「直臣ってちょっと冷たいです」 わたしはすねたように言ってみた。 だって、せっかく自由になる時間も増えて同じキャンパスの中にいるのにぜんぜん会ってくれないし、さっきも自分からクレープの話を振っておきながら一緒に行こうとは誘ってくれなかった。 直臣が何を考えているのかはかりかねて――そのへんの非難も込めて文句を言う。 「かもしれないね」 でも、彼はそう自嘲気味に言っただけで。 「……」 「……」 やっぱり直臣が何を考えているのかわからなかった。 ――キャンパスの中を直臣と一緒に歩く。 行き先は一般教室棟エリアの噴水広場のそばにあるというクレープ屋。 小比賀晶子(私)に声をかけてくる子たちに手を振って応えながら、道々直臣と話す。 「直臣、あれから曲は作ってないんですか?」 何となく気まずくなってしまった空気を変えたいというのもあったけど、それはずっと前から聞いてみたかったことで、こうして久しぶりに――大学入学以来初めてふたりっきりになれたので、思い切って聞いてみたのだった。 「作ってないよ」 「……」 この返事は、正直、予想していた。 わたしもネットでの直臣の動きは気にしていた。だけど、『UNDER THE ROSE.』をアップロードした直臣のアカウントは、あれ以降これといった動きは見せていなかった。唯一、希望する声が多かったのだろう、しばらくしてカラオケ音源を配布したくらいだ。 そこまでわかっていながらそれでも聞いてみたのは、「いま新しいの作ってる最中」とか「次に向けて勉強中」とか、そういう返事を期待したからだ。でも、残念ながら、返ってきたのはわたしが望むような答えではなくて――直臣はもうシンガーロイドに興味を失くしたのだろうか。 「でも、『UNDER THE ROSE.』は好評ですよ?」 「そうだね、再生数がすごいことになってる」 直臣は苦笑する。 すごいことになって当然だ。だって、トップアーティスト・小比賀晶子が公共の電波を使って宣伝したようなものなのだから。 「でも、あれはどこまでが僕への本当の評価だろうね」 「……」 それはわたしも少なからず思っていた。 そう。もしかしたらわたしはよけいなことをしたのかもしれない。わたしがしたことで直臣は、身の丈に合わないもの、手に負えないものを抱え込んでしまい、それで曲を作るのをやめてしまったのかもしれない……。 でも、わたしはそんな不安を振り払って言う。 「わたしはみんなの目をあの曲に向けさせただけです。それ以上のことはしてません。それでみんながいいと言うなら、それが正しい評価だと思います」 これはたぶん詭弁に近い。 なぜなら、中身に関係なく評価する人は一定数いるから。特にアイドルのファンはその傾向が顕著だ。実際、小比賀晶子はファンを大量に取り込んだアイドルグループによってトップの座から蹴落とされた。『UNDER THE ROSE.』の歌詞を担当した『アキラ』が小比賀晶子であることは少し調べたらわかるし、小比賀晶子が関わっていると知られた時点で多少なりともバイアスがかかってしまう。 それでもわたしはこう言わなくてはならない。 「注目されても、いいものでないと評価はされません。あの曲がいいものだからいいと評価されたんだと思います」 「うん。そうだといいな」 重ねて言うわたしに、でも、直臣はそう言って笑っただけだった。 そんなに懐疑的にならなくてもいいのに、と思った。 程なくして噴水広場が見えてきた。 そして、クレープ屋も。 どんなお店なのかと思えば、小さめのキャンピングカーみたいな車を改装した、移動する屋台のようなお店だった。緑地公園なんかでポップコーンを売っていそうな感じ。それが噴水のそばに停まっていた。 直臣がまるでこの学校の名物であるかのように言っただけあって、そこそこ人気があるらしい。行列こそできていないものの、代わるがわるひっきりなしに学生が買いにきているようだ。 「いらっしゃいませー。どれにしましょう!」 前の女の子四人組と入れ違うようにお店の前に立つと、やけに威勢のいい若いお姉さんが出迎えてくれた。 カウンタは車の側面の高い位置にあって、お姉さんとは見上げるようにして対面している。わたしの目線よりも少し低いくらいのところに小さなショーウィンドゥがあって、そこにクレープを開きにしたようなサンプル模型がメニュー代わりに並んでいた。 「アキラ、好きに選んでいいよ。僕が奢るから」 直臣がそう言ってくれる。昼の埋め合わせのつもりなのかもしれない。昼の分ならこれで十分だけど、これまでずっとほったらかしにされた分の埋め合わせならこれっぽっちじゃ頭金くらいにしかならない。 どちらにしてもここは直臣の厚意に甘えておこうと思う。 こういうスタイルのお店だからかメニューも少ないのだけど、それでも迷ってしまう。 「直臣のオススメはどれですか?」 ショーウィンドウを凝視しながら聞いてみる。 「僕はミックスベリーかな?」 「うーん……」 「お前さ、参考にする気がないなら聞くなよな」 女の子とはそういうものです。 「迷います……」 「どれとどれで?」 「カスタードチョコバナナかいちごダブルクリームにしようと思うんですが……」 定番のチョコバナナか、それともやっぱり定番のいちごにカスタードと生クリームをぜいたくに使ったクレープか。 「ま、よく考えて選ぶんだな。