――取扱注意、不思議系妹 《シーン1》 ルーシア「ミアキス!」 ミアキス「ん? やあ、ルーシア。こんなところで奇遇だね。お互い教室が離れてるのに」 ルーシア「奇遇? 奇遇なんかじゃないわ。ミアキスに会いにきたのよ。あなたは忘れてるかもしれないけど、わたしはミアキスの彼女よ? その彼女をほったらかしとはどういうつもり?」 ミアキス「忘れてなんかないよ。ほったらかしにするつもりもない。ただ、あまりベタベタするのもどうかと思ってね」 ルーシア「あら、意見が分かれたわね。わたしはもっとボーイフレンドと一緒の時間を過ごしたいの。さ、帰るわよ。そのあたりの見解の相違について、じっくり話し合いましょ? できれば街にも寄りたいわ」 ミアキス「はいはい。……やれやれ、つき合いはじめたからって、あんまりくっつきすぎるのもどうかと思ったんだけど。杞憂だったかな」 ルーシア「シンドゥーラの人ってもっと情熱的だと思っていたわ」 ミアキス「別名"太陽の国"だからね。このエーデルシュタイン学院はいろんな国の留学生がいるけど、だからってそれぞれを『国民性』の言葉ひとつでひと括りにできるわけじゃないよ」 ルーシア「じゃあ、ミアキスは例外?」 ミアキス「そうでもないつもり。僕はこう見えても熱い想いの持ち主でね」 ルーシア「そうね。あなたがいちばん熱心にアプローチしてきたものね」 ミアキス「僕を選んでくれて嬉しいよ。そういう君はもっとクールな人間だと思っていたけどね」 ルーシア「我がアルテシアは、"冬の国"、"氷の国"なんて言われてるけど、そんなのは単なるイメージよ。世界最北の国のね。そこに住む人間の心まで冷たいわけじゃないわ」 ミアキス「君もそう?」 ルーシア「さぁ? わたしは案外冷たいほうかも? ミアキスのことも飽きたら捨てちゃったりして。ぽいって」 ミアキス「それは恐いね。飽きられないようにしないと」 ルーシア「でも、ほんと、ここっていろんな国の人が集まってるのね」 ミアキス「そもそもがそういうところだからね。世界最高の教育機関。その名もエーデルシュタイン学院。どこの国も、優秀で将来有望な人材や、貴族の子女たちを留学生として送り込んできてる。船で何ヶ月もかけて海を渡り、汽車に揺られて何日もかかるこの学院にね。ここはまさしく人種の坩堝だ」 ルーシア「でも、シンドゥーラはあまり見かけないわね」 ミアキス「確か4人だったかな。しかも、今年が初めて。仕方ないさ。いわゆる新興国の中でもシンドゥーラは特に急成長中の国だけど、今一歩西側の国々には追いついてないからね。教育が充実してきたのもここ数年のことだ。おかげで褐色の肌はこの学校にいてさえ未開人扱いされることもしばしばだよ」 ルーシア「失礼な話ね。こーんなに知的な顔してるのに」 ミアキス「ルーシアにそう言ってもらえて光栄だよ」 ルーシア「さて、わたしたちは国費留学生として祖国の期待を一身に背負ってるわけだけど、日々の生活を楽しむ権利もあると思うのよね」 ミアキス「で、どこに行くつもり? さっき街に行きたいって言ってたけど、具体的にはどこへ?」 ルーシア「そうね、馬車通り沿いのカフェなんでどう?」 ミアキス「いいね」 ルーシア「わたし、あそこのコーヒーが気に入ってるの。ね、コーヒーって、シンドゥーラの飲みものなんでしょ?」 ミアキス「残念だけど、いくつか間違ってるよ。コーヒーの原産地はシンドゥーラじゃなくて、主に中東諸国。そして、もっぱら西側に輸出するばかりで、現地ではほとんど飲料としては用いられてはいない」 ルーシア「そうなの? 知らなかった」 ミアキス「ま、そんなものだろうね。案外、世界地図を見てもシンドゥーラがどこにあるかわからない人も多いんじゃないかな」 ルーシア「え? そ、そんなことないわよ?」 ミアキス「別にルーシアがそうだとは思ってなかったんだけどね。……わかった。そこには突っ込まないでおくとしよう」 キ キ 「……」 ミアキス「ん? 