ミスキャストでも show must go on. /前編:覚醒不能の優等生 世界が大きく変化したのは20世紀初頭、アルバート・アインシュタインが特殊相対性理論を発表したのとほぼ同時期、神秘主義者たちによってかつてアリストテレスが予言した第五元素(エーテル)の存在が証明されたときからだった。 魔術が発達したのである。 故に、20世紀は科学の時代であると同時に、魔術の時代でもあった。 西洋の黒魔術や、大陸の仙術、東洋の陰陽道といった旧世代の魔術は体系的に統一され、『自然式強制干渉改竄構文』という正式名称が与えられることになった。従来のように魔力で直接変化や現象を起こすのではなく、魔力で場に満ちているエーテルにはたらきかけ、限定的に自然科学の法則を書き換えてしまうのである。 ただし、第五元素は空気のようにどこにでもあるわけでなく、世界に偏在していた。そのため研究が進められる場所は限られ、結果、魔術先進国としていくつかの国が突出する構図となってしまったのである。 例えば、古くから魔術大国であったイギリス。 例えば、オカルティストだった指導者のもと、戦時下の国策としていち早く魔術に着手したドイツ。 そして、霊國・日本もまたそうだった。 日本はすでに東京と京都、ふたつの精緻を極める魔方陣都市を抱えていた国であり、陰陽道から新時代の魔術へも驚くほどスムーズにシフトできたため、魔術先進国に名を連ねることができたのである。 日本でも魔術は国策として進められ、そのひとつが国立書籍館学院(しょじゃくかんがくいん)の創設だった。魔術はどこまでも才能の世界であり、その一握りの才能ある人材を育成するための施設が、この書籍館学院である。 政府は公募だけでなく、積極的に才能の発掘と勧誘、さらには各国からの国費留学生も受け入れた。すぐに規模は大きくなって京都校が増設され、近年では才能あるものの早期発見が可能になったことで、東京校には高等部まで設けられたのである。 余談ではあるが、魔術の資質を持つ人材の早期発見を可能にしたのが科学技術なのだから、かくも不思議で面白い話である。 さて、その書籍館学院高等部、である。 魔術学科の職員室にひとりの男子生徒が呼び出されていた。 「相変わらずのようですね」 物憂げな調子で発音するのはアンナ=バルバラ∴ローゼンハイン。魔術学科のドイツ人教師だ。彼女は机に片肘を突き、女性ピアニストの衣装のようなロングスカートに包まれた足を組んでいる。足もとは編み上げブーツのようだ。 その向かいに立っているのが、呼び出された生徒――久瀬伊織(くぜ∴いおり)だった。 「そのようですね」 彼は緊張感のない調子で、まるで他人事のように答える。 伊織は背も高く、なかなかに整った相貌をした生徒だった。ただし、魔術学科に在籍しながら、2年生になった今でもまったく魔術が使えないという致命的な欠点を抱えている。自他ともに認めるダメ生徒だった。 今日行われた月に一度の大演習場での実技でも、彼の構築した構文はウンともスンとも言わなかった。 「素質がないわけではないことは数値が示しています」 アンナは片手でノートパソコンを操作しながら述べる。途中、「あなたは見ないように」と、画面を覗き込もうとした伊織を言葉で制した。 「むしろ数値だけなら将来有望です。巻島まりあに匹敵するくらいの」 「……」 嫌な名前を聞いたな――そう思いつつ、伊織は目だけで天井を見る。 「単にこの数値が間違いなのか。それとも……」 彼女は意味深長で、すべてを見透かすような視線を伊織に向けた。 「じゃあ、きっと覚醒イベント待ちですね」 対する伊織はそれを受け流すように、冗談とも本気ともつかない台詞を返す。 確かにこの書籍館学院を目の仇にし、狙う輩は少なくない。旧時代の魔術の秘密結社や過激な科学の徒、兵器メーカーなどの企業……。いくらでも挙げられる。確かにそんなテロが発生してもおかしくはない。