ドリーム・フラグメント――
 
 それは日本最大級のオールジャンル同人誌即売会。
 春と秋の年2回、各2日間行われ、延べ入場者数はン万人とも言われる。
 
 会場となるのは多目的催事施設『ハイブリッド・アーク』。
 施設内部では様々なジャンルの同人誌の売買が為され、
 屋上庭園ではコスプレイヤやネットアイドルが、ファンとの交流会・撮影会を行う。
 
 そこには多種多彩な人々の悲喜交々があり、
 それはもう、てんやわんやのお祭り騒ぎ。
 
 まさにドリーム・フラグメント(夢の欠片)なのである――
 
 
 

第1話 01-春 「なに、あの人……?」
 
scene1:春のドリームフラグメント前日
 
 追い込みかかってます(泣 投稿者:鈴子@管理人  投稿日: 5月2日(火)20時49分51秒
 
 も、もう明日なのか……(汗
 今必死こいてコピー本折っている鈴子@管理人です。
 
 >南雲さん
 は〜い、遠慮なくいらしてください。お待ちしてますので。
 ……はっ、凄い格好いい殿方だったらどーしましょ!?
 
 わ、私の顔見て帰らないでくださいね。
 って、もう家を出てますね、きっと。
 
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 今日出発です 投稿者:南雲  投稿日: 5月2日(金)13時22分27秒
 
 春ドリ、もう明日ですね。
 さすがにうちからだと朝一番に出ても間に合わないので、今日の夕方に出発、上京です。
 
 鈴子さん、約束通りスペースへ遊びに行きますので、
 どうぞよろしくお願いします。
 
 鈴子さんのサイト『鈴子の瞳』の掲示板を見て、わたしは改めて世間は春ドリ一色なんだと思った。
 いや、まぁ、“世間”と言っても極々狭い範囲なのだけど。
 知らない人はその存在すら知らないし、知っていても無関心なら「また変な連中が騒いでる」と偏見に満ち満ちた冷ややかな目を向けてくる。逆に、関係のある人種にとっては右へ左への大騒ぎ。年に2度の祭典は、終わる頃には燃え尽きそうな勢いで、数日前から盛り上がっている。
 かく言うわたしも、このために生きているような節があって、今は遠足を前にした小学生に似た気分だ。だから、その浮かれ気分に任せて、今日くらい書き込みをしてみようと思った。
「『明日はがんばります』っと……」
 文章を打鍵し終わって、書き込みボタンをポチッと。
「ふぅん。この南雲さんって人は、今日のうちに家を出てるんだ。遠い人は大変だ……」
 
 迷ってます 投稿者:優希  投稿日: 5月2日(火)21時23分41秒
 
 明日は何を着ていこうか一日中迷っているのに、まだ決まっていない優希です。
 
 >鈴子さん
 本当ですね。気がつけばもう明日で、驚きました。
 他人様のところで売り子なんて初めてだから緊張してます。
 ポカしないようにしないと……。
 明日はがんばります。
 
 普段はこういう目立つことはしないようにしているのだけど、今日は特別ということにしておこう。
 わたしは『ネットアイドル』という、いまいち定義がよくわからない肩書きで呼ばれることがある。
 ことのはじまりは、わたしがファッションメインのサイトを立ち上げたことにはじまる。サイトでは生来の着道楽が高じていろんな服を着た写真を公開していた。こういうことを言うと嫌味かもしれないけど、幸い容姿の方はよくかわいいと言われるので、多少の自信はあった。というよりは、ある程度の自信と自己顕示欲がないと顔なんか晒せない。
 それでいつの間にかそれなりに話題になり、インターネット関連の雑誌にサイトが取り上げられたり、インタビューを受けたり、等々……。気がつけばわたしには『ネットアイドル』なんて肩書きが時々つくようになっていた。ネットから離れたら限定条件下でのみフットワークが軽くなる、半分引きこもりの専門学校生なのだけど。
 こういう半端に有名な立場なので、掲示板には滅多に書き込まない。
「それでも交流の方法なんていくらでもあるのが、ネットのいいところかな」
 などとのたまってみる。
 兎にも角にも、優希は明日、戦場へ赴きます。
 
 
scene2 春のドリームフラグメント 1日目
 
 当日は朝から修羅場だ。
 日の出前から多くの人が会場であるハイブリッド・アーク(以後、アークと呼称)入りしたり……というか、すでに前日からの徹夜組がいて、午前10時の開場とともに、皆いっせいに走り出す。中にいた人たちは大手サークルへ。外の一般入場者は、兎に角、まずは中に入ろうとスタッフの誘導に従いつつも、大急ぎで会場内へ。この辺の光景は絵にも描けないし、活字でも書き表せないので省略しておこうと思う。
 
