第4話 02-秋 「わたし……あなたのこと、何も知らない……」
 
scene1 秋のドリームフラグメント 1日目
 
「うー」
 わたしは机に顎を乗せた体勢でうなった。
「どうするの、優希ちゃん。片づけ終わったよ」
 そんなわたしに彩ちゃんが声をかける。
 時刻は午後4時過ぎ。つい先ほど閉会のアナウンスが流れたばかりだ。サークル参加者も一般参加者も残っている人は極わずかで、その人たちも既に撤収準備をすませている。うちはぜんぶ彩ちゃんにやらせてしまった。
 わたしは人を待っていた。
 今日はまだ彼と会っていない。何だかんだでこの一年以上お馴染みになったあの人。今日もまた当たり前のように会えると思っていたあの人。その姿がないと何かもの足りない気がする。
「もうこんな時間だよ」
「うん……」
 こんな時間でもきっと「どうも」なんて素っ気ない挨拶とともに顔を出すに違いない。遅くなったことにはひと言も触れず。
「今日はくるって言ってないんでしょ?」
「うん……」
 いちいちそんな約束をしなくてもきっと遊びにきてくれる。
(……とは思えない)
 だって“あの”南雲さんだもの。
「ううー」
 突きつけられた現実に再びうなる。
「ほら、いつも2日目が本番だって言ってたし、明日はくるんじゃない?」
「そうね。きっと何か用事があって、今日はこれなかったのよね」
 自分をむりやり納得させている気もしないでもないけど、兎に角、今は前向きに考えよう。
 明日はきっと何でもなかったかのように会える――
 そう信じてわたしは帰路についた。
 
 
scene2 秋のドリームフラグメント 2日目
 
 今日のわたしはバッチリだ。
 普段はスカートばかりだけど、今日はスラックスにカッターシャツをラフに着こなし、長い髪はバッサリ切る……のは勿体なかったので、首の後ろ辺りでくくる。ボーイズスタイルというよりはマニッシュな感じ。これにスタイリッシュなサングラスをかけてでき上がり。誰の真似かは言わずもがなだ。
 なのに――、
「こない……」
 いつもなら一度は姿を見せている時間なのに、今日はまだ南雲さんを見ていない。
 待てど暮らせど、いっこうに現れる気配はなくて。時間が経つごとに気分がどんどん沈み込んでいくわたしは、おかげでカメラを向けられてもぜんぜん笑えなかった。
 結局、南雲さんとは会えないままで、一日が終わる頃にはわたしは自分でも驚くほど落ち込んでいた。
 
