る直前に小さな手がそれを阻止した。
「閉めたら私が元の時代に戻ってしまうじゃないですか!?」
「それが本当なら願ったり叶ったりなんだけどな」
 彼は眩暈を覚えるほどわけのわからない現状に、もしかしたら襖を閉めたらすべて消えてくれるのではないかという淡い期待を抱いたのだ。現実逃避とも言うが。
「ほう。未来からきたメイドとぬかすか」
「はいー」
「何を持ってそれを証明する」
「施錠された部屋に突如現れたわたし自身ではどうでしょーか」
「……なるほどな」
 勿論、納得したわけではないが、一旦それを棚上げすることにした。それよりも比較的重要なことに気づいたのだ。
「ところで、ここにあったものはどうした? いろいろ置いてあったはずだが?」
「ふぇ?」
 少女は首を傾げる。
 メイド少女がちょこんと座っている押入れの下段には衣装ケースやら何やらが収まっていたはずだ。それが綺麗さっぱりなくなっている。
「あぁ。それでしたらわたしと入れ違いに、わたしの時代に送られたんじゃないでしょーか。同じ座標にふたつ以上のものは存在できませんから」
「マジか……」
 これから夏になろうかという矢先に、夏物を片づけたケースにごっそり消えられたのは地味に痛い。
「で、お前は未来からきたと?」
「はいー」
「その上メイドだと?」
「はいー。死ねと言われれば笑って死に、戦えと言われれば例え神々にも立ち向かうー、です」
「いや、そんなのはいらんが……」
「因みに、ネコ型メイドです」
 なぜか得意げに少女は言う。
「そこがわからん。なんでネコ型なんだ? ていうか、ネコ型ならロボットだろう」
 ネコ型メイドはどうにも中途半端だ。
「それはわたしにもわかりませんが、Dr.枸橘によると、“未来からやってくるのなら当然ネコ型だろう”ということらしいです」
「…………」
 わかるようなわからないような理屈だ。
「わかった。それも置いておこう」
 またも一時棚上げする。このままだといずれ棚がいっぱいになりそうだ。
「どの辺りがネコ型なのか、俺にはさっぱりなんだが」
 見た感じ普通の女の子だ。無論、エプロンドレス姿で人の家の押入れで寝ていたことを別にすればの話だが。
「あ、見たいですか? 見たいですか?」
「ま、まぁ、そうだな……」
 少女の勢いに圧されて、彼は思わず首肯した。
「じゃあ、いきますよ。ん〜〜〜」
 少女は目を閉じ、体に力を込める。
 いったい何がはじまるのかと彼がその様子を見守っていると、
 ぽん――
 頭に大きなネコミミがふたつ、飛び出した。
「どうですか? すごいでしょ? すごいでしょっ? 褒めてくださいっ」
「……帰れ」
 彼は再び襖を閉めようとした。
 すかさず少女が手を差し込む。
「だーかーら、ダメですってば。閉めたら元の時代に戻っちゃいます。そうホイホイ時間移動はできないんですから」
「そうなのか?」
「そうなんです。まだ正確に目的の時間と座標に繋げる技術が確立していないんです。だから、今度いつまたこの時代にこれるかどうか」
「そうか。じゃあな」
 三度、彼は襖を閉めた。また少女の手がそれを阻むが、彼は諦めなかった。力を込め、力押しで閉めにかかる。
「にゃーにゃー。んぎぎぎぎぎ……」
 抵抗するメイド少女。
 どこにそんな力があるのかと思うほど、びくともしない。さっきは否定も肯定もしなかったが、本当はロボットなのかもしれない。
 力比べは彼が先に根負けした。
「ひとつ聞きたいんだが、その耳は動いたするのか?」
「にゃ? 動くのは動くんですけど、これが難しくて……。やってみましょうか?」
「ぜひやってくれ」
「わかりましたー。いきますよー?」
 少女は顎を引き、自らの頭のてっぺんを睨むようにして力を込める。
「う〜ん……」
 ぴくぴく――
 毛に覆われたネコミミがかすかに動く。なかなかかわいらしい。
「どうですか?」
「いや、ぜんぜんだな」