今、前を横切ったのは……。悪い。ちょっと待ってて」 ルーシア「え? ええ、いいけど……?」 ミアキス「すぐに戻ってくるから」 ミアキス「キキ!」 キ キ 「……」 ミアキス「キキってば、おい!」 キ キ 「……ああ、兄さん」 ミアキス「素通りはないだろ」 キ キ 「……いたの?」 ミアキス「いたよ。お前、僕たちの真ん前を通っておいて、それはないだろ。ていうか、気づいてて無視したんだよな? むしろわざと前を横切ったんだよな?」 キ キ 「……」 ミアキス「そして、なぜそこで目を逸らす?」 キ キ 「……別に。それで、兄さん、私に何か用?」 ミアキス「いや、特に用ってわけじゃないんだけどさ。そうだ、キキ、キキも一緒に帰らないか? 今から馬車通り沿いのカフェに寄ることになってるんだ」 キ キ 「けっこうよ」 ミアキス「なんだよ、つき合い悪いな」 キ キ 「そういうのは友達に言うもの。妹に言う台詞じゃない。だいたい、あの人がいるんでしょ?」 ミアキス「ルーシア? 確かに一緒だけどさ。……キキ、もしかしてルーシアのこと嫌いか?」 キ キ 「ええ、嫌い」 ミアキス「ルーシアのどこが気に喰わないっていうんだ? アルテシア特有の透き通るような白い肌に、輝く銀色の髪。顔だって大人っぽくて美人じゃないか。そりゃあちょっと抜けてるところもあるけどさ」 キ キ 「……兄さんは、バカ?」 ミアキス「ば……っ!?」 キ キ 「だってそうでしょう? あの人の外見的特長を褒めちぎった上で、私に何を説得しようというの?」 ミアキス「いや、つまりさ、そんなにはっきり嫌いなんて言わないで、できれば仲良くしてくれよってこと。せっかく僕が苦労して射止めた彼女なんだから」 キ キ 「兄さんの褐色の肌が珍しかっただけじゃない?」 ミアキス「そこもはっきり言わない。僕だってそう思わなくもないんだ。単なる物珍しさだけでつき合ってくれてるんじゃないかってさ」 キ キ 「実際そうだったりして」 ミアキス「やめてくれ。まだそうと決まったわけじゃないのに凹む。僕もキキと同じで白い肌だったらよかったんだけどな」 キ キ 「兎に角、私は別にあの人だけが嫌いなんじゃなくて、基本的に群れるのが嫌いなの。ひとりで本でも読んでるほうが好き。ほうっておいて」 ミアキス「やれやれ。相変わらず孤高なことで。僕の妹は美人なのに、どうにも愛想がなくて困るね。もう少し笑顔というものを身につけたら、さぞかしモテるだろうに。……痛っ。蹴ることないだろ。……まったく。しかも、暴力的ときてる」 キ キ 「……用はそれだけ?」 ミアキス「ああ。キキが行かないって言うんなら仕方ない。カフェにはルーシアとふたりで行くことにするよ」 キ キ 「そう。じゃあ、私は帰るから」 ミアキス「わかった。気をつけて。僕も遅くならないように帰るよ」 キ キ 「……」 ミアキス「……」 キ キ 「帰るから」 ミアキス「……なぜ二度言う?」 キ キ 「帰っていいの?」 ミアキス「いや、確か自分で帰るって言ったよな?」 キ キ 「……兄さん、こういうことわざを知ってる?」 ミアキス「なに?」 キ キ 「『押すなよ? 絶対押すなよ?』」 ミアキス「知らないよ、そんなことわざ。どこの国のだよ。ていうか、よく知らないけど、確実にことわざじゃないよな、それ」 キ キ 「……」 ミアキス「……」 キ キ 「……帰る」 ミアキス「やれやれ。やっと帰ったか」 困ったことに、今のが僕の妹である。 兄の僕が言うのも何だが、なかなかの美人だ。 だけど、残念なことに孤独を好み、あまり人と接しようとしない。むりにかまおうとすると、さっきみたいに怒り出す始末。馴れ合いは嫌いなのだそうだ。 孤高の少女と言えば聞こえはいいが、果たして本当にそれだけなのだろうか……。正直、僕は妹の心を計りかねている。 ミアキス「悪い、ルーシア。待たせた」 ルーシア「別にいいけど。