サニーサイドアップにブラックペッパー
第2章
2. 「聞きましたよぉ」 ある日の休み時間、可純の席にふわふわやってきたのは、クラスメイトの入江英理依(イリエ・エリイ)だった。 「へーさん?」 「はーい。へーさんでーす」 英理依は少々間延びした唄うような発音で、嬉しそうに答えた。 彼女には『エリィ』という洒落た愛称があるが、可純は「へーさん」と呼んでいる。というか、呼ばされている。最初にそう呼んでしまったきっかけはちょっとした事故なのだが、英理依はそれがいたく気に入ったようで、以来、可純だけはそれを強制されているのだった。 「なんの話?」 「3年生の柚木さんと仲がいいそうじゃないですか」 英理依は主のいない可純の前の席に、横向きに座った。腰をひねるようなかっこうで、可純と向かい合う。 「仲がいいっていうか……単に先輩がボクの顔を覚えてくれて、よく声をかけてくれるだけ、かな?」 誤魔化すように言う可純だが、実際にもそうだった。 先日の食堂のときほどじっくりとではないが、校内でたびたび声をかけてもらって、二、三の言葉を交わす――そんな風景が可純の学校生活のワンシーンとして確かに追加されている。しかし、いつも決まって憧れの先輩を前にした緊張から、うまく話せないのだが。 「あらあら、そうなんですか? わたしはてっきり“お姉さま”“可純”の仲なんだと」 「どんな仲だよ……」 うっとりと楽しげな想像を巡らせているふうの英理依に、可純は呆れてため息混じりに返す。 「わたしとしては耀子さんとの組み合わせも捨てがたいのですが」 「なに言ってるの。耀子とはただの友達だよ、決まってるでしょ」 「いつも一緒だから、プライベートではもっと親密なのかと思っていました」 英理依は赤くなった頬に両の掌を当てながら言う。いったいどんな想像が彼女を赤面させているのだろう。可純は考えたくなかった。 「ま、いつも一緒なのは否定しないけどね」 しかし、今はその耀子も教室にいない。学生食堂で昼食をとった後、寄るところがあると言ってどこかに行ってしまった。 と、そこで遅巻きながら、はたと気づく。 「ていうか、もしかして先輩とボクのことって噂になってる?」 「ひそかに」 どうやら自分で思っていた以上に、先輩と一緒のところを見られているようだ。 「……」 少し頭が痛くなってきた。 あまり目立ちたくないものだと思う。 「それで、可純くんは柚木さんと耀子さんのどちらを?」 「もういいって。そーゆー不健全っぽい話は」 力強く身を乗り出してくる英理依を、可純は苦笑しながらあしらった。 2010年4月1日公開 |
|
BACK / INDEX / NEXT |
|