 にも拘らず、彼はそう言った。
「じゃあ、これでどうですかっ? ん〜〜〜」
 ぴこぴこ――
 さっきよりも強く動く。
「まだまだだな」
「そんなぁ。じゃ、じゃあ、これならっ。ん〜〜〜っ」
「おい。本当に動くんだろうな」
「う、動きますぅ。ちゃんと見ててくださいっ」
「おお。頑張れ頑張れ。……じゃあな」
 ぴしゃ――
 隙を突き、彼は襖を閉めた。
 閉まり切る直前、何を言おうとしたのか「ぴゃっ」という声が聞こえたような気がしたが、しかし、それきりだった。
「…………」
 部屋に静けさが戻る。
 襖の向こうからは何も聞こえないし、それが開けられる様子もない。
 あれが本当に未来からきたネコ型メイドで、元の時代に帰ってしまったのだろうか。どうにも気になって仕方なく、彼はそろりと襖を開けた。
 誰もいなかった。
 本来あったはずの衣装ケースが戻ってきていないのが問題だが、あのネコ型メイドもいなかった。
 下段には。
「お久しぶりですー」
「…………」
 但し、上段にそれはいた。
 いったいどういうわけか、メイド少女は押入れの上段にワープしていた。ついでに言うと、今度はそこに畳んで入れておいた布団が消えている。
「……おい」
「にゃあ?」
「閉めたら元の時代に戻っちまうんじゃなかったのか?」
「戻りましたよ。今度は252年後の未来から来たんです。やー、科学の進歩って凄いですねー。たった1年で好きな時間と座標に、自由自在に繋げられるようになるんですから」
「つまり、今のお前はさっきのお前より1歳、年を食ってるってことか?」
「はいー。どうですか。ちょっとアダルトだと思いません?」
「…………」
 たいして変わっていないように見える。唯一変化が見られるのは、エプロンドレスのデザインが変わっていることか。これが神速の早着替えでなければ、本当に別の時間から来たということになるのだろう。
「じゃあ、なにか。これからはいくらでもここに来れるってことか?」
「はいー。自由自在ですから」
「…………」
「あ、そうそう。見てください」
 そう言いながら少女は頭を少し前に傾ける。
 と、
 ぽん――
 たいした苦もなくネコミミが飛び出した。しかも、加えてバタバタ動いている。ここまで動かれると、かわいいかどうかは正直微妙だ。
「やー、ホント科学の進歩って凄いですよね」
「…………」
「じゃあ、これからよろしくお願いします」
 メイド少女は三つ指を突いて、丁寧に頭を下げた。
 
 
 2007年5月11日公開
 
 
 
 あとがき
 
いつものことですが、続きはありません。ご了承ください。
 
これは『未来』 『押入れ』 『メイド』 という3つの謎キィワードを元に書いた短編です。
所要執筆時間3時間。
勢いだけで書いたので、細かいところには突っ込まない方向で。
 
Dr.枸橘とやらが、なぜネコ型メイドを送り込んできたのかとか、
考えてるとキリがないので。
 
見ての通り、失敗作。
『未来』 『押入れ』 『メイド』 の3つの単語から真っ先に思い浮かぶ
“未来から来たメイドさんが、押入れから出てくる” というストーリィから全く捻っていません。
そこが失敗。
 
この作品の掲載期間は短いと思われます。
 
最後に、どうでもいい設定をひとつ。
Dr.枸橘は女性。未来人ではなく、実は現代人。
現代ではメイドさんで、ある日、押入れの掃除をしていたときに未来へタイムスリップ。
そして、飛んだ先で科学者としてタイムマシンを完成させた。
その辺りにネコ型メイドを送り込んできた理由がありそうです。
勿論、嘘ですが。
 
以上。
 
 
 
何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。
 
 

 

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