会場は立食パーティの形式だった。尤も、テーブルの上に並んでいるのは料理ではなくお菓子やジュースなので、どちらかと言えば茶話会の延長みたいなものだろう。
 その一方で、茶話会とは程遠い部分もある。
 参加者の半数くらいが何らかの仮装をしているのだ。先ほど受付で見た魔女のようにハロウィンらしいホラーっぽいものもあれば、ぜんぜん関係ないキャラクタものの恰好をしている子もいる。さながら仮装大会で、しかも、テーブルのない広いところでは互いに写真を撮り合ったりもしているのだった。
 ハロウィンってこんな行事だったかしら? と思わなくもないけど、きっとこれが日本式のハロウィンなのだろう。
「あなたはああいう仮装はしないの?」
「……するわけないでしょ」
 まぁ、年に一度くらいこんな日があってもいいのかもしれない――と思いつつ切谷さんに聞いてみれば、ばっさりと一蹴されてしまった。
「でも、参加はするのね」
 なんだかんだ言いつつもこうしてここにいるのだから、完全にそっぽ向いているわけでもないのだろう。
「別に」
 と、切谷さんは持っていたジュースを呷った。
「毎日つまらないつまらない言ってても変わらないし、少しくらい面白いかもと思ってきてみただけ」
「そう」
 わたしは彼女に気づかれないよう小さく笑う。どことなく藤間くんに似た発想だと思ったのだ。やはり兄妹だからだろうか、それとも彼の影響か。
「あなた、共学にいたらすごくモテそう」
 和風の美人で、あまり自分のことを語らないからミステリアスで。こんな子がそばにいたら男の子は放っておかないだろう。
「……」
 しかし、わたしとしては褒めたつもりだったのに、彼女はちらとこちらを見――ため息を吐いた。
「わたし、変なこと言った?」
「……言っとくけど、そういうの共学じゃなくてもあるのよ」
 とても面倒くさそうに言う切谷さん。何やら余人にはわからない悩みがありそうだった。
「ところで、藤間くんは?」
 あまり触れてほしくないようなので、話題を変えることにする。美人だとかモテるだとかいった話は、人によっては苦手だろう。『槙坂涼(わたし)』の場合は笑顔でお礼を言うことを覚えてしまったけど。
 それにしても藤間くんはどこにいったのだろう。さっきまでそばにいたと思ったのに。
「真なら……ほら。そこでまた新しいのにつかまってるわ」
 と、切谷さんがすっかり諦めきった顔で、少し離れたところを顎で示す。と、そこには何人かの女の子と話をする藤間くんの姿が。
 切谷さんがそんな顔になるのもわかった。今のわたしもきっと同じ顔をしているに違いない。……まったく。相変わらずコミュニケーション能力の高いこと。呆れるやら感心するやら。
「あの……」
 彼を眺めていると、不意に呼びかけられる。制服姿の二人組の女の子だった。
「もしかして明慧の槙坂さんではないでしょうか?」
「ええ、そうだけど?」
「やっぱり!」
 ふたりはそれぞれ手を叩いて表情をぱっと明るくさせ、互いに顔を見合わせた。動きが見事にユニゾンしている。きっと似たもの同士の友達なのだろう。
「ごめんさい。どこかで会ったことあったかしら?」
 喜んでいるところ悪いが、わたしには見覚えがなかった。
「いいえ。でも、噂は聞いてます。明慧大附属高校にすごく美人で大人っぽい方がいると。そちらにまで見にいった子もいるんですよ」
「そ、そうなのね……」
 今のところそういう女の子に出くわしたことはないのだけど。もしかしたら見にいくときは気づかれないように、なんてルールがあるのかもしれない。
「私たちもいつかはと思っていたのですけど、こうしてお会いできて嬉しいです」
 ふたりは感極まったのか、ずいと一歩距離を詰めてきた。思わずわたしは軽く仰け反る。なるほど。これが女子校のノリというやつだろうか。
「ところで、立ち入ったことを聞くようですが、もしや切谷さんのお兄様とおつき合いされてるのですか?」
「ええ」
 わたしにとっては未知の事実と行動が立て続けに繰り出されてきて面食らったけど、そこはまぎれもない真実なので自信をもって肯定する。
「まあ!」と歓声を上げて、またも顔を輝かせるふたり。切谷さんがどういう立場でどういう扱いを受けているかはわからないけれど、彼女の兄と槙坂涼が交際しているというのは、このふたりには喜ばしい展開のようだ。
 せっかくなのでサービス。
「いずれは依々子さんの兄嫁という立場になるのかしらね」
「「「えっ」」」
 今度は驚きの声。その中には切谷さんも混じっていた。
「じゃ、じゃあ、結婚を前提におつき合いを?」
「素敵!」
 どうやらわたしのひと言は、見事彼女たちの乙女心を射抜いたようだ。
 それから少しばかり話をし、彼女たちは至極感激した様子で去っていった。
「はぁ……」
 聞えよがしなため息が、切谷さんの口からもれる。彼女は文句言いたげな顔でわたしを見据えていた。
「私、あなたを真のブレーキのつもりでつれてこさせたんだけど?」
「あら、『槙坂涼(わたし)』はどこに行ってもこんなものよ?」
 実際に文句を言われたが、わたしはしれっと返す。
「失敗したわ。根掘り葉掘り聞かれそうなネタがふたつも増えるなんて……」
 頭を抱える切谷さん。
 しかし、ふと何かを思い出し、聞いてきた。
「ところで、真が誰かと結婚したら、私とはどういう関係になるのかしら?」
「さぁ。あなたのところは複雑すぎるから」
 腹違いの兄の配偶者とはまた面妖な。いちおうそれでも義理の姉ということになるのだろうか。
「……」
 ということは、つまり……?
「仲よくしましょうね?」
「うるさい黙れ」
 ぴしゃりと言われてしまった。
「どいつもこいつも。つくづくおかしな家庭環境に生まれたと思うわ」
 そして、また深々とため息を吐く切谷さんだった。
 