次いつくるかわからないし」 「じゃあ、カスタードチョコバナナで」 ここはやっぱり定番中の定番で。直臣の言う通り今度はいつお店が出るかわからないけど、もうひとつは次の楽しみにとっておこう。 「なら、僕はいちごダブルクリームにしよう」 わたしは思わず直臣を見る。 「あ、あの、直臣、もしかして……?」 「別に。せっかくだからアキラが食べたかったやつを、アキラの横で食べてやろうと思ってね」 「直臣はいじわるです……」 それからわたしたちはそれぞれ注文したクレープを受け取り、お店から少し離れたところで立ったままそれを食べた。 「美味しいです」 「だろ? 有名どころには負けるけど、大学構内で食べられるものにしてはなかなかの味なんじゃないかな」 たぶんこの美味しさの中にはいろんな補正が入っているに違いない。キャンパスの中で買えるとか、月に一、二回くらいしかこないとか、学生向けのせいか値段もリーズナブルだとか、そんなお得感だ。 幸せにひたりながらクレープを食べていると、 「アキラ」 と、直臣。 彼を見ようとしてまず最初に目に入ってきたのは、突き出されたクレープだった。 「こっちも食べたかったんだろう?」 きょとんとしているわたしに、直臣は続ける。 「いいんですか?」 「そりゃあそのつもりで買ったからね」 「もぅ」 ちょっと照れくさそうに言う直臣に、わたしは頬をふくらませる。それだったら最初からそう言ってくれたらいいのに。まぁ、わたしもたぶんそうだろうとは思っていたけど。直臣はこういうところは気が利くのに、もうちょっと踏み込んだところ――もっと会いたいとかふたりきりがいいとか、そういうところになるとからっきしだ。 差し出されたクレープを見る。直臣はまだひと口しか食べていなかったらしく、かじっていないところがわたしに向けられていた。 「じゃあ、少し」 「あ、おい」 でも、わたしはあえて直臣が口をつけたほうをぱくり。いわゆる間接キス。直臣が焦ったような声を上げた。 「直臣、どうかしましたか?」 「い、いや、別に……」 「そうですか? ……あ、こっちも美味しいです」 わたしは気づかない振りで、そして、心の中で舌を出しつつ、感想を口にした。本当に美味しい。 「じゃあ、直臣にも。お返しです」 今度はわたしの番。 持っていたカスタードチョコバナナのクレープを直臣に差し出す。因みに、わたしはあまりの美味しさにもうふた口も三口も食べていたので、無事な(?)部分はない。 「僕はいいよ」 「ダメです」 わたしはきっぱりと言い切って、クレープをずいとさらに突き出した。……ちゃんと『わたしの』ももらってもらわないと。 そもそも――考えてみれば、さっきのクレープだって直臣の狙い通り彼が口をつけていない部分をわたしが食べたところで、どうやってもその後に直臣がそこを食べることになるのだ。 しかも、その場合、自分だけ間接キス。 それはずるい。 「何度も食べてるんだけどな」 当然、直臣はこれが間接キスになることは理解していて、わたしがそれをわかってやっていること、引かないであろうこともわかったのだろう――やれやれといった感じで、わたしのクレープをひと口食べたのだった。 わたしはそれを見て満足する。が、お腹のほうはまだ満足していなかった。 「直臣、もう少しほしいです」 「いいけど、僕はもういらないからな」 そうしてまた直臣に食べさせてもらう。 こうやってお互いのクレープの食べさせ合いをしていると恋人同士になったような気分になる。……このまま気分だけじゃダメって思うけど。 「まったく。なんか動物にエサをやってる気分だな」 「ちゃんと面倒を見ましょうって言われませんでしたか?」 去年の夏、わたしは直臣に拾われたのである。にゃあ。 「生憎と僕は犬や猫を拾ったことはなくてね、そんなことを言われた覚えはないよ」 「じゃあ、なんでわたしを拾ったんですか?」 「そりゃあ、お前が犬や猫じゃなくて人間だからだろ。家出少年がいたから助けられる範囲で助けようと思った。それだけだよ」 まさかあんなに長居されるとは思わなかったけど、と彼は苦笑した。 この際だから、犬や猫じゃなくてもいいので、その家出少年転じて家出少女を最後まで面倒みたらいいのにと思う。 直臣は自分のクレープを見――、 「……」 一瞬考えてから、それを口に運んだ。 今さら何を間接キスくらい躊躇っているのだろう。わたしのクレープでもうしているし、それどころか本当のキスだってしているのに。 「いいかげん口の中が甘くなってきた。やっぱり飲みものなしじゃきついな。……アキラ、戻ろうか」 「はい」 わたしたちはきた道を逆に辿り、ライブラリーカフェへと戻る。 直臣と並んで歩く。 手にはクレープ。 まるでデートだ。 思い返せば、あの夏もデートなんてしたことがなかった。わたしが男の子を装っていたから当然なんだけど、ふたりで行ったところと言えば学校とか電気屋街くらいで、目的があって出かけはしても、遊びにいくという目的で出かけたことはなかった。 だいたいは家にこもりっきり。 最後のほうは特に。 それでもあのころのわたしと直臣に戻ったようで、 わたしの心もまた直臣と一緒に過ごした夏に戻るのだった――。 2015年10月3日公開 |
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