 午後2時――
 朝からずっと売り子をしていたわたしは、テキトーなタイミングを見てトイレへ行くため席を外した。ひとつのサークルに与えられるスペースは狭く、長机半分。そこに椅子を2脚もおけばもう目一杯だ。そして、今、その椅子にはふたりの女の子が座っていた。
 ひとりはここの主、鈴子さん。張った顎が特徴の、知的な雰囲気のする女の人。『鈴子』はネットで使うハンドルネームで、わたしとはネット上で知り合った仲だ。住んでいるところが遠いのでこうしてこのイベントでしか会えないけど、手紙と電話でやり取りをしているので仲の良い友達と言える。わたしよりも遙かに年上、バリバリの社会人だ。
 今回、わたしは残念ながら抽選漏れしてサークル参加できなかったので、こうして間借りさせてもらっている。
 もうひとりの小柄な女の子は彩ちゃんと言って、高校時代からの親友だ。いろんな趣味が共通していて、遊ぶときはたいてい一緒にいる。
 そして、スペースの前には数人のお客さん。半分は鈴子さんを訪ねてきた人で、残り半分は純粋に同人誌に目が止まって見ている人だろう。いちおーわたしの本も置いてあるけど、あまり評価は高くない。……どうせ趣味だから、別に寂しいとか思わない。ええ、思いませんとも。
 さて、スペースへ戻ってきてみると、わたしが席を立つ前と少しだけメンバーを変えて、相も変わらずスペース前のお喋りが続いていた。普段ネット上でしか交流のない人間が集まる――これもイベントの醍醐味のひとつかもしれない。
「あ、ユンちゃん、おかえり」
 鈴子さん(名古屋在住大阪人)が迎えてくれた。
「お客さん増えました?」
「嬉しいことに」
 と、にんまり笑う鈴子さん。
 わたしはスペースの中に入りつつ、その面々を見た。
(……ん?)
 その中にひとり、わたしの目を惹く人がいた。
 第一印象は『ここにいるのがちょっと不思議な人』だった。と言うのも、その人はこういうイベントに足を運ぶタイプに見えなかったからだ。ましてや、朝早くから会場にきて精神高揚状態で何時間も並んでいるとは考えられない。要するに普通の人だ。
 容姿なんかをもう少し詳しく言うと、顔はシャープな感じでけっこう格好いいし、服のセンスも良い。胸のポケットにサングラスを差してあるけど、ちょっとかけて見せて欲しくなる。ぱっと見、アーティストっぽくて、平日はギター片手に作曲、週末は仲間と一緒にライブハウスでクールに弾けてます、と言われても納得しそうだ。
「あ、その人、南雲さんね」
 わたしが注目しているのに気づいて、鈴子さんがおしえてくれた。ついでに、わたしのために席を立ってくれた。2脚の椅子にはわたしと彩ちゃんが座り、鈴子さんが後ろに立つ格好だ。
 南雲?
「あぁ」
 そうか。この人が昨日の見た書き込みの人か。
「えっと、あの、はじめまして」
 座ったままお辞儀して挨拶。すると南雲さんは、「どうも」と軽く頭を下げた。ちょっと温度低めの声がなかなかセクシィだ。
「南雲さん、こっちはユンちゃん……優希ちゃんね」
 鈴子さんは、今度はわたしを南雲さんに紹介してくれた。
「で、南雲さん、どう?」
 鈴子さんが反応を期待するように訊いた。
「どう、と言いますと?」
「ナマ優希ちゃんやねんけど?」
 わたしも南雲さんの反応が気になって、思わず答えを待ってしまう。
「……」
「……」
「……」
 でも、沈黙。
「えっと……もしかして、ネットアイドルって、知らへん?」
「……すみません。そういうのあまり興味がなくて……」
 と、謝るのを聞いて、わたしは密かに肩を落とした。あと、今さらだけど、自分でも疑問を持っている肩書きで他人から紹介されると、けっこう恥ずかしいものがあると思った。
 まぁ、興味がなかったらそんなわけのわからない人種のことなんて知らなくて当たり前。近づいてくる人は皆、わたしだと知って寄ってくるからなんとなく知名度が高いように錯覚していたけど、こうして偶然会った人に知らないと言われて、初めて自分が狭い範囲での有名人だったんだと認識した。ちょっとがっくり。
 そこでこの話は終わり、別の話題へと切り替わった。
 それからわたしはしばらく南雲さんを観察していた。一見低気圧で取っつきにくい感じがあるけど、既にネットの上で交流のある鈴子さんと話しているときはそうでもなかった。別に熱く語ったり、会話を盛り上げたりはしないけど、淡々と言葉を継いでいく。なるほど、一定以上の社交性は持ち合わせているらしい。
 それにしても、ほら、アレだ。わたしもここにいる以上同じ趣味の持ち主なんだから、何か話題を振ってくれていいと思うのに、一向にわたしと言葉を交わそうとする気配がない。あなたは男としてかわいい女の子とお近づきになりたいという本能的欲求はないんですかと。
 などと、ちょっとむっとしていたりすると――、
「そろそろ失礼させてもらいます。スペースの前で長居するのもどうかと思いますので」
「は?」
 素っ頓狂な声を上げて反応したのは、鈴子さんではなくわたし。
「あ、そう?」
 鈴子さんも驚き気味。当たり前だ。話が途切れたと思ったら、前触れもなくお暇を切り出してくるのだから。
「今日はお会いできてよかったです、鈴子さん。それから――」
 と、わたしに視線を移す。
「……」
「……」
「……」
 ちょ! さっきの今で、もうわたしの名前忘れたのかっ。
 そして、何ごともなかったかのように「それじゃあ」という、とてつもなく簡潔、且つ、簡略化された挨拶でもって南雲氏は去っていった。
「なに、あれ……」
「さあ……?」
 わたしのつぶやきに応えて、隣にいた彩ちゃんが首を傾げた。
 突然わたしははっと我に返り、彩ちゃんに向き直って、その肩を掴んで揺さぶった。
「普通さ、別れを惜しんだりするものだよねっ。そうでなくても『また次の機会に』とか、『またネットで』とか、社交辞令でも言うものだよねっ。ねっ!?」
「う、うん。そ、そうかも」
 わたしの勢いに圧倒されたのか、首をがっくんがっくんさせながら同意する。何か無理から言わせているような気もしないでもない。
「まあ、ええやないの。南雲さんにとってはネットで会うのは言うまでもないくらい当然のことなんかもしれへんし」
「そういうものですかぁ……」
 けれど、わたしの中には釈然としないものが残った。
 
