第5話 03-春 「人の気も知らないで……」 scene1 秋のドリーム・フラグメント後 いつまでも泣いていても埒があかない。 塞ぎ込んだまま数日を過ごしたわたしは、もう一度動いてみようと決意した。ない知恵をしぼり、普段使わない頭をフル回転させて考え、やれることはすべてやってみようと決めた。 その1 サイトのトップページで呼びかける 超私信 南雲さん 南雲さん 例の件についてお話ししたいことがあります これを見てたら 至急連絡ください というか クレ 例の件って、何? まぁ、いいか。 ……。 ……。 ……。 「……こない」 一週間ほど待ってみたものの、南雲さんからの連絡はぜんぜんなかった。当然と言えば当然かも知れない。だって、南雲さん、ネットアイドルとかに興味ないって言ってたもの。 「こんなサイトなんか見てるはずない、か……」 そんなわけで、この作戦は中止。 その2 BBS設置 わたしのサイトにはBBSがない。 というのも、その昔、荒らしにあって、それ以来自由に書き込めるBBSは置かないことにしている。随分前にも言ったけど、BBSという手段以外にコミュニケーションツールはいくらでもある。交流や連絡に困ったことはない。 別に主義というほどのものじゃないけど、今回はその方針を少しばかり曲げて、期間限定企画の建前でBBSを設置してみた。 勿論、狙いはひとつ。南雲さんの書き込みだ。 ……。 ……。 ……。 「って、今度は一日で荒らし襲来なの!? ていうか、南雲さんはこんなサイト見てないってば! アホですか、わたしは!!」 自分の馬鹿さ加減を再認識しつつ作戦失敗。 やれることをぜんぶやると意気込んだわりには、実は思いついた方法というのはいくつもない。 仕方ないので後は鈴子さんのサイトを起点にリンクを辿り、片っ端から同系統のサイトを見て回った。掲示板なり日記なりに南雲さんの名前があればと思ってやっているのだけれど、3日もすればそれが砂漠の中で一粒のダイヤを探すようなものだと気づいた。 「ていうか、無理」 わたしはモニタから目を離し、天井を仰ぎ見た。 三日三晩サイト巡りしても影もかたちもないし、見るサイトはまだまだ山ほどある。それにこんなやり方で運良く見つかるとも思えない。 「むー……」 何を睨むというわけでもなく、わたしは目を半眼にしてうなる。 だいたい何でわたしがこんな思いをしなければならないのだろう。いきなりぷっつり消息を断ったのは南雲さんの方なのに。その身勝手に振り回されて、落ち込んで、消耗して。わたしばっかり不公平だ。 あー、なんか考えてたら腹が立ってきた。 窓際に置いてあったテディ・ベアを手に取ると、脇に抱え込んでポカポカと殴りつけてやった。それから体を丸めるようにして、んぎゅー、と押し潰す。それでも怒りが収まらないから壁に投げつけてやったら、収まるどころかよけい腹が立ってきた。 ああっ、もうっ! 「南雲さんの、バカーーー!!!」 ……逆ギレ。 scene2 春のドリームフラグメント 1日目 結局、南雲さんと連絡がつかないまま、また半年の時間が流れ、春の祭典の日が巡ってきた。 「うちとこにいても望み薄やと思うけどな」 隣でそう言ったのは鈴子さんだ。 「うち、南雲さんとはユンちゃん以上に音信不通やし」 「はい……」 それは言われなくてもわかっている。一年も会っていない現状で、あの南雲さんがひょっこり現れるとは考えにくい。勿論、それを期待していないと言えば嘘になるけど、もっと直接的な理由として、この半年いい感じに腑抜けていてサークル参加の申し込みをするのを忘れてたのだ。おかげで2年ぶりに鈴子さんのスペースを間借りすることとなってしまった。 人間の精神的ダメージへの耐性もなかなかのもので、最近では南雲さんを見なくなった喪失感にも少しは慣れてきた。 それでもこの会場にくると南雲さんのことを思い出すし、質の悪いことに薄れかけてた記憶までが鮮やかに甦る。気がつけば南雲さんの姿を捜している自分がいて、よく似た人を見かけるたびに思わず立ち上がり、違うとわかっては落胆して腰を下ろした。 ここまで南雲さんを求める自分に改めて驚かされる。