尤も、そうなった場合でも政府は生徒の安全を最優先にしたマニュアルをつくっている。生徒を兵士のように前線に立たせることは絶対にない。 「見込みがないなら見込みがないで、俺としては国際教養科に回してもらえたら助かります。普通科でもいいですが」 体系的に統一され標準化されたとは言え、大半の人間は魔術とは一生縁がない。そんな普通の高校生を受け入れるのが、5年ほど前になって創設された普通科と国際教養科である。尤も、設立の陰には経済的理由という、夢も希望もない理由があるようだが。 「確かに魔術の才能があるものは、総じて知能が高い。一般科目の成績だけを見れば、あなたなら国際教養科でも十分やっていけるでしょう」 「では?」 「ですが、魔術学科としてはあなたを手放したくないというのが正直なところです」 才能が開花する可能性はまだ否定し切れないのだ。しかも、潜在能力なら文句なく優等生。学校側としては希望を捨てず、根気よく育てていきたいというのが本音だった。 そんな期待の込められたアンナの言葉に肩をすくめるのは伊織。 「……そうですか」 「どうしました? やはり周りの目が冷たいですか?」 アンナは心配そうに問う。 魔術学科は選ばれた人間の集団だけにエリート意識が高く、落ちこぼれには冷ややかである。担任教師としてはそこが心配だった。 「いえ、単なる卑しい下心です」 伊織が残念そうな素振りを見せたのもわずかのこと、またすぐに気楽な調子を取り戻す。 「ま、このままだったらそのときは将来研究者にでもなりますよ」 「実践が伴わない研究者というのもどうかと思いますが?」 「では、アンナ先生のような理論科目の教師にでも」 とは言え、この担任教師が教師などをやっているのが不思議なくらい魔術の使い手であることを、伊織はよく知っていた。 「あなたはやる気がなさそうに見えて前向きですね」 アンナはくすりと笑う。 「今日はもう帰ってよろしい。久瀬、期待してますよ」 伊織はそんな温かい言葉に肩をすくめて応え、職員室を辞した。 「お疲れさん、久瀬君」 伊織が職員室を出ると、それを待っていたように声をかけられた。それが誰かは声だけでわかる。 そこに立っていたのは細く長い栗色のポニーテールをなびかせた、凛々しき美貌の上級生にして魔術学科の生徒会長、巻島まりあ(まきしま∴〜)だった。 「今日の呼び出しはお説教かな?」 「それどころか心配されてますよ。なにせ魔術科のくせに初歩の初歩もできませんからね」 自嘲気味に答える伊織。 「で、俺みたいな落ちこぼれに何か用ですか?」 「私は誰にでも平等に話しかける主義だよ」 そういう点ではまりあは珍しい部類に入る。学校の期待を一身に背負う優等生でありながらエリート意識が希薄で、落ちこぼれにも一般学科の生徒にも対等に話す。生徒会長だからだろうか、それとも彼女の人となりがそうさせるのか。 「それ以前に、私は君を落ちこぼれだとは思っていない。久瀬君、君には才能がある。まだ発揮されていないか、もしくは……」 「……」 「……」 しばらく視線をぶつけ合った後、伊織は小さくため息を吐いた。どいつもこいつも好き勝手無闇やたらと高く評価してくれる。なまじ入学前の適性試験の結果がよかったのが悪かったか。当時は目の前にいるこの巻島まりあに肩を並べるとまで言われたらしいが、あけてみればこの通りである。学校側もさぞかし幻滅したことだろう。 「ま、別にいいですけどね。平等を掲げるなら、学校ではもう卒業まで声をかけないでください。それで平均値に戻ります」 確かにまりあは成績や学科に関わらず誰とでも話す点では平等なのだが、その頻度まで平等かというと必ずしもそうではない。伊織に対してはかまいすぎるくらいかまうのだ。尤も、そこにはむりからぬ事情があるわけだが。 「そーゆーつれないこと言わない」 「はいはい」 テキトーな調子であしらい、伊織はまりあに背を向ける。 