 
scene3 春のドリームフラグメント 2日目
 
 多目的催事施設『ハイブリッド・アーク』 屋上庭園――
 冒頭でも言った通り、ここはコスプレイヤやネットアイドルなどの、一般人以上芸能人以下の、ちょっとした有名人との交流の場に使われる。最大の利点はアーク内部では禁止されている写真の撮影が可能なこと。だから、コスプレや衣装のお披露目とその撮影が主になってくる。
 そして、本日のわたしの活動場所もここである。
 昨日は大人しめの格好だったけど、今日のわたしはひと味違う。真っ白いワンピースに、膝丈のスカートの下には、これまた真っ白いブーツ。かなり白ロリ気味のスタイル。こんな場所じゃなかったら確実に浮く。街中で見たら十人中九人までが振り返るであろうこと間違いなしだ。
 そんな格好でわたしは、奇特なファンや好みの被写体を探しているカメラマン相手にモデルになる。
(れ……?)
 ふと、わたしを囲む半円形の人壁の中に知った顔を見つけた。
「あ、彩ちゃん、カウントお願い!」
「え? あ、うん。すいません、カウントいきまーす。10、9、8……」
 カウントというのは撮影終了の合図のこと。カウントがゼロになったらそれ以上は撮らないのがルールだ。主に休憩、撤収、場所移動に用いられる。
「3、2、1、0! はーい、終了でーす」
 テンカウント数え終わるとフラッシュが止み、人壁が崩れた。再開を待つ人、次の被写体を求めて移動する人、遠巻きにこちらを窺ってる人――様々だ。そして、先ほどわたしが見つけた人も知らん顔でどこかへ行こうとしていた。おい、こら。ちょっと待たんかい。
「あ、あの、南雲さん!」
 わたしは慌てて呼びかける。
 そう、その人は昨日会ったばかりの南雲さんだった。昨日とは違って今日はサングラスをかけていたけど、見間違えたりはしない。
 声をかけると、わたしと南雲さんの間に立っていた人たちが脇に寄り、モーゼよろしく道が開けた。そこを通り南雲さんが寄ってくる。
「どうも」
 昨日に続いて簡潔、簡略な挨拶。クールにして礼儀正しい。まあ、それはいいとして――
(相変わらず……)
 南雲さんというのはここの雰囲気にそぐわない人だ。芸能人がかけていそうなスタイリッシュなサングラスのせいで余計に周りの人とはベクトルが違って見える。
「今日もきてたんですね」
「むしろ今日がメインです。友人が参加していて、その手伝いです」
 へえぇ。この南雲さんに同人活動やってるような友達がいたんだ。こう見えて交友関係が広いのかもしれない。
「手伝いなのにこんなとこにきて大丈夫ですか?」
「暇ですから。それでちょっとここまできたのですが、まさか貴方がいると思いませんでした」
「わたしもどちらかというと今日のここがメインです……っていうか、わたしのこと見つけたんだったら、声をかけてください」
 頬を膨らませて、ちょっと怒ったように言ってみる。すると南雲さんは少し考え込む素振りを見せてから、
「そういうのものですか?」
 と、聞き返してきた。
「そういうものだと思います。知らない仲じゃないんですから。昨日初めて会ったばかりでも、こういうとこからはじまるんだと思います」
 わたしの言葉で南雲さんはまた黙り込んだ。理解できないことを聞いたときのような、それでいて少し寂しげな表情だった。
 今度はいくら待っても次の言葉は出てこなかったので、わたしは話題を変えることにした。
「昨日から気になってたんですけど、そのサングラス格好いいですね。南雲さんに凄く似合ってます」
「そうですか?」
「はい! ……ちょっと貸してください」
 そう言ってから南雲さんの顔に手を伸ばす。ちょっと驚いていたけど、嫌がるふうでもなかったので、そのまま拝借。かけてみると耳の上に当たる弦の部分に南雲さんの体温が残っていて、何だか照れくさかった。
「どう、似合います?」
 彩ちゃんと南雲さんに感想を求める。
「どうだろ。その服じゃ微妙なところかも」
