第2話 01-秋 「目にもの見せてやる!」 scene1 秋のドリームフラグメント 1日目 あっ―― と言う間に半年の時間が流れ、秋のドリーム・フラグメント、通称、秋ドリ。 1日目の今日、わたしはサークルで参加している。前回は応募するもあえなく落選し、鈴子さんのスペースを間借りしていたが、今回は違う。このスペースの主はわたしだ。 スペース前はそれなりに賑わってる。わたしのサイトを毎日見てくれているというファンの人、前回撮った写真を持ってきてくれた人、等々……。 「……」 これだけ代わる代わる人が出入りしているのに、わたしの書いた本がいっこうに減らないのは何故だろう? 「どうしたの、優希ちゃん、突然黙り込んで」 横にいた彩ちゃんが訊いてきた。 「いえ、世の無常をそこはかとなく、ね……」 人が途切れたので、しみじみ溜め息なんか吐いてみる――と、そのとき、 「!」 このスペースから少し離れた場所を通り過ぎて行く、ある人の姿を見つけた。 わたしはパイプ椅子を倒す勢いで(実際に倒した)立ち上がると、手近にあった消しゴムを掴み、そのまま投げつけた。人を合間を縫って飛んだそれは、惜しくも別の人の頭に当たった。 「あぁ、もう! 邪魔!」 次に手に取ったのは布製の筆箱だった。中身が飛び散らないように素早くファスナーを閉めると、狙いを定めて投げる。今度は標的の肩に見事命中した。 「よしっ! ……次弾装填」 ガッツポーズの後、次にわたしはドクターペッパーのペットボトルを手に取り――、 「いまいちその行動の意味が理解できないのですが……」 既に目の前まできていたその人は、ペットボトルを握って振りかぶるわたしに訊いた。 「……」 「……」 しまった。途中から本来の目的を見失っていた……。 「筆箱くらいなら兎も角、それは危ないと思いますが」 「あ、はい。そうですね……」 ちょっと反省しつつ、拾ってくれた筆箱を受け取った。わたしはコホンと咳払いをすると、気を取り直して挨拶をする。 「お久しぶりです、南雲さん」 「どうも」 南雲さんは半年経っても相変わらずだった。 南雲さん――。 そう。今、目の前にいるのは南雲さんだ。半年前の春ドリで出逢った、わたしヴィジョンでちょっと変な普通の人。 容姿はなかなか格好良くて、サングラスをかけるとさらに3割増。「なんでこんなとこにいるの?」ってくらいイベントとは無縁な雰囲気で、薄くて単価の高い本を絨毯爆撃で買い漁ってはち切れんばかりに膨らんだリュックサックと紙袋を持ってる人たちや(←偏見)、食費が多いはずなのにゲームやグッズを買いまくって結果的にエンゲル係数を下げている小太りの方々(←偏見その2)とは絶対に交わらない、捻れの位置にいるような人だ。 「今回もきてたんですね」 「ええ。前回と同じですよ。本番は明日の友人の手伝い。今日はせっかくなので鈴子さんのところに挨拶してきました」 「なのに、わたしのところには挨拶なしですか?」 腰に手を当てて頬を膨らまし、とてもわかりやすい『怒ってますよ』のポーズ。すると、南雲さんは少し考えて、 「そういう――」 「ものです」 間髪入れずどころか先回りして言ってやった。 途中から南雲さんが考えていることがわかってしまった。半年前にほんの少し話をしただけ、最悪もう自分のことなど忘れているかもしれない相手のところに、さも当然のような顔で挨拶に行っていいものか、と考えていたのだろう。そして、おそらくわたしに言われるまでそういう発想自体、南雲さんの中にはなかったに違いない。 「まあまあ。……あ、南雲さん、ここ、どうぞ」 わたしをなだめた後、彩ちゃんは立ち上がって自分が座っていた椅子を勧めた。 「いや、俺は……」 「いいから座ってくださいっ」 「……」 わたしが言うと南雲さんは観念したのか、大人しく言葉に従った。 幸いスペースはお誕生席なのでぐるっと大回りすることなく中へ入れる。言われるまま座った南雲さんの横に、先ほど倒したパイプ椅子を起こしてわたしも座った。そして、席を譲った彩ちゃんが後ろに立つ。 「……」 「……」 「何でふたりともそこで黙り込むのよっ!?」 座ったはいいが何故か沈黙してしまったわたしと南雲さんに、彩ちゃんが突っ込んだ。 半年前の件もあってちょっとはこの場に長居させてやろうと座らせたのだけど、結局、その後が続かず、ふたりして正面向いて固まっていた。もしかしたら肩が触れそうなこの距離が悪いのだろうか。 「でっ、でも、意外ですよねっ」 わたしは椅子を少し南雲さんの方へ向けて、身体ごと向き直った。 「南雲さんって毎回ちゃんと2日ともきてるんですよね。