と、 「あ、いた。巻島せんぱーい」 そこに背中方向からの声。振り返れば仔犬のように黒目がちな瞳が愛らしい少女が駆けてくるところだった。 「あ、久瀬くんも。すごーい」 「お、おう」 伊織はぎこちなく応じる。 その女子生徒は、国際教養科に籍を置く長谷部優花(はせべ・ゆか)だった。学年は伊織と同じ2年生。 魔術学科の生徒がエリート意識から落ちこぼれや一般科の生徒に見向きもしないように、一般科の生徒も魔術学科にあまり積極的に関わろうとしない。苦手意識というのもあるだろうが、それ以上に住む世界が違う人間だと認識しているのだ。 勿論、優花もそのひとり。でも、例外がまりあと伊織だった。先ほどのはそのふたりがそろっていることの「すごーい」だったのだろう。 「どうした、優花」 と、下級生に接するまりあを横目に見ながら伊織は、尊大なお姉様だな、と呆れた。 「あ、はい。直近のいくつかの合同行事のことなんですが――」 そのままふたりは伊織の入り込めない話をはじめた。 そう言えば前に優花から、一般科の生徒会で書記をやっていると聞いたことがある。書籍館学院では魔術学科と一般科であまりにも性質が違いすぎるため、それぞれ独立して生徒会を置いているのだ。彼女は、今日は今後の学校行事についての打ち合わせに、向こうの生徒会を代表してやってきたようだ。 これでこちらの生徒会長がまりあではなかったり、まりあが他の大方の生徒と同じようにエリート意識の塊だったりしたら大変だっただろう。果たして優花にその橋渡しが務まるかどうか。 「それじゃあそんな感じに」 「うん。ひとまずそれでいこうか。細かいことは追々詰めていけばいいだろう」 「わかりました」 話は思いのほか早く終わった。立ち話ですませてしまえる程度なのだから、そんなものか。 「久瀬くん、今日は仕事中だから。またゆっくりね」 「ああ、また」 伊織は軽く手を上げて応え、ぱたぱたと走り去っていく優花を見送った。 「鼻の下、伸びてるよ」 「……うるせーな」 言い返しながらも、しかし、どきりとしたのも確かだ。 「君が優花と知り合いだったとはね」 「たまたまですよ」 「しかも――」 と、まりあは勿体つけてから、 「好きなんだ?」 「……」 図星だった。 このまま黙って黙秘権を行使するか、それともどうにか誤魔化すか――と考えたところで、相手がまりあでは絶対にむりだと早々に悟ってしまった。第一、どちらも消極的な肯定にしかならない。 伊織は頭を掻いた。 「……そうですよ。悪いですか」 不貞腐れ気味に認める。 「別に。悪くはないよ。優花だってなかなか脈がありそうじゃない?」 「ですかね?」 そうだろうか。そうだといいと思う。 「上手くいくように応援してあげようか?」 「はぁ?」 何を言ってるんだ、この人は。伊織はまりあを見る。 「さっそくお姉さんからのアドバイスだ」 「……お姉さん言うな」 「切り込むのならいい雰囲気のときにしなさい。女の子相手に雰囲気は大事だよ」 しかしながら、まりあは本気の様子。「おーけい?」と目で問うてくる。 やれやれ――伊織は嘆息した。 「雰囲気ねぇ。……ま、話半分に聞いておきますよ」 数日後―― 放課後、終礼終了から2時間近くが経ったような時間に、伊織はひとり小演習場から校舎へと歩いていた。 脱いだブレザーを人差し指に引っ掛けるようにして、肩から背中にぶら下げている。顔には疲労の色。今日は道場に寄るのはやめだな、などと思っていると、クラブハウスの方向から歩いてくる人影に気がついた。長谷部優花だった。 「よう」 「あ、久瀬くん」 遅れて優花が伊織に気づき、足を止めて待っていた彼のところに駆け寄ってくる。 「こんな時間まで生徒会の仕事か?」 「うん。久瀬くんは?」 ふたりはそろって足を踏み出した。 「まぁ、特訓みたいなものかな」 格好のいい理由でもないので、伊織は言いにくそうに言葉を濁す。 