「昨日のラフな格好ならよかったかもしれませんね」
 とのこと。
「彩ちゃん、写真撮ってー」
 せっかくなので記念写真を残しておくことにする。似合おうが似合うまいが気にしない。似合わない姿を見て後で笑うのも、それはそれで楽しいものだ。彩ちゃんの持つデジカメでポーズと角度を変えて2、3枚撮ってもらう。
「そろそろ返してもらっていいですか。俺、目が弱いので」
 そこで初めて、南雲さんが目の上に掌を当てて日差しを遮り、眩しそうに目を細めているのに気づいた。
「あ、す、すみません……」
 慌ててサングラスを差し出すと、南雲さんはそれを受け取り、かけ直した。わたしは、南雲さんのことも考えないではしゃいでいた自分が急に恥ずかしくなった。これでは新しい玩具を手にした子どもだ。
「そうだ、南雲さん。優希ちゃんとのツーショット、いいですか?」
 彩ちゃんがデジカメを示しながら言った。きっとシュンとなっていたわたしに気を遣って、新しい話題を提供してのだろう……って――、
「ええっ!?」
 驚いたのは南雲さんではなくわたしの方だった。
「いや、南雲さんと優希ちゃんのツーショットって、けっこう絵になる気がして。優希ちゃんはいいよね、撮られ慣れてるから」
 わたしはデフォでオッケーらしい。まあ、そういうのを頼まれることも多いから慣れているのは確かだけど。
「南雲さん、いいです?」
 もう一度、彩ちゃんが打診する。
「別にかまわないですよ。でも、写真は個人で楽しむだけにしておいてください」
「あはっ、優希ちゃんと同じこと言ってますね。……了解でーす」
 彩ちゃんはよくわたしの写真を撮りたがる。サイトに載せているプライベートな写真の八割は彩ちゃんが撮ったものだ。
「南雲さーん、観光地の記念撮影じゃないんだから、適当に動きつけないと」
 いざ撮りはじめるといろいろと彩ちゃんの指示が飛ぶ。意外とカメラマン気質だ。
「いや、俺、そういうのは……」
「仕方ないですね。じゃあ、力抜いて自然に立っているだけでいいです。優希ちゃんの方で上手くやって」
 そんなこんなで何とか一枚撮れ、デジカメの液晶を覗いて確認してみる。撮られ慣れてないせいで南雲さんが少し緊張気味なのが惜しいけど、それなりの一枚だ。後でデータを貰っておこう。
「さて、そろそろ撮影再開といきますか。皆さん待ってくれてるし」
「がんばってください」
「ありがとうございます。ちょっと行ってきますね」
 南雲さんに見送られながら前に出る。わたしが撮影再開の意志を見せると、すぐにカメラを持った人たちが集まり、半円形の人壁ができた。こういう状況はモデルとしての人気を示しているようで、素直に嬉しいと感じる。気をよくして写真を撮られるのを楽しんでいると、正面の人壁の中に南雲さんの姿が見えた。
(何であんなところにいるんだろう……?)
 彩ちゃんと一緒に後ろにいたはずなのに――と心の中で首を傾げていると、南雲さんの口が動き、
「それじゃあ」
 と、無声音ではっきりと告げた。
「え……?」
 軽く片手を上げてから、南雲さんは踵を返して人混みの中に消えた。
「彩ちゃん、カウント! 早く!」
「う、うん。カウント、行きます! 10、9……」
 突然のわたしの指示に応えて、彩ちゃんが慌ててカウントをとりはじめる。早く、早く――それをわたしはもどかしい思いで聞いていた。
「3、2、1、0! すいませーん、終了でーす」
 合図と同時にわたしは南雲さんの消えた方向に駆け出した。けれど、ゆっくり数えたテンカウントの後、しかも自分のペースで歩くことすらできない人混みの中では、追いつくどころか姿も見つけられなかった。
「なに、あの人……」
 思わず立ち尽くす。
 昨日も言ったことだけど、こんなにあっさり帰る、フツー!? もうちょっと、こう、何かあってもいいと思うんですけど!?
「もう、何なの、あの人ー!」
 わたしは人目も憚らず大絶叫した――。
 
