複雑微妙な先輩後輩の関係。……たかだか有限
   クリスマス SS
 
 
 カレンダが12月に変わったばかりの、ある日の昼休み――、
「御前様っ」
 学生食堂でブリックパックのいちごオレを買って帰ってきた静は、クラスメイトの花房高貴(はなふさ・こうき)に声をかけられた。
「なに? 僕になんか用? あと、御前様言うな」
 花房に応えながら、静はそのまま席へと戻る。花房も後をついてきた。
「クリスマスの予定、どうなってる?」
「クリスマス? 今のところ何も予定はないけど?」
 今のところ。
 将来的には予定を入れたいと、憧れの菫の顔を思い浮かべながら思う。
「だったらさ、俺と遊びに行かない?」
「僕が? 花坊と?」
 わざわざ区切って聞き返しつつ、静は椅子に着席した。花房はあいていた静の前の席に腰を下ろす。
「そう」
 力強くうなずく花房。
 彼は端整な容姿とユーモアあふれる人柄で、一年生の間でも人気の高い生徒だ。
「そのお誘いは、嬉しいことは嬉しいけどね。でも、キミ、僕なんかの相手してていいわけ?」
「や、俺、しずかちゃん一筋だし」
「それはまた泣く女の子がいっぱいいそうな台詞だね。あと、しずかちゃんも禁止」
 どうしてもおちゃらけているようにしか聞こえない花房の口調に、静は呆れ気味に返した。ストローに口をつけ、ちうー、といちごオレを吸い上げる。
 と、そのとき――、
「あら、静くんは、クリスマスはわたしと過ごすのよね」
 そう口を挟んできたのは、志村笑子(しむら・えみこ)だった。
 こちらは花房と対をなす、人気の女子生徒だ。このクラス、というか、静の周りは有名人が多いのである。
 笑子は静の座っている椅子に腰を下ろした。ひとつの椅子に静と笑子が身を寄せ合って、半分ずつ座っている構造になる。
「えっと、志村さん? 僕、何か約束してました?」
 静は、近すぎる距離と全身で感じる彼女の柔らかさにどぎまぎしながら尋ねた。
「いいえ。でも、これからするの。……ね、どう?」
「う〜ん……」
 静は思わず考え込んでしまう。
 もちろん誘われること自体は嬉しいのだが、静としては本命は菫である。クリスマスに菫と一緒にいられたら素敵だと思う。そのためにはまず菫に声をかけないといけないのだが、実はカレシがいたりしたらどうしようと考えてしまう。今のところそういう話は聞かないし、そんな気配もないのだが、クリスマスを前に、何てこともあり得なくもない。
 おかげであっちに行くにもこっちに行くにも踏ん切りのつかない静だった。
 そんな静の悩みなどおかまいなしに、静を巡る攻防は続く。
「ちょっと待った、志村。静くんに声をかけたのは、俺が先だぞ」
「あら、こんなことに後も先もないんじゃない? わたしか花房君か、選ぶのは静くんだもの」
 静を取り合って対立する花房と笑子。
 しかも、いつの間にか二者択一になっていて、菫とのクリスマスは遠のいていた。なんとなく助けを求めて「にゃー」と鳴いてみる静だが、助けなどあろうはずもない。
 と思ったら――、
「そうか。順番は関係ないのか」
 唐突に割り込んできた、男っぽい口調の――しかも、どことなく怒っているような女の子。
「なら、私も加わろうか」
「「会長!?」」
「菫さん!?」
 異口同音に驚きを表す三人。
 そこに立っていたショートヘアで快活な容姿の女子生徒は、このたび2学期より大方の予想通り生徒会長に就任した菫だった。
 菫は、まずは拳骨の裏で静の頭をぽかりと叩いた。
「いつも言っているだろう。学校では先輩と呼びたまえと」
「にゃあ……」
 静は今までもさんざん言われてきたことをまたも注意され、思わず舌を出した。
「さて、話を元に戻そうか。……静君、クリスマスは私と一緒に過ごそうじゃないか」
「……」
 一瞬何を言われたのか理解できず、静は呆然としてしまった。
「なんだ、ダメなのか?」
「や、ぜんぜんダメじゃないです! もちろんおっけーです。にゃあ!」
 幼馴染とは言え、憧れの先輩である菫の誘いなのだ。静に断るという選択肢は微塵もなかった。
「そうか。ものわかりのいい後輩を持って嬉しいよ。……というわけだ、ふたりとも」
 菫は勝ち誇ったように、口の端を吊り上げた。