実際、不思議なほど魔術の能力を発揮しない伊織が気になって、担任教師アンナ=バルバラ∴ローゼンハインが自ら突発的に個人レッスンを行ったのだった。尤も、結果は相変わらずだったが。アンナは、状況に応じた構文の組み立ては素晴らしいと彼を褒めていた。だが、その構文に魔力が乗らず、第五元素(エーテル)が反応しないのだ。 「すごーい。真面目」 「結果が伴わなけりゃ一緒さ」 自然、自嘲がもれる。 伊織は最近になってそんな自分に見切りをつけられるようになり、この書籍館学院に入学して以来魔術学科の勉強に時間を割かれて行けなくなっていた道場通いを再開したところだった。少し思うところがあって、フィジカルを鍛え直そうと思っているのだ。 「大丈夫だよ。久瀬くん素質があるんでしょ?」 そんなふうに励ましてくれる優花の横顔を、伊織は思わず見つめてしまう。 「え? なに?」 「あ、いや、長谷部は魔術科とも普通に話すんだなと思って」 「ううん。そんなことないよ」 と、彼女は首を横に振る。 「やっぱりそっちの人たちって頭の出来とか考え方とかがぜんぜん違ってて、住む世界も見えてるものも違うんだなって思う。でも、久瀬くんと巻島先輩だけは別、かな?」 「まぁ、巻島先輩はあんな性格だからな。俺のほうはたぶん、魔術科は魔術科でも落ちこぼれだからだろうな」 「もう、またそんなこと言って」 己を卑下する伊織に、かわいらしく怒る優花だった。 「ふぅ」 巻島まりあは作業が一段落したところで、かけていた眼鏡を外して息を吐いた。 軽く首を振れば、長い髪も揺れる。ずっとデスクワークをしていたから全身が固まっていた。立ち上がり、体を動かしがてら何気なく窓へと近づいていく。目も疲れているし、少し遠くを見ようと思ったのだ。 ふと眼下を見れば、そこに見知った顔がふたつ並んで歩いていた。 伊織と、長谷部優花だ。 楽しそうに言葉を交わし、笑い合っている。あのやれやれ系の伊織が笑っているのを見たのは久しぶりのような気がする。優花に思いを寄せているらしいし、それも当然か。 そう言えばアンナから、伊織が国際教養科への転科を申し出たと聞いた。それはやはり彼女がいるからだろうか。 いい雰囲気だ。 伊織が優花に想いを打ち明けるなら、今が絶好の機会だろう。 「……」 まりあは楽しげなふたりを見ていられなくなって、そっと窓から離れた。 伊織と優花は自販機横のベンチで、並んで座って缶ジュースを飲んでいた。 校舎に戻る前に休んでいこうということになったのだ。伊織は疲れていたし、優花も少しサボりたい気分だったので丁度よかった。 「あ、でも、久瀬くんと初めて話したとき、途中でそっちの人だってわかったときはどうしようかと思った。早く逃げなきゃって」 「ひっでぇな、おい。俺は化けものかよ」 ふたりは笑い合う。 それから伊織はスポーツドリンクを煽り、ふとまりあの言葉を思い出した。切り込むのならいい雰囲気のときにしなさい、と。もしかして今がそのときだろうか。 よし、と心の中で自分に勢いをつける。 「あ、あのさ――」 思い切って伊織は切り出した。 それから少し後、 まりあができ上がった書類を職員室に届けた帰り――2階の渡り廊下を通っているときだった。 丁度その下に差しかかろうとしている伊織の姿を見つけた。 彼女は廊下の前後を見る。――誰もいない。そして、窓の外に目をやっても見える範囲に人影はなかった。 「りっくん!」 窓を開けるなり叫び、 「とうっ」 軽やかに身を投げだした。 「うわ、バカ。まり姉!」 ぎょっとする伊織。そうしながらも尻から落ちるようにして落下してくるまりあを、しっかりとキャッチした。 「さっすが、りっくん」 「じゃねぇよ。危ないだろうが」 腕の中におさまって無邪気に喜んでいるまりあに、伊織は呆れるやら腹が立つやら。 「ったく……」 と、まりあを降ろそうとすると、 「あ、待って」 「んだよ?」 