 
scene3 秋のドリームフラグメント翌日
 
 秋ドリが終わった翌日、わたしは一刻も早く南雲さんに連絡を取りたかった。
 まずはメールだろう、とアドレスを調べにかかる。もちろん、わたしは南雲さんとメールのやり取りをしたことがないから知るはずもない。唯一知っていることと言えば、鈴子さんのサイト『鈴子の瞳』に出入りしていることだけ。上手くすればそこのBBSに書き込んでいるかも知れない。兎に角、名前を探そう。
「あ、リニューアルしてる」
 不義理な話だけど、ここのところ鈴子さんとはオンでもオフでも疎遠になっていて、トップページの模様替えに驚いた。
 それはさておき、早速BBSを見る。
「……」
 とりあえず最初の20件の記事の中に南雲さんの書き込みはなかった。
 次の20件、
 次の20件、
 次の20件、
 次の20件、
 ……
 ……
 以上――
「……」
 いや、まぁ、最初からそんなに簡単にいくとは思ってなかったけど。
 どうやらここ数ヶ月、南雲さんはBBSに書き込んでいなかったらしい。おもむろにわたしは携帯電話を取り出し、コールした。
「あ、元気してました?」
『あら、ユンちゃんやん。久しぶりやねえ。どうしたん?』
 相手は鈴子さんだ。
「その、少し訊きたいことがありまして……。南雲さんのメールアドレス、わかりませんか?」
『南雲さん? えらいまたちょっぴり懐かしい名前を出してきたな、キミ』
 この口振りからするとBBSだけでなく水面下でのやり取りもなく、さっぱりした性格はオンラインでも健在らしい。
『あれ? ユンちゃん、南雲さんといつの間に友達になったん?』
「え? いえ、そーゆーわけではないんですが……、ちょっと用があって連絡を取りたいんです」
『ま、ええか。メアドやったらわからんこともないよ。1年くらい前に2、3回やり取りしたことあるし』
「ほ、本当ですか!?」
 わたしは思わず歓声を上げてしまった。
『でもなあ、なんぼ共通の友達ゆうても、勝手に個人情報おしえるのはどうかと思うんやけど、うち』
「そこをなんとかお願いしますっ」
 このとーりです、と片手で拝むポーズをする。
『あはは、この通りってどの通りやねん。見えへんて。……しゃーないな。ユンちゃんの頼みやしな。その代わり、ユンちゃんが拝み倒して無理矢理うちから聞き出したってことにして、南雲さんにちゃんと言ってといてや?』
「それはもちろん!」
 と、そんなこんなでおしえてもらった念願のアドレスは、有名なプロバイダの名前が入ったものだった。
 すぐにメールを書く。こなかった南雲さんのための秋ドリレポートという形式を取りつつ、でも、受け取って読んで、はい、おしまい、というのも困るので、いくつか質問を投げかけてリプラィを書くように誘導する。それから鈴子さんとの約束なので、アドレスを強引に聞き出したことも書いて謝っておく。
「よしっ、これで完璧っ!」
 ついでに今後の計画だって完璧だ。何度かメールのやり取りをした後、「文字じゃなくて声で話した方がたくさん話せるから」と切り出して、一方的にケータイの番号を教えてしまう。勿論、南雲さんの性格からして電話をかけてくるはずがない。でも、社交辞令的に電話番号の交換には応じてくれるだろうから、そうしたらもうこっちのもの。これで南雲さんとは自由に連絡がとれるようになるという寸法だ。まさにパーフェクト。犯人は悪魔的頭脳で一瞬にして計画を立て、実行に移してしまったのです。地獄のなんとかもびっくりだ。
「……」
 いざ送信ボタンを押す段階になると、なぜか心臓がバクバク鳴って、指が震えた。それをむりやり抑え込んで、ポチッとクリック。
 その瞬間、私の頭にはいろんなことがよぎった。
 南雲さんは突然わたしからメールがきて驚くだろうかとか。
 どんな返事を返してくるんだろうかとか。
「早く返事が返ってきますよーに♪」
 ついさっきまでの妙な緊張はどこへやら、わたしは浮かれ気分でつぶやいた。
 果たしてその願いは叶い、反応は5秒で返ってきた。
「り……、りたぁんど めぇる……、ゆぅざぁ あんのうん……」
 要するに、このメールアドレスは現在使われておりません、ということだ。
 信じられないものを見たときのようにモニタの前で固まること数分。それからわたしはふらふら歩いて、ベッドに倒れ込んだ。
「はは……。まいったなぁ。いきなり手詰まりだ……」
 言葉とともに口から乾いた笑いが漏れる。
 こんなとき半分引きこもりのネットアイドルは困る。行動力がなくて、次に打つべき手がまったく浮かばない。
 壁に向かって寝返りをうち、身体を丸めた。
 途端――、
「……っ」
 涙が溢れてきた。
 違う。
 会えないことが寂しくて泣いているんじゃない。求めても届かないことが悲しくて泣いているんじゃない。
 これは、悔し涙だ。
「わたし……あなたのこと、何も知らない……」
 そう、わたしは南雲さんのことを何も知らない。
 鈴子さんに訊かれたとき、自信を持って「そうです、お友達です」と答えられなかったことが、すべてを表している。わたしは南雲さんの本名も、住んでるところも、普段何をしているかも知らない。会う手段も、声を聞く手段も持っていない。
 それが悔しかった。
 それが悔しくて、わたしは声を上げて泣いた――。
 
 
 2008年12月11日公開

 

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