 横から獲物を掻っ攫われたかたちの花房と笑子は、苦笑し、肩をすくめるしかなかった。相手が菫では勝てるはずもない。
「では、静君。当日のことは追って連絡するよ」
 妙に事務的な口調だった。
 そうして菫は短めのスカートを揺らして、颯爽と去っていった。
 
 そして、運命の12月24日――、
 クリスマス・イブ。
「そんな日に、なぜ僕は生徒会室で菫さんのお手伝いをしてるのかしらん?」
 その日、静は待ち合わせ場所として学校を指定された。幸せ気分でそこに行くと、そのまま菫に生徒会室へと連行され、今に至る。
「それは君、この週末に生徒会主催のクリスマスパーティがあるからだよ」
 そう答えた菫は、会長らしく部屋の一番奥で窓を背にして座り、仕事をしていた。
「パーティって27日の土曜日ですよね? クリスマスなんてとっくに過ぎちゃってるじゃないですかぁ」
「仕方ないだろう」
 菫はシャープペンシルを振りながら話す。
「バカ正直に今日やったところで、皆それぞれ予定があるから人なんて集まりそうにないし、だったら前倒しにすればいいとは思ったが、先週はまだ三者面談の真っ最中で学校側の許可が下りなかったんだ」
 ここまでひと息に説明した。
「それで今週末ですか?」
「そういうことだ」
 菫は腕時計を見てから、再び仕事に取りかかった。
「それはわかりましたけどね、なぜここにいるのが僕だけ? 他の生徒会の人たちは?」
「みんなそれぞれにクリスマスを楽しんでるよ」
 静の問いに、菫は短くぶっきらぼうに答えた。
「ぶー。何ですか、それ……」
 静を呼ぶほど仕事が押しているというのに、会長以外は私用で休みとはどういうことだ。静は声を大にして抗議したい気分だった。
「君もわからないやつだね」
 また菫が顔を上げた。ちらと腕時計を見る。
「彼らには昨日まで頑張ってもらっているし、明日からもやってもらうから、年に一度のクリスマスくらいは休んでもらったんだ」
「その代打が僕?」
「そう」
「でもでも、その場合、僕のクリスマスはどうなるのでしょう?」
「……」
 今度は無言。黙々と仕事に向かうだけで、返事はない。
「って、あれ?」
 そこで静はふと気づく。
「どうした?」
「あ、いえ、何でもないです。にゃあ」
 口ではそう誤魔化しておいて、静は思う。
 望んでいたのは、菫と過ごすクリスマスだ。そして今、このさして広くない部屋に、菫とふたりきりでいる。これはある意味では望んだ通りではないだろうか。
「まぁ、半分ってとこ?」
「何をひとりでぶつぶつ言ってるんだ。仕事をしたまえ、仕事を」
「はぁーい」
 少々不貞腐れ気味の返事をしてから、静は与えられた仕事に戻った。
 静の仕事はいくつかの書類に目を通して、間違いやわかりにくい箇所がないかを調べることだった。外部からの助っ人であるせいか、非常に簡単な仕事だ。簡単すぎてやる意味に疑問を持ってしまう。
「あ、このケーキ屋の注文、一度確認しておいた方がいいかもです」
「どれだい?」
 問い返す菫に、静は書類を掲げて示した。菫はしばしそれを遠目に睨み、
「ああ、それならちゃんと注文が通ってるはずだよ」
「確認です、確認。参加者に配るお土産のケーキでしょ? 数が数だから、店が何か勘違いしてたら取り返しがつきませんよ。こういうのは一本確認の電話をいれとくと安心なのです」
「なるほど」
 菫はにっこりと笑った。
「静君はよく気がつくな。実に君らしい」
「や、それほどでも」
 菫に褒められ、静は照れ笑いを浮かべる。
「じゃあ、ついでなんで僕が電話しときますね」
「あ、いや、そこまではいいよ」
 携帯電話を手に取りかけた静を、菫が制した。
「どーしてですか?」
「その、なんだ、そんなことまで君にさせられないというか、君に望んでることはそんなことじゃないというか……」
「はい?」
「と、兎に角、それは私が明日、朝一番でやるからっ」
 菫は慌てたようにそう言ってメモを殴り書きし、それを机の上に貼りつけた。見れば同種のメモがすでにいくつか貼ってあった。
 そんな菫の態度に静は首を傾げる。
 そのまま菫を見ていると、彼女は様子を窺うようにそっと顔を上げて静を見――、
「ッ!?」
 目が合ってまた慌てて顔を伏せた。
 やっぱり菫はちょっと変だった。