「上履きだから。ここじゃダメ」 「……」 思わず脱力し、ついでにこのまま落としてやろうかと思った。 「んなこと気にするくらいなら、飛び降りるなよな」 文句を言いつつ渡り廊下の下へとまりあを降ろす。そこは土足のものが横切る場所でもあったが、ふたつの校舎を結ぶ連絡通路でもあり、公式にれっきとした廊下である。 そうしてから彼女をキャッチする際に手放したブレザーを拾いに戻る。 「……ねぇ」 その背中にまりあは呼びかけた。 「さっき優花と一緒にいるのを見たけど……告白、したの……?」 「あ? あー、あれな……」 伊織はつい先ほどの出来事を思い返した。 「あ、あのさ――」 「あのっ」 思い切って切り出した伊織の言葉に、思いがけず優花の発音が重なった。 「……」 「……」 「ど、どうぞ」 わずかな沈黙の後、先に声を発したのは優花だった。伊織に先を譲り、続きを促す。 「ん? そうか? じゃあ――」 と、仕切り直しかけた伊織だったが、そこで止まってしまった。 頭によぎるのはまりあの顔。 上手くいくよう応援すると言い、アドバイスまでしてくれた彼女の存在が伊織に言葉を飲み込ませる。 「あ、いや、たいした話じゃないんだ。……長谷部は?」 「え? わ、わたし? わたしは、えっと……な、何を言うのか忘れちゃった……」 話すのがかぶっちゃったからかな? と、どこかぎこちなく照れ笑いを浮かべる。 「そ、そっか。あー、じゃあ、そろそろ帰るかな」 「わたしも戻らないと」 結局、伊織は切り出すタイミングを逸してしまい、優花とはその場で別れたのだった。 「……フラれたよ」 「え? あ、そうなんだ……」 まりあとしては意外な結果にきょとんとしてしまう。 伊織はブレザーを拾い、ついた砂埃を手で払う。詳細に踏み込まれると困るので、できれば話を変えたかった。そういえば今日初めて気づいたことがあったのを思い出し、振り返った。 「つかさ――まり姉、眼鏡かけてたんだな」 「え? あ、しまった。人前じゃかけないようにしてたのにっ」 特に伊織の前では。ずっとかけていることすら内緒にしていた。まりあは慌てて眼鏡をはずして、後ろ手に隠す。 「おせーよ。でも、まぁ、いいんじゃないの。似合ってるし」 横長でスタイリッシュな逆ナイロールのフレームは、なかなかにファッショナブルで、それでいて知的な印象も引き立てている。 それに、 「かわいいと思うよ」 「え? あ? う……!?」 途端、まりあの目が泳ぎ出す。 てっきり笑われるのだとばかり思っていただけに、伊織のこの反応は想定外だった。どうせかけなければいけないのならできるだけかわいいものを、と思って悩みに悩んで選んだのがこの眼鏡なのだ。お金もかかったけど、それだけの甲斐はあったようだ。 「そ、それよりさ、りっくん、もう帰り?」 「ん? ああ、もうっつーかやっとっつーか、とりあえず今日はこれで終わり」 伊織はアンナの突発個人レッスンを思い出し、辟易とした気分を蘇らせた。 「だったら、久しぶりに一緒に帰ろっか?」 「まぁ、家が近いのにわざわざ別に帰ることもないしな」 「わかった。じゃあ、帰る準備して昇降口で待ち合わせね。フラれた可哀想なりっくんを、お姉さんが道々慰めてあげよう」 まりあはそう決めてしまうなり、ポニーテールを棚引かせて校舎の中へと駆けていった。 「だからお姉さん言うなっつってんだろうーが」 しかし、そのときにはすでにまりあの姿はなく、伊織はやれやれとため息を吐く。魔術学科の生徒会長も、生徒がいないところでは単なる幼馴染のお姉さんらしい。 そのころ、長谷部優花はひと足先に校門を出て、帰路についていた。 茜色の空の下を歩きながら、彼女はつぶやく。 「また言いそびれちゃった……」 2011年9月13日公開 |
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