誰なの、あの子。ずいぶんきれいな子ね」 ミアキス「君が言うかよ。美人なのは美人だけど、どうにも表情がキツいのが玉に瑕でね。妹だよ、僕の。名前はキキ」 ルーシア「ああ、妹さんなのね」 ミアキス「ほっとした?」 ルーシア「知らないわ、そんなの。ミアキスがもっとわたしを見てくれてたらいいだけのことよ」 ミアキス「悪かった。気をつけるよ。カフェに一緒に行かないかと誘ったんだけど、見事に振られたよ」 ルーシア「ミーアーキースー。あなたね、せっかくのデートを妹同伴でするつもり?」 ミアキス「そういうつもりじゃないんだけどね。あいつ、いつもひとりでいるから」 ルーシア「ほっといてあげたら? ひとりでいるほうが好きなんでしょ?」 ミアキス「本人もそう言ってる。それが本当ならそれでいいんだ。でも、僕にはどうにも強がってるように見えてね」 ルーシア「ふうん。お優しいお兄様だこと」 ミアキス「心配なんだ。いけないかな?」 ルーシア「別に、いけなくはないわよ。でも、カフェのほうはちゃんとつき合ってくれるんでしょうね。ミアキスお兄様」 ミアキス「もちろん。喜んでおつき合いいたしますよ」 ルーシア「そう。ならいいわ。行きましょ」 ミアキス「ああ」 僕はもう一度キキが去っていったほうに目をやったが、その背中はもう見えなかった。 やれやれ。いったいいつもどこで何をしてるのだろうな。まぁ、キキのことだ。日当たりのいいお気に入りの場所で、本でも読んでるのだろうけど。 《シーン2》 ミアキス「ただいま」 キ キ 「おかえりなさい、遅くなる前に帰るって言ってた兄さん。言葉通りずいぶんとお早いお帰りね」 ミアキス「悪かったよ、真っ暗になるまで帰ってこなくてさ。気がついたらこんなだったから、ルーシアを学院の寮まで送ってきたんだ」 キ キ 「ああ、あの人は寮なのね」 ミアキス「留学生はたいてい寮に入ってるよ。国を離れ、家族とも離れてひとりで暮らすには、寮のほうが便利だからね。さて、閑話休題。それはさておき、だ。今日はなかなか楽しかったよ。せっかく賑やかな馬車通りまで行ったんだ。カフェだけじゃなくいろいろ回ってきた。小物雑貨の店とか、硝子細工の店とか――」 キ キ 「アクセサリーの露店とか?」 ミアキス「そうそう。……ん? よくわかったな」 キ キ 「定番だから」 ミアキス「それもそうか。ルーシアもそんなこと言ってたしな。僕が男だからそこんとこ疎いだけで、女の子の間じゃ有名なんだろうな」 キ キ 「ああ、兄さんのことだからきっと、カフェのテラス席でルーシアさんと一緒にクッキーセットを食べながら、彼女に見惚れてデレデレしていたのね。目に浮かぶようだわ」 ミアキス「デレデレしてない。ていうか、座った席も頼んだものも合っていて気持ち悪いんだが……」 キ キ 「定番」 ミアキス「そういうものか?」 キ キ 「そういうもの。それにこれでもいちおう妹だから」 ミアキス「"いちおう"って言うなよ。れっきとした兄妹だ。ついでに妹としてこの兄を自慢に思って欲しいな。僕だってなかなかのもんだぞ。ルーシアが席を外しているときに学院の女の子ふたりに声をかけられたんだからさ」 キ キ 「安心して。そのふたり組ならその後でちょっとした不幸に見舞われたから」 ミアキス「は?」 キ キ 「黒猫でもいたんじゃない? 知ってた? 黒猫が前を横切ると縁起が悪いって。迷信もバカにできないものね」 ミアキス「縁起が悪いのと不幸の間には大きな隔たりがあると思うんだが。それ以前に、何がなんだかさっぱりだ」 キ キ 「兄さんは気にしなくていいわ」 ミアキス「相変わらず何を考えてるかわからないやつだな、お前は。きっと僕がどんなにがんばっても、キキの考えてることの半分もわからないんだろうな。……ああ、そうだ。そんなに街のことに詳しいなら、今度一緒に行ってキキのお勧め店をおしえてくれよ」 キ キ 「またそうやって口実をつくって、すぐに私を連れ出そうとする」 ミアキス「バレたか」 キ キ 「そういうのは狙ってる女の子にするもの。