「今週の土曜日、あいてるだろうか」 唐突に藤間くんにそう言われたとき、わたしは思わず二、三度、目を瞬かせてしまった。 「あら、珍しい。どこか誘ってくれるの?」 「不本意ながらね」 でも、態度は相変わらず。 「それで、どこに?」 「ここだよ」 と、ブレザーの内ポケットから取り出したのは二枚のチケット。 チケットがいるところとなると……映画? 遊園地? プール……は、ないわね。藤間くんの性格からして。 わたしは差し出されたチケットを受け取った。 そこに書かれていたのはハロウィンパーティの文字。どことなくホラーハウスを連想させるロゴになっている。これを見てようやく土曜日は十月三十一日で、ハロウィンだったことを思い出す。 いったいどこが主催しているパーティだろうかとチケットをよく見てみれば、隅には私立愛華女子高等学校と書かれていた。 「……藤間くん、これをどこで?」 入手経路が謎だ。 愛華女子と言えば有名なお嬢様学校。当然、普段から外部の人間が入れるものではないし、学園祭のようなイベントでも生徒に何枚か配られる招待券がないと入場できないと聞く。 「もちろん、切谷さんだよ」 「ああ、そういうことね」 切谷さんは藤間くんの異母妹だ。彼女が愛華女子に通っていることは初耳だったけど、それを聞いて納得した。 裏返してみれば自署欄には、切谷依々子、とすでに彼女の名前があった。達筆だ。字は妙に和風で、筆を持たせたらさぞかし素晴らしい書をしたためるのではないだろうか。彼女も藤間くんと同じで何でもできる子なのかもしれない。 「必ずこい。ただし、絶対に槙坂先輩もつれてこいと言われてるんだ」 「ずいぶんと面倒くさいことを言われたものね」 尤も、気持ちはわからなくもない。 「あなた、絶対に父親似よね」 奥さんのほかに三人も愛人をつくった父親の血を引いているのかと思うと心配でならない。実際すでにその片鱗をみせつつある。 「いや、僕は母親似だが? 前に僕の目の話はしただろ。というか、なんで今そんな話になる?」 こちらの不安は露ほども伝わらなかったようで、藤間くんは本気で首を傾げていた。 ともあれ、せっかくのデートのお誘いを断る理由はなく、わたしは一緒にお嬢様学校のハロウィンパーティに行くことに決めたのだった。 そうして当日。 土曜日は学校がないので、藤間くんとは外で待ち合わせをした。愛華女子のパーティ会場は午後五時の開場。わたしたちはほぼその時間に校門に到着した。 「Happy Halloween!」 そこでは受付の女の子がふたり、さっそく魔女の恰好で出迎えてくれた。 「愛華へようこそ。招待券を拝見させていただきます」 言われて藤間くんはチケットを二枚差し出す。 受付の女の子は受け取ったそれを、まずは表面を確認し、続けて裏面の自署欄に目をやり――瞬間、「え?」と小さな声を上げた。さらには隣の子までそれを覗き込み、驚いたように目を丸くする。 「あの……切谷さんとはどういう……?」 やがて顔を上げた彼女たちはおそるおそる、しかし、どこか期待するような様子で藤間くんに聞いた。 「僕? ひと言で言うにはちょっと複雑でね」 「何が複雑よ。兄妹でしょ。ちゃんと言いなさいよ」 そこに言葉をかぶせ気味にして現れたのは、当の切谷さん。 彼女は黒のセーラー服にやはり黒のサイハイソックスという、何度か見たことのある制服姿だった。相変わらず妙に色気のある脚だ。今日は学校が休みだろうけど、学校にくる以上制服かイベントに合わせて仮装するかの二択になるようだ。 「やあ。わざわざ迎えに出てきてくれたんだ」 「こんにちは、切谷さん。今日は楽しそうなイベントに呼んでくれてありがとう」 これは社交辞令ではなく本心だった。このところ日本でも毎年のようにハロウィンが取り沙汰されていて、日本式のハロウィンがいよいよ定着しつつあるようだ。