 
scene4 春のドリームフラグメント翌日
 
 5月3〜4日
 ついに待ちに待った春ドリですっ。
 
 ===中略===
 
 と、まあ、いいことずくめ楽しいことずくめの2日間でしたけど、ひとつだけ不満が……。
 ロクな挨拶もせずにさっさと帰ってしまった誰かさん。あれだけは許せませんね。ええ、許せませんとも。
 
 がーこん がーこん ……
 わたしがサイトに日記をアップしている横で、プリンタが豪快な音を鳴らしながら動いていた。
 今思い出しても、南雲さんには腹が立つ。
 何度も言っているけど、めったに会えない、次いつ会えるかわからないのに、あんなにあっさり帰ってしまうなんて考えられない。別れを惜しみながら、「また会いましょう」くらい言うのが普通ではないだろうか。
 と、そんなことを思っていると、プリンタが仕事を終えて静かになった。プリントアウトされたのは、南雲さんと撮ったあの写真だ。せっかくだからしばらくの間、壁のコルクボードに貼っておこうと思う。
「……」
 思うのだけど、写真を見ていたら――
「あーっ、もう、むかつくッ!」
 あんまり腹が立つから画鋲を南雲さんの額に刺してやった。
 まいったか、南雲!
 
 
 2008年12月11日公開

 

何か一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
コメントへのお返事は、後日、日記にて。
 

 

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