何度聞かれても答えは同じよ」 ミアキス「まぁ、そう言わないでさ。ひとりで行っても面白くないだろ?」 キ キ 「ひとりは小さいころから慣れてるから。心配しなくてけっこうよ。……そんな話なら私は部屋に戻るわ。それじゃあ」 ミアキス「慣れてるから心配なんだよな……」 兄さんの――ミアキスのひとりごとは、部屋のドア越しにも耳に届いていた。 でも、聞こえなかったことにする。 別に心配なんてしていらない。そんなのはよけいなお世話。 ひとりは慣れてるから。 ひとりでも平気。 私はいつでもひとり。 でも、そうやって追い返しておきながら、私はいつも、必ずといっていいほど去っていくミアキスの背中を見つめている。 最近少し思うようになってきた。 やっぱり、ひとりはちょっと寂しい……。 《シーン3》 ミアキス「フローレリアの百科事典は読み応えがあるな。さすが名のある学者たちが20年もかけて編纂しただけのことはある。民主主義台頭の土台を築いたというのも頷けるよ」 ルーシア「それは未だ帝政を敷く我がアルテシアに対する嫌味?」 ミアキス「まさか。そういうわけじゃないよ」 ルーシア「そう。だったら黙って勉強しましょ」 ミアキス「ところで、聞いてもいいかな? なぜ僕たちは図書館で勉強してるのだろうか?」 ルーシア「学生の本分は勉強よ? 祖国の期待を一身に背負った留学生なら尚更ね」 ミアキス「見事にこの前と主張が変わってるね。素直に言ったらどうだろう。最近ちょっと遊びすぎて、今度の小テストが心配だと」 ルーシア「う、うるさいわね。いいでしょ。たまにはそういうこともあるわよ」 ミアキス「まぁ、勉強が学生の本分であるという意見には賛成だ。僕も周りを見習って勉強するとしようか。にしても、こうして改めて見ると、放課後に図書館を利用している生徒は多いんだな」 ルーシア「そうね。それこそ国のためなんでしょうけど、脇目も振らず勉強勉強もどうなのかしらね」 ミアキス「ルーシアが言うと奥が深いね。何ごとも中庸が肝心ということか。央華の思想だっけ?」 ルーシア「ミアキス? おしゃべりな男は嫌われるわよ?」 ミアキス「おっと、あそこにいるのはキキかな?」 ルーシア「あら、本当ね」 ミアキス「キキのやつ、放課後はここにきてたのか。いや、ここもお気に入りの場所のひとつってところかな」 ルーシア「どうするの、妹思いの優しいお兄様? 向こうは本を読んでて、こちらには気づいてないみたいだけど。声をかける?」 ミアキス「……」 ルーシア「ミアキス?」 ミアキス「ああ、悪い。いや、今日はやめとくよ。また逃げられるのがオチだろうし」 ルーシア「今日はずいぶんと弱気ね」 ミアキス「最近あまりにも取りつく島がないものだから、ちょっと心が折れ気味でね。あいつが実は寂しがってるとか、強がってるだけとか、僕の思い過ごしだったのかなって思ってる。キキが自分で言う通り本当にひとりが好きなら、むりにかまう必要なんてないのかもしれないな」 ルーシア「そうかしら? 方向性は間違ってないと思うけど?」 ミアキス「だといいけどね」 ルーシア「あらあら、すっかり自信をなくしちゃって。……ここはわたしがひと肌脱ぐべきかしらね」 ミアキス「ん? 何か言ったかい?」 ルーシア「ううん。何も」 《シーン4》 ルーシア「こんにちは。せっかくのお昼休みなのに、こんな中庭の隅っこのベンチで、ひとりで読書?」 キ キ 「……ルーシア、さん……」 ルーシア「わたしのこと知ってるのね。嬉しいわ。やっぱり気になる? わたしがミアキスの彼女だから。……隣、座らせてもらうわね。……あら、意外と日当たりがいいのね、ここ」 キ キ 「……何か用?」 ルーシア「うーん、いい天気。確かに太陽の下で読書っていうのも悪くはないわね。