けれど、そのわりにはわたしの周りにはそれらしきイベントはなく、どことなく自分とは縁のない行事のように感じていた。そんなときにここの招待券が舞い込んできたので、大袈裟ではなく今日の日を楽しみにしていたのだった。 「お礼を言うのはこっちのほうだわ。真ひとりでこさせるのは心配だったの。つき合わせて悪いわね」 「……やっぱり僕はそういう認識なんだな」 わたしたちのやり取りの横で藤間くんが苦笑いをこぼす。。 「切谷さんのお兄さんだったんですね」 そんな彼に声をかけたのは先ほどの受付の女の子。 「私たち彼女のクラスメイトなんです」 「よかったらメアドおしえてもらえませんか? 今度連絡しますから」 目を輝かせて言う彼女たち。何というかすごい喰いつきようだ。女子校故の出会いの少なさからか、それとも同じ理由からくる単なる怖いもの知らずか。 対する藤間くんはというと。 「悪いけど、それはちょっといきなりだね」 と、ここまではいい。 「でも、僕は二度目の縁は大事にしててね。どこかで見かけることがあったら遠慮なく声をかけてくれたらいいよ。そのときは……うぐっ」 隣にいたわたしは彼の言葉が終わるのを待たず、肘を脇腹にめり込ませる。それと同時に怪しげな流れを鋭く察したのか、切谷さんもいつの間にか藤間くんの横にきていて、反対側から肘打ちを入れていた。両側から肘鉄を受けた藤間くんは、お腹をおさえ、受付のテーブルに手を突く。 そして切谷さんは、続けてキッとわたしを睨むと、 「あなた、ちゃんと見ときなさいよ。何のために一緒にきたのよ」 「……」 さすがに今のは止められないと思うのだけど。 そもそも藤間くんは面白ければ危険物でも招き入れてしまうたちなのだ。例えナンパ目的で女の子が声をかけてきても、とりあえず最初は肯定的に応対してしまう。わたしとしては頭の痛いところだけど、だからこそわたしたちは互いに惹かれ合ったに違いない。わたしが裏表のない『槙坂涼』だったら見向きもされなかっただろう。 「あなたたちもよ。そこに彼女らしきものもいるでしょうが」 「えー、だって……」 切谷さんに怒られても尚、彼女たちは藤間くんが気になるようだった。 「……」 それは兎も角、彼女らしきものとはわたしのことだろうか。さっきわたしを怒鳴りつけたことと言い、この言いようと言い、さすが藤間くんの妹だと思う。 「会場に案内するわ。ついてきなさい」 くるりと踵を返す切谷さん。 お腹をおさえながらついていく藤間くんに続き、わたしも歩き出した。 「切谷さん、君は普段どういう扱いを?」 会場である体育館へ向かう最中、藤間くんが先導する切谷さんに聞く。 「……」 「切谷さん?」 が、なぜか黙ったままの彼女に、藤間くんは重ねて呼びかけた。 「……別に。私、自分のことあんまりしゃべらないから。それで興味もったんじゃない」 なるほど。この容姿で寡黙なら、さぞかしミステリアスだろう。 「あと、」 と、そこで彼女は立ち止まり、こちらを振り返った。当然、わたしたちも足を止める。 「真、いいかげんその言い方やめて。妹に対する呼び方ってものがあるでしょ」 「……」 言い放ったのはそんなこと。 思わずわたしたちが言葉を失くしていると、彼女はうっすらと頬を赤くして、ぷいと顔を背けるようにしてまた前へと向き直った。 再び歩き出す。 「今の、どういう意味だろうか」 口を手で覆い、小声で聞いてくる藤間くん。 「いちおう兄妹なんだし、そろそろ苗字で呼ぶのやめたら?」 「……それはまた難しいな」 そして、彼は言葉通りに難しい顔をするのだった。 その女、小悪魔につき――。 2015年11月4日公開 |
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