ミスキャストでも show must go on.
/後編:show must go on.
(上)

 
 日曜日。
 その日、国立書籍館学院に2名の来客があった。
 都内の私立高校の教師と生徒だというふたりだ。かねてより学校見学をしたいと申し出があり、今日という日が設けられた。学長は日曜日にわざわざ出てきたにも拘らず、彼らを笑顔で迎えた。
 執務室の応接セットで、まずは挨拶がてらの雑談。やがて本題へと入る。
「そちらの学校でも魔術の授業を取り入れたいと?」
「ええ、その通りです。無論、実技はむりですが、せめて理論だけでも学んでおくことは決して無駄ではないと思うのです」
 答えた男性教師は最初に南郷と名乗った。
 体格のよい男だ。教職につく傍ら、趣味で体を鍛えているのかもしれない。
「こっちはうちの生徒を代表してつれてきた冬部です」
 南郷は隣に座る女生徒を紹介した。
 美しい少女だった。潤いあるセミロングの黒髪に、すっと引かれた眉と切れ長の目。桜色の唇の下にある艶ぼくろが目を惹く。
「冬部です」
 彼女は深く丁寧に頭を下げた。
 物静かな印象を受ける。生徒の代表ということだが、生徒会長のイメージではない。強いて言うなら、それを補佐する書記や会計といったところか。
「つきましては、詳しい話を聞かせていただき、できれば学内の施設も見せていただけたらと思うのです」
「わかりました。担当のものに案内させましょう。……君、頼んだよ」
 学長は脇に控えていた30代と思しき女性職員に命じる。
「では、こちらにどうぞ」
 彼女は年に何回か開かれるオープンキャンパスでもキャンパスツアーを担当していて、説明と案内に関してはベテランだった。今日のように個別に学校見学にくるケースも珍しくはなく、学長同様慣れたものだった。
「わからないことがあればうちのものに何でも聞いてください。……では、後ほど」
 そうして2名の来客は女性職員につれられ、執務室を出ていった。
 
 それから小一時間ほどが経ち、学校案内も終盤に差し掛かったころのことだった。
「ここから先は魔術学科の教室です。魔術学科の生徒は魔術の授業の他に、通常の授業も受けています。内容は我が校の特別進学科である国際教養科と遜色のないもので……って、あら?」
 女性職員がふと後ろを振り返ると、案内していたはずのふたりの姿はそこにはなかった。つい先ほどまでついてきていたと思ったのだが。
 辺りを見回してみてもコピィ・アンド・ペーストしたような廊下が続いているだけの、誰もいない休日の風景だった。
「どこかではぐれたのかしら?」
 そう思い、女性職員はきた道を戻りはじめた。
 
 
 
 それは上司と部下の会話だった。
「手筈通りここで二手に分かれる」
「……了解です」
「教育機関だが、授業と称して実地データをとっているはず。そういう生きたデータは我々にとって有益だ」
「……」
「休日なので大丈夫だと思うが、"魔術師"がいる可能性もある。できるだけ戦闘は避けるように」
「もしそうなった場合、TT-"アーバンファイター"の使用は?」
「……許可する」
「……」
「では、行動を開始する」
 この言葉を合図に、ふたりはそれぞれ別行動をはじめた。
 
 
 