 静も仕事に戻る。先ほどのケーキの注文の書類をひとまず脇に弾き、次に取りかかる。そうして不備の確認という単調な作業をいくらか続けたときだった。
「よし、じゃあ、そろそろ帰ろうか、静君」
 唐突に菫が切り出した。
「ふぇ?」
 静は思わず菫の背後にある壁掛け時計を見た。
「でも、まだ5時ですよ?」
「もう5時だよ」
 彼女は机の上に散らばった雑多なものをまとめ、さっそく帰る準備をはじめていた。
「あ、僕なら大丈夫ですよ。どーせ今から家に帰っても何かできるわけじゃないし、とことんまで菫さんにつき合っちゃいます」
 静は最初、菫が自分に気を使っているのだと思い、努めて明るくそう返した。それにこのまま菫と一緒に、きたる一大イベントのために仕事をするのも悪くないと思いはじめてもいた。
 しかし――、
「ダメだ」
 菫は頑なだった。
 ぴしゃりと言った彼女の言葉に、静は「む……」と不機嫌そうに眉を寄せた。しかし、それでもあくまで穏やかに言葉を継ぐ。
「いつもはもっと遅くまでやってるんですよね? ならいいじゃないですか」
「帰ると言ったら帰るんだ」
「どーしてですか!?」
 静は、べーん、と掌で机を打ちながら腰を浮かせた。反対されると意地でも初志貫徹、という無駄なスイッチが入ってしまったようだ。
 睨み合う静と菫。
「僕は大丈夫ですって言ってるんですっ」
「君がよくても時間が……だな……」
「はい?」
 いきなり意味曖昧発音不明瞭になった菫に、静は目を点にして聞き返す。
「……」
「……」
 沈黙。
 菫は居心地悪そうに静から視線を外して、斜め下を見ていた。
「えっと、まぁ、その、なんだ……」
 それから無意味な言葉を次々と発音する。
「静君、君は駅前のイルミネーションを知ってるかい?」
「にゃあ? ええ、まぁ、知ってますけど?」
 静は意味をはかりかねたように、探り探り返事をする。
 駅前のイルミネーションのことは知っていた。駅舎やショッピングモール、大型児童館や文化センターなど、駅周辺の施設の外壁を飾っている幾何学模様の電飾のことだ。何でもその手の芸術家が、あたかも巨大なキャンバスに絵を描くかの如く、そのすべてを使ってデザインしたのだという。
「それをだな、私と一緒に見に行かないか?」
「えっと、僕と、ですか……?」
 静は自分の鼻を指差し、尋ねる。
「そうだ。い、言っておくけど、前々から計画していたわけではないぞ。君が仕事を手伝ってくれたから、何かお礼にとついさっき思いついたんだ」
「はぁ……」
 何となく勢いに圧され、静はわけもわからずうなずいた。
 そうして一拍おいてから――、
「ええぇぇ〜〜〜!!!」
 かくも盛大に驚いた。よくやく事の重大さに気がついたのだ。
「も、もしかして僕を誘ってくれてるんですか?」
「そうだと言ってるだろうっ」
「行きます行きますっ。勿論、行きますっ」
「そ、そうか」
 菫は満足げに、どこかほっとしたように見える笑顔を浮かべた。
 気をよくして、さらに続ける。
「知ってるかい、静君。あそこのイルミネーションは6時5分前に点くんだ。順番に点いていく様は圧巻らしい。それを中央の広場で見るのが――」
「よく調べてるんですね」
「……ひ、人から聞いたんだ」
 菫は急に苦虫を噛み潰したような顔になり、ばつが悪そうにまた斜め下を向いてしまった。落ち込んでいるようにも見える。
「あ、あの、菫さん? 行くんなら早くした方が……」
「そ、そうだな。確かにそうだ」
 菫ははっと気がついたようにまた動き出し、零れ落ちそうな笑顔でせっせと帰り支度を進めた。
「嬉しそうですね、菫さん」
「ち、違……っ。私が嬉しいんじゃなくて、君が喜んでくれてるようだから、私も嬉しいんだ。って、そんなことはいいんだ、どうでも。ほら、早く行こうじゃないか」
「あ、はいっ」
 テンションの上下の激しい菫の様子に目を白黒させていた静も、大慌てで片付ける。なんだかよくわからないけど、最後には望んでいた通りのクリスマスになるようだ。
 できれば来年はもう少しロマンチックにいきたいな、と静は思った。
 
 
 2008年12月24日公開
 
何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。