アルテシアは常冬の国だから、なかなかこうはいかないもの」 キ キ 「そう」 ルーシア「でも、やっぱりわたしは誰かと一緒にいるほうが好きね。おしゃべりしたり、お昼にはお弁当を広げたり」 キ キ 「馴れ合いは嫌い。興味ないわ。そんなの何が楽しいの?」 ルーシア「何がって言われると困るけど、誰かと時間を共有するのはいいものよ。特に今はミアキスと一緒に過ごす時間が気に入ってるの」 キ キ 「兄さんもそうみたいね」 ルーシア「そのミアキスが、あなたのこと心配してたわ。いつもひとりでいるって」 キ キ 「知ってる。でも、心配なんてしていらない。ひとりでいるほうが好きだもの」 ルーシア「本当に?」 キ キ 「……どういう意味?」 ルーシア「あなたがそうやって強がってるんじゃないかって思ってるみたいよ。ミアキス」 キ キ 「別に。そんなことないわ」 ルーシア「わかったわ。じゃあ、そういうことにしておきましょ。……あなた、素直じゃないのね。それとも、ただ不器用なだけかしら?」 キ キ 「……」 ルーシア「でも、たまには自分の気持ちに素直になって、こっちからも近づいていかないと」 キ キ 「わ、私は……」 ルーシア「逃げていくからこそ気になるものだけど、追いかけても無駄なら諦めてしまうでしょう? 手を伸ばせばすり抜けていく。でも、がんばれば掴めるかもって思わせるの。まずはそういう距離を保つことね。それで時々こちらからも興味のある素振りを見せるの」 キ キ 「は、はい?」 ルーシア「でも、そこで自分を安く見せちゃダメよ? 男の子なんてすぐ調子に乗るんだから。常に主導権はこちら。ほら、わたしを捕まえてごらんなさいって」 キ キ 「……何の話?」 ルーシア「え? あ、間違った。これは男の子の捕まえ方だったわ」 キ キ 「そう。つまり兄さんにもそうしたのね……」 ルーシア「ええ。でも、残念ながらミアキスのほうが一枚上手だったわ。まさかある日突然ぱったりと姿を見せなくなるとは思わなかったわね。おかげで心配になっちゃって。そこでわたしの負けが決まったわ」 キ キ 「……どっちもどっちね」 ルーシア「う……。で、でも、たまには素直になったほうがいいっていうのは本当よ? そうだ。今度一緒にカフェに行きましょ?」 キ キ 「馬車通りの?」 ルーシア「ううん。ちょっとわかりにくい場所にあるんだけど、雰囲気はいいわよ。ミアキスにもおしえていないところ。だから、ミアキスは抜きで。女同士で、ね」 キ キ 「……気が向いたら」 ルーシア「そう。嬉しいわ。じゃあ、またね」 キ キ 「……苦手。ああいうの」 ちょっと驚いた。ルーシアさんが私のところにくるなんて。 しかも、よけいなお世話な話を、一方的にまくし立てていった気がする。 こういうのって苦手。 そんなの私の自由だから。干渉されるのは苦手。 でも、彼女の声はまだ耳に残っている。頭を撫でるような、喉をくすぐるような温かい声。 これも苦手。 慣れていないから。優しくされるのは苦手。 でも、耳に残った彼女の声は、その言葉とともに次第に私の中に融けていった。 知ってる。 私は、不器用。 《シーン5》 ミアキス「で、今日はどこに?」 ルーシア「本屋よ。昨日ね、通りから見えるショウウィンドウに新刊が飾られてるのを見たの」 ミアキス「こちらはシンドゥーラに比べて印刷技術も製本技術も進んでいるから、書物が安価で手に入るのがいいね。……本といえばキキなんだけどな」 ルーシア「なら誘ってあげたら? ほら、そこにいるわよ」 ミアキス「あ、本当だ。なぜかいつもタイミングよく近くにいるやつだな。つけられてるんじゃないだろうな」 ルーシア「案外そうかもよ?」 ミアキス「恐いことを言わないでくれ。……とは言え、どうせ声をかけたところで、追い払われるか逃げられるかするのが関の山のような気がするんだけどな」 ルーシア「じゃあ、諦める? ミアキスらしくもない」 ミアキス「そこまで言われちゃあ引き下がれないな。ダメもとで誘ってみるか。