複雑微妙な先輩後輩の関係。……たかだか有限
   クリスマス SS Ver.2009
 
 
 ごくごく普通の、どこにでもいる一般生徒である静の周りには、なぜか校内でも有名な生徒が集まってくる。
 例えば、今話をしている花房高貴と志村笑子もそうだ。ふたりとも1年生の中では有名で、人気も高い。それなのにわざわざ静の席までやってきて話をしているのだから不思議なものである。
 他にも3年生にふたり、2年生にひとり、超有名人の知り合いがいるが、まぁ、こちらは身内と『身内のようなもの』だ。
「御前様、振り返らずに後ろのドア見てみろよ」
 話の合間、急に花房がそんなことを言い出した。
「そんな器用なことできると思う? 妖怪か、僕は。……志村さん、鏡貸して」
「鏡? ……ああ、そういうことね」
 笑子は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに静の意図を悟ったようだ。静の頭の回転の速さに感心しながら、ブレザのポケットから鏡つきのエチケットブラシを取り出した。
 静は鏡を覗き込むと、まずは乱れていた前髪を指で弾いて整えた。
 次に口角を上げて笑顔の練習。
 続けて、ぱちりとウインク。
「それで後ろを見るんじゃなかったの?」
「ああ、そうだった」
 己のやることを思い出した静は鏡を見つつ、さり気なく角度を変えて教室の後ろのドアを映し出した。
「……何あれ?」
 そこには、顔を半分ほど出して、自信のなさそうな目でこちらの様子を窺う菫の姿があった。
「会長以外にある?」
「……ないね」
 どうやらすでに笑子も確認済みらしい。
 菫はこの聖嶺学園高校の現生徒会長である。品行方正、公明正大。人に優しく、自分に厳しく。いつも凛とした人物――にも拘らず、ごく稀に奇行に走る。今も端から見れば怪しいことこの上ないのだが、こっそり中を窺うことに頭がいっぱいでそれに気がついていない。またひとりこの教室の生徒が、菫の姿にぎょっとしながらも、脇を通って廊下へ出ていった。
「菫さんの目当てって、やっぱり僕なんだろうなぁ」
 というか、それ以外だった試しがない。
「仕方ない。ちょっと行ってこようか」
 そう言って静は重い腰を上げた。
 別に会いたくないわけではない。菫は家族ぐるみでつき合ってきた姉のような幼馴染であり、憧れの先輩だ。むしろその逆と言える。ただ、こういう挙動不審な登場の仕方をした場合、たいていその後もそれが続くことを、静は経験的に知っている。
 静はくるりと向きを変えた。
 びくっと体を震わす菫。だが、その時点でばっちり目が合ってしまい、逃げるに逃げられなくなってしまったようだ。
 静がつかつかと歩み寄ると、
「や、やあ、静君じゃないか」
 菫はドアから顔を半分だけ出した状態のまま、ばつが悪そうに言った。
 ああ、いつも凛々しい菫さんが、こんな小動物みたいな愉快な行動を――。静は心の中で天を仰いだ。
「とりあえず外に出ましょう」
「う、うむ……」
 菫の背を押して廊下に出る。
「何か用ですか、菫さん」
「いや、別に用というほどのものではなくてだな。その、なんだ……、そう! 生徒会室に行くついでに君の様子をに見に寄ったんだ、うん」
 菫は言い切った後に、なぜか満足そうにうなずいた。
 彼女はとても男っぽい話し方をする。もとからそういう傾向はあったが、この聖嶺に入って生徒会の役員を務めるようになってから、さらに拍車がかかったようだ。それでもスカート丈を詰めたりして、おしゃれに気を遣うことも忘れないのは、年頃の女の子だからだろうか。
「でも、ここに寄ったら、すごく遠回りになりません?」
「う……」
 一瞬言葉を詰まらせ、
「い、いいんだ、そんなことは。たまに健康のために歩きたくなるんだ、私は。そうだ、よかったら静君も生徒会室まで歩かないか?」
「え? まぁ、いいですけど?」
 静は廊下の壁にかかっている時計に目をやり、昼休み終了までまだ十分に時間があることを確認してから返事をした。
「そうか。じゃあ、行こうか、健康のために」
 さっそくふたりは歩き出す。
 が、
 しかし、なぜか菫は押し黙ってしまった。
(? 何か話があると思ったんだけど?)