 南郷はすぐにいくつかの部屋を回った。教育機関ゆえかセキュリティは甘く、物理錠は勿論のこと、電子錠も単純な構造のものばかりで、どこも用意してきた小道具で開けることができた。
 端末もまた同様だ。IDとパスワードが設定されている程度なら難なく突破し、持ってきた記憶媒体にデータを落とし込んでいく。
「ここも見ておくか」
 次は廊下の突き当りの部屋。そこはどうやら教員専用のコンピュータ室のようだった。
 ラミネート加工された上でドアに貼りつけられた紙には、まさしく『教員専用』と書かれていて、その下には利用の際には手続きが必要である旨も付記されている。教師が生徒の成績を入力するときにでも使うのだろう。ここなら高度な個人情報や、研究機関から提供された情報も収められているかもしれない。
「魔法使いの通信簿か」
 悪い冗談だ、と鼻で笑う。
 ここで言う"魔法使い"は、過激な科学の徒たちが好んで使う、魔術を学ぶものたちへの蔑称である。
 南郷は改めてドアを見た。
 横にスライドするタイプの自動ドアだが、嵌められているガラスは不透明で中は見えない。前に立っても反応せず、脇にカードリーダーらしきパネルがあるところを見るに、どうやら専用のカードキィをかざして初めて開くようだ。ここに限らず書籍館学院はすべてにおいてこんな感じだった。扉の類はほとんど自動化されていて、入退室を管理する必要がある部屋はICカードをかざさないと扉が開かないようになっている。学校というよりは高度に近代化された研究施設のようだ。
「さて……」
 カードリーダーに触れる。やはりこれも単純なもののようだ。これなら手持ちのカードで騙せるだろう。自然、笑みが浮かぶ。
 と、そのときだった。
「そこ、学外者は立ち入り禁止ですよ」
 南郷は背後から声をかけられた。少年の声だ。ここの生徒か。
 思わず心の中で舌打ちする。ここまで順調すぎたせいか、つい警戒を怠ってしまったようだ。
「ん? 何で日曜日に学外者がひとりでいるんだ?」
 やがて男子生徒はこの状況に不審を抱いたようだ。
 南郷は静かに手を懐に伸ばした。
「おい、あんた」
「悪いが邪魔しないでもらおうか」
 振り返ると同時に、スーツの中から取り出したそれ――消音器(サプレッサ)付きの銃を、制服姿の男子生徒の眉間に突きつけた。
「……は?」
 彼の口から間の抜けた声がもれる。今自分が何をされているのか、すぐには理解できなかったようだ。
 引鉄を引く。
 次の瞬間、空気が破裂するような小さな音が鳴った。
 名も知らぬ男子生徒は頭をハンマーで殴られたかのように体を大きく仰け反らせ、後ろに吹き飛んだ。体が廊下の上にどさりと落ち、わずかに滑って止まる。
 廊下に再び静けさが戻った。
 南郷は、今のかすかな音で誰かが駆けつけてくるかとしばらく警戒していたが、そういう気配はなかった。どうやら近くには誰もいなかったようだ。
 身を翻し、ドアに向き直る。
 スラックスのポケットから取り出したカードをカードリーダーにかざすと、自動ドアが開いた。
 中に這入り、決められた作業でもこなすかのように機械的に、端末からデータを根こそぎ吸い出していく。3分とかからず作業終了。もうここには用はない。先ほどの生徒の死体もこの部屋に放り込んでおけば、すぐには騒ぎにならないだろう。端末から離れ、出入り口へと向かう。
 と――、
「よう。いきなり発砲とは乱暴だな。反応が遅れてたら死んでたぜ?」
 そこに先ほど射殺したはずの少年が立っていた。
(ばかなっ!?)
 死人が立ち上がったことに驚愕しながらも、南郷の次なる行動は早かった。再びスーツの中から銃を抜き出し、男子生徒へと向ける。
 だが、驚いたことに彼は逃げるどころか、こちらに踏み込んできていた。
 