ルーシアはいいのか? あいつも一緒で」 ルーシア「もちろんよ。わたしがミアキスのどこに惹かれたと思ってるの? そういう人に優しい在り方ができるころよ。決して見た目じゃないわ。それにわたしもあの子と仲よくしたいし」 ミアキス「そうか。それを聞いて安心した。いろいろとね。僕はキキを大事にしてやりたいんだ。あいつは僕たちの親同士が再婚するまで、あまり親にかまってもらえなくて、ずっとひとりだったらしいから。家族の温かさみたいなものを知らないんだろうな」 ルーシア「え? 再婚?」 ミアキス「言ってなかったっけ? うちは父子家庭で、父はシンドゥーラの大使としてこのファーンラントにきてるんだ。そして、キキの母親と出会って一緒になった」 ルーシア「じゃあ、ミアキスとあの子って……?」 ミアキス「うん。ぜんぜん血はつながっていない。兄妹になってまだ一年も経ってないよ。だいたい肌の色が違うんだから、人種が違うのも一目瞭然だろう」 ルーシア「あ、それもそうね……」 ミアキス「その様子だと、気づいてなかったと見えるね。本当に、時々思いっきり抜けるな、ルーシアは」 ルーシア「う、うーるーさーいー」 ミアキス「まぁ、それは兎も角、ルーシアもキキのことを気に入ってくれるんなら、僕としても嬉しいよ。じゃあ、呼んでくるから」 ルーシア「え、ええ……」 ルーシア「もしかしてわたし、敵に塩を送ったのかしら……?」 ミアキス「おーい、キキ」 キ キ 「……なに、兄さん」 ミアキス「って、今日は一発で振り返るんだな。今からルーシアと本屋に寄るつもりなんだけど、お前も一緒に行かないか? いや、むりにとは言わないけどさ。よかったら」 キ キ 「……別にいいけど」 ミアキス「行くのか!? この前は頑としてついてこなかったのに。今日は珍しいことが続くな。まぁ、本好きのキキとしては当然の反応か」 キ キ 「さあ?」 ミアキス「さあって……。まぁ、いいか」 キ キ 「そういう兄さんは嬉しそうね」 ミアキス「そうか? いや、まぁ、確かにそうかもな。キキが珍しく首を縦に振ってくれたし。それに、ルーシアが言ってくれたんだよ。外見で僕を好きになったわけじゃないって。……痛っ。だから何で蹴るんだよ!? お前、今日はブーツじゃないか」 キ キ 「そんなところにうずくまってたら迷惑よ、兄さん。行くんじゃないの?」 ミアキス「まったく。にしても、今日はやけに乗り気だな。いったいどういう風の吹き回しだ?」 キ キ 「単なる気まぐれ、かもね」 2013年8月11日公開 |
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――設定 /登場人物 ●キキ ひとりでいることを好み、群れることを嫌う孤高の少女。でも、兄であるミアキスのことは気になっている。 キツい感じの美人。 黒髪で黒系の服を好む。ファーンラント人。 ●ミアキス キキの兄。とは言え、血はつながっていない。 妹のことを大事にしたいと思っている。 褐色の肌に藍色の髪。知性を感じさせる容姿をしている。 シンドゥーラ出身。 ●ルーシア ミアキスがようやく射止めた彼女。 大人っぽい美人。だが、やや天然。 氷の国アルテシアの出身。白い肌に銀髪。 /舞台 ●エーデルシュタイン学院 ファーンラントにある世界最高水準の教育を提供する学校。多くの国が留学生を送り込んできている。 くるものを選び、去るものを追わず。 /国 ●ファーンラント 西側諸国の中にあっては小国。 だが、文化や芸術、教育などの分野ではまぎれもなくこの国が中心と言える。 ●シンドゥーラ 新興国のひとつで、現在急成長中。南海諸国のひとつ。 別名、太陽の国。 ●アルテシア 民主主義の台頭著しい中、未だ帝政を敷く北の大国。 別名、常冬の国。 |
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