何故こんなにも気になるのだろう? その疑問の答えとして、真っ先にありきたりの感情を思い浮かべる。 (それは、違う……) すぐに否定した。 わたしは南雲さんの中に、気になる“何か”を見つけて、それに惹きつけられているのだと思う。 その“何か”とは―― (それは、たぶん南雲さんが時折見せる『歪み』……) 以前に一度だけ感じたことがある。漠然とあの人はどこか歪んでいると感じるのだけど、そのときも今も『歪み』の正体ははっきりしない。 今はただ、わたしが南雲さんに惹かれているという事実だけがある。 そして、 やはり南雲さんは今日も現れなかった――。 もうここにはこないのかもしれない。思えば南雲さんとの接点は、年二回のこのイベントだけ。彼がここにこなくなったら、それでもうおしまい。 もう二度と南雲さんには会えないのかもしれない。 (限界、かな……) scene3 春のドリームフラグメント 2日目 「すいませーん。写真撮らせてくださいーい」 「ダメです。後で」 わたしは足も止めず、即答した。 今わたしがいる場所は例によって例の如く屋上庭園。だけど、今日に限ってはカメラマンに囲まれて一日を過ごすつもりはなかった。ひとところに留まらず、そこかしこを歩き回って――そう、南雲さんを捜していた。 (もう待つのは飽きた……) だから、南雲さんを捜す。 何となく今日辺りがいろんな意味で限界じゃないかとは思っていたけど、たぶん、これもそのひとつなのだろう。 「あ、もうこんな時間」 ケータイのディスプレイを見て、彩ちゃんとの合流の時間が近いことを知った。正午過ぎと言えば、いつもなら一度は南雲さんと会っている時間だ――そう思ってそのまま会えなかった半年前のことを思い出し、少し嫌な予感がよぎる。 それを振り払って彩ちゃんとの合流場所へと戻った。 「どうだった?」 「ううん、ダメ」 彩ちゃんの姿を見つけるなり、わたしは訊いた。ひとりでいるところを見れば、返事は予想できたけど。 「この人数だからね、見落としてる可能性も充分にあると思うけど……」 口には出さないけど、この行為が不毛だと思ってるのだろう。 屋上庭園は広い。それに人が多いし、出入りも激しい。わたしと彩ちゃんがそれぞれに捜し回ったところで、見落としがかなりあるだろう。しかも、このまま捜し続けて見つかるとも限らないし、第一、当の南雲さんがここにきてるかどうかもわからない。 「でも……でも、もうちょっとだけ。それでダメだったら諦めるから」 それを聞いて、彩ちゃんは仕方ない様子で納得した。 (今日、南雲さんに会えなかったら、ぜんぶ諦めよう) 南雲さんのこと。 わたしを惹きつける彼の『歪み』のこと。 そして、もうここにもこないつもりでいる。 ここにくれば嫌でも南雲さんのことを思い出す。もう限界だから。これ以上は南雲さんのいないこの場所に耐えられそうにないから。すべてをここに捨てて諦める。 昨日そう決めて、 今日、改めて決意した。 それなのに、 わたしが求めていたものは、諦めた瞬間にあっさりと――、 本当にあっさりと戻ってきた。 「ようやく見つかった。どうしたんですか、今日は。優希さんが写真を撮らせてくれないって噂になってますが」 背後からの声に振り向くと、そこに南雲さんがいた。 当たり前のように。 何ごともなかったかのように。 「……」 あまりのことにわたしは、口に手をやり、固まってしまった。 「どうかしましたか?」 彼はわたしがどれほど驚いているか、気づいていない様子だった。 何が「どうかしましたか?」だ。人の気も知らないで。南雲さんと連絡が取れなくなって落ち込んだのはこっちの勝手だけど、それにしても何か言うことがあるだろうに。 あまりにもいつも通りの南雲さんに腹が立ってきて、一発ひっぱたいてやらないまでも、文句のひとつも言ってやろうと思った。 なのに――、 「人の……、人の気も知らないで……」 なのに、その気持ちとは裏腹に、わたしは南雲さんに飛びついていた。服を掴み、額を南雲さんの胸に押しつける。 「……」 それ以上は声が出なくて、代わりに涙が溢れた。 「あの、何があったんですか?」 「……」 答えられない。 