 静は歩きながら、目だけを天井に向けた。
 それから程なくして唐突に、
「見ろ、静君。今度やるクリスマスパーティのポスタだ」
 菫は廊下の壁に貼られた告知ポスタを視線で示して、不自然さの否めない台詞を発した。
 クリスマスパーティは生徒会の主催による、生徒のためのイベントだ。12月の26日という少々タイミングを逃した感のある日に行われるのだが、期末考査やら三者面談やらとの兼ね合いのせいで、毎年どうしてもそういう日程になってしまうようだ。
「そうだ、クリスマスで思い出した。静君、イブの予定はどうなっているんだ? さっきも教室で暇そうにしていたから、きっとイブも暇なんだろう?」
 菫は一気に捲し立てる。
「その、よかったら――」
「あ、僕、その日は――」
 静と菫の発音が重なった。
「な、何かあるのか!?」
「えっと、お父さんはお母さんが連れ出すみたいだし?」
 姉はデート――なのは菫も知るところ。
「なので、僕は家で留守番。V8000(ぶい・はっせん)と一緒にコタツでみかん食べてる、かな?」
「わかった。君が飼い猫とたわむれるくらいしか用がないのはわかった」
「……にゃあ」
 そう言われると返す言葉もない。
「静君。君、クリスマスは私につき合いたまえよ」
 菫はここぞとばかりに命令形で言い切った。
「ふぇ? 菫さんと?」
 思いがけないお誘いに、静は素っ頓狂な声を上げる。てっきり幼馴染である生徒会長は忙しいものだと思っていたのだ。
「そうだ。どうせ静君は暇を持て余しているだろうと思って、いろいろ考えてあるんだ。夜もばっちりだよ」
「よ、夜!? クリスマスだからってすぐにそういう方向にいくのはよくない……って、お父さんが言ってた!」
「ば、ばかもの! そんなやらしいことは考えてないっ」
 思わず横に大きく飛び退き、顔を赤くして身構える静。菫も立ち止まり、同じく真っ赤になって言い返す。
「……」
「……」
 静の思い違いのおかげで、お互い変に意識してしまい、言葉が続かなくなってしまった。
 再び黙って歩き出す。
 気がつけば、いつの間にか特別教室の集まるエリアまできていて、廊下には人気がなくなっていた。こんなところにも先ほどと同じポスタが貼ってあり、静はそれを横目で見ながら通り過ぎる。
 と、
「あ、でも、菫さんってクリスマスパーティの準備で忙しいんじゃ?」
 思い出した。クリスマスを菫と過ごすという選択肢を除外していたのも、もとはと言えばこれなのだ。菫自身もイベント直前まで忙しいと言っていた。
「その点は、私がそれまでに死ぬ気でがんばってだな――」
「はい?」
「い、いや、何でもない」
 自分の発した言葉を打ち消すかの如く、菫は咳払いをする。
「まぁ、なんだ。23日には準備にも目処がついて、24日はあくと思う。だから、どうだろう?」
「ん?」
 菫さんはやっぱりすごいなぁ、などと思っていた静は、何について問われたのか理解が遅れた。
「クリスマスだよ、クリスマス」
「あ、はい。行きます行きますっ。菫さんとなら一日中だってつき合っちゃいます!」
 降って湧いた菫とのクリスマスにようやく実感が伴い、静は勢いよく返事をした。
「ほ、ほんとか!? ほんとだな! ……よし!」
 そして、菫はそれに負けず劣らずのテンションで応じると、急に駆け出した。
「あ、菫さん、生徒会室……」
「あんなところに用はないよ。行きたかったら静君ひとりで行くといい」
 何やら最初と違うことを言った後、上靴をキュッと鳴らして制動。振り返った。
「いいか、静君。キャンセルはなしだぞ。その代わり、とっておきのクリスマスをプレゼントしてあげるから、楽しみにしていたまえよ」
 それからまた踵を返して発進。我らが生徒会長はスカートを揺らしながら大きくカーブして、階段のほうへと消えていった。なんか笑い声が聞こえてきそうだった。
「にゃー……」
 特別教室ばかりの寂しい場所に取り残され、か細く鳴いてみる静。予想通り今日の菫さんはおかしかった、と思った。
 
 
 2009年12月20日公開
 
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