(怯むな! 飛び込め!)
 彼――久瀬伊織(くぜ∴いおり)は、男がスーツの内側に手を伸ばす気配を感じるや否や、床を蹴っていた。こちらに向けられた銃と、それを握る手をかわすようにして半身で懐に飛び込と、床を砕く勢いで踏み込んだ震脚とともに肘撃を男――南郷の体幹へと叩き込む。
「がはっ」
 爆発的な力の炸裂に南郷の体は後方へと飛ばされ、パソコンが並ぶデスクのひとつに背中をしたたかに打ちつけた。そのまま床に崩れ落ちると、南郷はそれきり動かなくなった。
 伊織はそれを見下ろしながらため息にも似た呼気を吐き、残心。
「やれやれ。わざわざ日曜に出てきてみれば、とんでもないのと出くわしちまったな」
 日曜の学校怖ぇー、などと冗談めかせて独り言つ。
 久瀬伊織が日曜日にも拘らず学校にきていたのは、担任であるアンナ=バルバラ∴ローゼンハインの個人レッスンがあったからだ。無駄だと思いつつも、自分のことに親身になってくれるアンナには逆らえず、魔術の特訓を受けていた。
 今はそれも終わり、たまたまここを通りかかったところで不審な男を見つけたのだった。
 突然、昏倒したとばかり思っていた男の目がくわっと見開かれ、銃が火を噴いた。一気に3発の銃弾が吐き出される。南郷は気を失った振りをして、不意を突タイミングを計っていたのだ。
「うおっ」
 伊織は咄嗟に身を伏せてそれをかわした。
 そして、弾かれたようにすぐさま起き上がり、再度男へと迫る。南郷もちょうど跳ね起きるところだった。
 踏み込み、縦拳を突き込む。――衝錘。
 だが、南郷は二度も後れを取るような真似はしなかった。結社のアクション・サービスとして潜入任務を専門とする以上、格闘技のいくつかは修得している。彼は突き出された伊織の拳を捌いた。
「この膂力! この反射速度! 尋常ではない。小僧、魔法使いか!?」
「さてね。生憎、自分でもわからないんだ」
 超至近距離は伊織の間合い。
 彼はさらに打撃を繰り出そうとするが、しかし、三度南郷の銃が火を噴いた。射撃による威力防御。伊織は半身になってそれを避けた後、堪らず後ろに下がった。
 間合いが開いたことで型を変える。腰を落とし、手は蟷螂手で構える。
 だが、対する男は急にやる気が失せたかのように、無造作に立っていた。油断なく構える伊織が見ている前でスーツの上着を脱ぎ捨てる。
「いいだろう、魔法使いの小僧。お前たちの手品を科学が駆逐してくれる」
 南郷はカッターシャツの袖を少し上げ、手首に嵌められたブレスレットに触れた。
 瞬間、そのブレスレットから光の粒子が溢れ出した。粒子は南郷の体に集まると、かたちあるものへと実体化していく。上肢下腕部を覆う腕部装甲。下肢下腿部を覆う脚部装甲。そして、胸部装甲と、視界に情報を投影するバイザー。装甲はすべて光を反射しない不吉な紫黒色で、どこか戦車のような軍用機を連想させる。
「おいおい、何だよそれは……」
 伊織は想像を絶する光景の連続に、我知らず半笑いで問う。
「おしえてやろう。タクティカル・トルーパー"アーバンファイター"だ」
 タクティカル・トルーパーの名には聞き覚えがあった。前にアンナと話していたときに出てきた戦闘用パワードスーツの名称だったはず。まさか実物をこの目で見ることになるとは、そのときは夢にも思わなかったが。
 南郷が右手を伊織に向ける。何も持っていない手を――と思った次の瞬間、そこには長砲身のライフルが握られていた。単体弾、散弾、ゴム弾など、用途によって弾体を切り替えられる多目的リニアライフルだ。
「ちっ」
 伊織は舌打ちすると同時、身を翻し、駆け出していた。部屋を飛び出し、すぐ近くにあった校舎の階段部へと飛び込む。
 直後、その後ろでは廊下を火線が走り抜けていった。間一髪だ。
「くそっ。何でも出てくるのかよ」
 忌々しげに呪いの言葉を吐き捨てる。