そんなことこっちが聞きたいくらいだ。 「どうしましょうか、これ」 困った南雲さんが彩ちゃんに意見を求めているようだ。……わたしは“これ”扱いか。 「わたしに言われても……」 「とりあえず、隅の方へ移動しましょう。このままだと目立って仕方がない。……彩さん、彼女をお願いします」 彩ちゃんに引き渡すつもりなのだろう、南雲さんがわたしの両肩に触れたところで、わたしは首を横に振った。彼の服をさらに強く掴む。 今この手を離したら、またどこかに行ってしまいそうな気がして。 「じゃあ、わたしが荷物を持ちますから、南雲さんは優希ちゃんを」 「わかりました。……優希さん、少し向こうに行きましょう」 南雲さんに肩を抱かれ、わたしは屋上庭園の隅の方へと連れて行かれる。 途中――、 「悪いな。見せものじゃないんだ。あっちへ行っててくれ」 たぶん、ただならぬ様子に野次馬が寄ってきて、それを南雲さんが追い払ったのだろう。それにしても彼には珍しく荒っぽい言葉遣いだった。 「ここに座りましょうか」 屋上庭園の隅の段差のあるところを示して言った。促されるまま座り、続けて南雲さんが腰を下ろしたところで、すかさずその袖を掴んだ。 「……」 「すいません、南雲さん……」 彩ちゃんが申し訳なさそうに謝った。 「少しは落ち着きましたか?」 しばらくして、わたしの様子を窺いながら南雲さんが訊いてくる。その間は15分くらいだっただろうか、南雲さんは情緒不安定なわたしの肩をずっと抱いてくれていた。 「はい、すみません……」 ようやく離れ、謝りながら顔を上げる。 「……っ!」 ものすごく近くで南雲さんの顔を見てしまった。しかも、サングラスのライトイエローのレンズ越しに目が合う。その端正な顔にわたしは改めて息を飲んだ。 (こ、こんな人に抱きついてたんだ……) 思い出して頬が熱くなった。 「いったい何があったんですか?」 「そ、その、いろいろありすぎて、説明できません……」 内心の動揺を隠しながら答える。 「それに、もういいです。もう大丈夫ですから」 「そうですか。それなら別にいいですが」 あっさり追求の手を止めた。1年会わなくても南雲さんは相変わらずだ。クールというかドライというか。尤も、しつこく聞かれても困るのだけれど。 「あの、訊いていいですか? 前の秋ドリ、何でこなかったんですか?」 「ああ、そのことですか。俺、日本にいなかったんです」 「え……?」 「ドイツです。前々から留学する予定だったんですけど、身の回りのゴタゴタがあって取り止めたんです。その辺りのことが解決したんで、半年ほど」 それならそれで言ってくれたらよかったのにと思ったけど、そんなこと南雲さんには言うだけ無駄だろう。それ以前に連絡手段もなかったわけだし。 「送ったメールが返ってきました」 「そう言えば、少し前にプロバイダを変えましたね」 「……」 まあ、そんなところだろうと思ってたけど。 「何にしてもよかったじゃない、優希ちゃん。南雲さんに会えて」 南雲さんとは反対側の隣に座っていた彩ちゃんが、からかうように言った。わたしは別に南雲さんに会いたかったわけではなくて、黙って勝手にいなくなったから、その……いや、もういいか。 「じゃあ、今からいつも通り――」 「ううん、今日はもう撤収」 「ええっ!? 何で!? だって、今日はまだ何もしてないじゃない」 「もっと大事なことがあるもの」 わたしは南雲さんに向き直る。 「南雲さん、今からお昼、食べに行きませんか?」 「いや、俺、今日は友人の……」 「はい。それはわかってるんですけど、そこをなんとかなりませんか? ちょっとでいいですから、わたしにつき合ってください。お願いします」 わたしがそう頼むと、南雲さんは少し困ったような顔をしてから腕時計を見た。 「時間制限つきですけど、それでいいなら」 「あ、ありがとうございますっ」 思わず手を叩いて喜ぶ。 「今日は南雲さんのこと、いっぱい聞かせてもらいますから。覚悟しておいてくださいね♪」 だって、あなたのことをもっと知りたいから――。 2008年12月16日公開 |
←Back INDEX Next→ |