こーゆーところ無縁っぽく見えるのに」 「そうですか? 友人が手伝ってくれって頼むからきてるだけですけど、きたらきたでそれなりに楽しんでますよ」 うぅむ……南雲さんが同人誌を漁ったり、レイヤーのコス写真を撮ってるところなんて想像できない。きっと別の楽しみ方があるのだろう。 「明日、上にもきますか?」 「そのつもりです」 「わたしたち、ずっと上にいますから、一度顔を出してください」 「えっと、それはいったい……?」 「あ・い・さ・つ、です!」 ほ、ほんまにこの人はぁ。いっぺんしばいたろか……。 「わかりましたか?」 「は、はあ……」 「ん、よし。……じゃあ、わたし、ちょっとその辺を回ってきますから。南雲さん、ゆっくりしていってくださいね」 そう断ってから立ち上がり、店番は彩ちゃんにタッチ。開場以来まだ余所様のところを見て回ってなかったわたしは、ふたりを残して旅に出ることにした。 で、です――。 多少の収穫にホクホクしながら戻ってくると、そこに南雲さんの姿はなかった。 「えっと、南雲さんは?」 ひとり残っていた彩ちゃんに訊く。 「あ、おかえり、優希ちゃん。南雲さんなら少し前に帰ったよ」 「はい?」 あまりのことに目が点になりそうだった。 (迂闊だった……) 南雲さんとはこーゆー人なのだ。めったに会えない人が相手でも平気で『それじゃあ』のひと言で帰っていく。……まさか人がいないときに帰るとは予想だにしなかったけど。 「わ、わたしにはまた挨拶なし!?」 情けない声を上げるわたしの横で彩ちゃんが言う。 「そうでもないよ。『優希さんによろしく』って」 と――。 「そっ……、そういう問題じゃなーい!!!」 ……。 ……。 ……。 そして、その日の夕方、 アークからの帰り道、わたしは思い立ってハンズに寄った。 「優希ちゃん、何か買うの?」 「うん、ちょっとね♪」 あるアイテムを求めてその売り場を目指す。 (おのれ、南雲さんめ。明日は目にもの見せてやる!) scene2 秋のドリームフラグメント 2日目 「あ、きたきた。ちゃんときましたね。えらいえらい」 「どうも」 南雲さんが現れたのは午後に入ってすぐ、わたしたちがちょうど休憩しているときだった。 「お友達のところからもう出てきて大丈夫でした?」 「暇なので、どうとでもなります」 南雲さんのお友達もわたしみたいに採算度外視、100%趣味でやっているのだろうか? その辺りを切り口にして雑談を交わすこと約30分――。 「さてと、ちょっと休憩が長くなったかな。そろそろやりましょっか」 やるというのは、もちろん撮影のことだ。カメラを持った人たちが遠巻きにこちらを窺いつつ、撮影再開を待っているよう。 「南雲さん、しばらく屋上を見て回りますよね? だったら、荷物ここに置いていくといいですよ。その方が身軽ですから」 「いや、そんなに重くないは……」 「つべこべ言わず置いてく! はい、人質……じゃなくて、荷物おひとつお預かりで〜す」 半ば強引に南雲さんの肩からデイバッグを剥ぎ取ると、わたしや彩ちゃんの荷物と一緒にしてしまう。 「はい、これで軽くなりました。では、いってらっしゃーい」 理不尽なまでの怒濤の展開に、南雲さんは納得いかない顔をしながらも、わたしに背中を押されるままに(比喩でなく本当に背中を押した)屋上庭園の散策に出かける。わたしはその姿が見えなくなるまで手を振って見送った。 「よし、今のうちに……」 おもむろにマイバッグを漁るわたし。 「優希ちゃん、何やってるの?」 一連のわたしの行動が理解できないらしく、後ろから覗き込みつつ彩ちゃんが尋ねてくる。 「ちょっとした秘策。……あったあった、これこれ」 きゅぴーん。 と、心の中で効果音をつけつつ取り出したのは、昨日ハンズで買った自転車などにつけるチェーンキィ。3桁の数字で鍵がかかるやつだ。 「で、次にこれで……」 わたしと彩ちゃん、そして、南雲さんの荷物をひとまとめにしてガチッとロック。 「なっ、なにやってるのよっ」 「何って……、人質の拘束?」 こうしておけば勝手に帰ったりはできまい。これぞまさに人間の心理的盲点をついた悪魔的トリック! どこぞの名探偵の孫もビックリだ。 そして、この計画は見事成功し、約1時間後、わたしは、呆れたような顔で大きく溜め息をつく南雲さんを目撃することになる。 これでようやく1勝3敗―― まだまだ借りはあとふたつ残ってるんですからね。 2008年12月11日公開 |
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