 伊織には知る由もないが、量子化による格納と展開は、情報解析した物体に限られる。触れたものを何でも量子変換できるようなレベルには至っていないのだ。
 南郷が滑るように姿を現した。
 リニアライフルによる単体弾を2発撃ち込まれ、伊織は横っ飛びでそれを避ける。床の上で一回転したところで壁にぶつかり、「うげっ」と口から情けない声がもれた。
 てっきり伊織を追ってきたのだとばかり思っていた男は、そのまま廊下の先へと抜けていった。
「逃がすかよっ」
 伊織も廊下へと飛び出す。
 武装した男は滑るように高速移動していた。"アーバンファイター"は市街地戦を想定した仕様で、脚部に搭載した反重力装置で戦場を自在に滑走するのだ。狭い部屋を出たのも、その高い機動力を活かすためだった。
 南郷は体を反転させ、後ろ向きに滑走したままライフルを数発発射する。だが、男子生徒はジグザグに走り、それを回避する。それどころか高速で移動しているこちらに追いすがってくる勢いだ。
 獲物を襲う獣の如き眼光。
 口許にはかすかな笑み。
 驚嘆する。
 魔術の中には身体能力を強化したり、感覚を鋭敏にしたりするものもあると聞く。南郷がタクティカル・トルーパーで高速滑走したり、ハイパーセンサーで環境情報を逐一モニターしているのと同じなのだろう。ならば、相手が生身だとて油断はできない。
 伊織はあっという間に男に追いついた。
 まるで自分が一個の弾丸にでもなったかのように体を丸め、頭から敵の懐に飛び込む。
「な、何をっ!?」
「おおっ!」
 裂帛の気合いとともに震脚。双掌打をねじ込んだ。
 伊織の技が再び南郷の体を吹き飛ばす。だが、今度は倒れることはなかった。浮いていた足の底面を床に接地させ、耳障りな音を鳴らしながら制動、耐える。
「何だ、今の感触……」
 伊織は双掌打を、装甲に覆われていない男の腹部を狙って放った。だが、手応えは明らかに生身とは違っていた。その不可解さに、思わず疑問を口にしてしまう。
 南郷は笑った。
「TTの装甲が見た目通りだと思わないことだ」
 タクティカル・トルーパーの装甲は確かに物理装甲だが、それと同時に埋め込まれた力場誘導子で不可視のシールドを形成し、全身を覆っているのだ。
 とは言え――と、南郷は内心に焦りを覚える。そのシールドに割り振ったエネルギィが、素手の人間が放った一撃によるものとは思えないほど大幅に削られている。あと数発も喰らえばシールドを維持できなくなるだろう。早々に決着をつけるべきだろう。
 南郷は伊織の足許にライフルを撃ち込んで牽制してから、一度その場を離れた。ここは距離を取るべきだと考えたのだ。
 伊織もその後を追おうとして――しかし、足を止めた。
 スラックスのポケットからスマートフォンを取り出し、メモリィから電話をかける。
『もしもし、久瀬君?』
 巻島まりあだ。
 彼女も生徒会の仕事があるとかで、今日一緒に学校まできたのだった。
「悪い、まり姉。頼みたいことがある。アンナ先生を見つけて、体育館を開けてもらってくれ」
『え? なに、どういうこと?』
「忙しいから手短に言う。今学校に入り込んだテロリストと交戦中なんだ」
『はぁ?』
 電話の向こうで素っ頓狂な声を上げるまりあ。
 ま、それもそうか、と伊織は頭を掻く。簡潔、且つ、正確に伝えたところで、そうですかと納得できる内容ではない。その反応は当然だ。
「じゃあ、悪いけど頼んだ」
『え? りっくん、ちょっと待って――』
 まりあがまだ何か言おうとしていたが、かまわず切る。ゆっくり話している暇はない。端末をポケットに突っ込んだ。
「……さて、行くか」
 伊織は肩を回しながら、男が消えたほうへと歩き出した。

 
 
 
2012年8月26日公開
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