 ハロウィンパーティは午後七時までで、わたしたちは結局最後までいた。
 ――今はその帰り道。
 わたしはすっかり暗くなった夜道を藤間くんと一緒に歩いている。
 切谷さんはここにはいない。まだ学校に残っているのだ。別れ際、「つき合いがあるのよ」と実に面倒くさそうに言っていた。
「最後、キレ気味だったんだが、何かしたのか?」
「何かあったのか、とは聞かないのね」
 わたしだけに責任をかぶせないでほしい。半分は藤間くんのせいでもあるというのに。
「でも、楽しかったわ。わたし、ハロウィンのイベントは初めてだったから。誘ってくれてありがとう」
「それは重畳」
 と言う藤間くんの声はとても平坦だった。
「あなたはそうでもなかった?」
「悪いね。こういう物言いしかできないんだ。これでも楽しんだつもりだよ」
 確かに藤間くんが興奮冷めやらぬ様子で「楽しかった!」なんて言っているところは想像できない。この子は終始この調子なのだろう。特にわたしの前では生の感情を見せたがらないし。
「そう。ならよかったわ。……そうだ。せっかくだから藤間くんの家で続きといきましょうか」
 まだ七時を過ぎたばかりで、どうせ明日は日曜日なのだし。
「続きねぇ。いったい何するつもりだ? 仮装でも……ああ、そのままでも十分魔女か」
「ひどいわね」
 本人の言う通り、こういう物言いしかできないのが藤間くんだ。
 でも、いやとは言っていないので特に異論はないのだろう。尤も、パーティの続きをすると言っても、帰って一緒に夕食を食べるくらいのものだけど。
 どうせならお望み通り魔女にでもなってみせようかしら。
 男の子を誘惑する魔女とか、お菓子をもらっても悪戯しちゃう魔女とか。
 
 
 
その女、小悪魔につき――。
 
 2015年11月8日公開

 


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