アキラは落ち込んでいた。……まぁ、冒頭から激怒するよりはましか。
「三日で再生数500もいかないって……」
 理由はこれ。
 僕とアキラが初めて制作した曲、及び、動画――『UNDER THE ROSE.』は、残念ながらこの有り様だった。
 国内だけではなく海外の動画サイトにもアップしてみたのだが、どちらも再生数は振るわず、好評も酷評もなかった。予想通りと言えば予想通りだ。そして、温かい言葉をかけてもらったのも、これまた予想通り。要するに、埋もれたのだ。こうなるとよっぽど影響力のある人間に発掘されない限り、もう脚光を浴びることはないだろう。
 アキラはたびたびアップされたページをチェックしては、ぜんぜん伸びない再生数にため息を吐いていた。今もそうだ。
「自分で絶賛のコメントでも入れよっかなぁ」
「やめといたほうがいいよ。自演は見つかると格好悪いから」
 今後の活動に響くし、何より虚しい。
 この調子だと記念すべき千回目の再生は自分で回すことになるのではないだろうか。そう思いながら僕はキャスタ付きのチェアに座って、どんよりした顔でノートPCのマウスをカチカチするアキラを見下ろしていた。
「まぁ、初めてにしちゃ御の字だと思うけどね」
 本当に見向きもされない動画は、半年も一年もかけてやっと1000に達するらしい。
 アキラはそばに置いてあったキューピッドを煽ると、僕に問うてくる。
「直臣はこれでいいの?」
「いいも何も、これが結果だよ」
 別に投げやりになっているわけではない。ただ、最初ならこんなものだろうと思うのである。むしろ殊勲賞ものだと言える。
 やはりMMDに手を出したのが悪かったのだろう。動画の作成は動画師に任せて、勝負どころを曲だけに絞れば、また違った結果になっていたかもしれない。実際、「曲はいい」「動画が残念すぎる」「ダンスがプロ」といったコメントも並んでいる。しかし、これは言い方を誤ると言い出したアキラのせいみたいになるので、口にするつもりはない。それはアキラを責めることになりかねない以上に、僕たちが力を合わせて作り上げた何かを否定する行為だ。
「僕は一介の音楽生だからね。曲を作ったら、評価は気になりはしても拘りはしないよ。受け入れて次に活かすだけだ」
「もう! 一介の音楽生一介の音楽生って。だったらギリシアの海商王の息子と贖罪の旅にでも出たら!」
 アキラは頬を膨らませ、すっかり拗ねてしまった。
 そんな彼の姿に、僕は嫌な流れを感じるのだった。
 
 
 翌日のこと、
 ついにアキラが言い出した。
「作り直そう!」
「……」
 ああ、と僕は心の中で天を仰ぐ。
 それからイスを回転させてアキラに向き直った。アキラは昨日までの、いや、さっきまでの暗い顔は憑きものが落ちたように晴れ、目標を見定めたような真っ直ぐな目をしていた。……決断を下したのだろう。僕にとっては最悪の決断を。
「作り直すって、どこを?」
「やっぱMMDで作った動画の部分かな。曲はいいと思うんだ」
 そこは同感だった。曲は悪くない。もし作り直すとしたら、曲に添えた動画のほうだろう。
 でも――、
「無駄だよ」
「どうしてさ?」
 不満そうに問い返してくるアキラ。
「僕たちはMMDに触れて一ヶ月もたってない初心者だ。はっきり言って、それなりに見れるものになっただけでも奇跡だと思うべきだね。そんな僕らが作り直したところで、今とたいして変わらないものしかできないよ。それに――」
 きっと僕はどんなものを作っても満足することはないだろう。例え一年も二年もたって僕がMMDに習熟したとしても、例え僕の代わりにベテランのユーザーが手がけたとしても、同じ素材を使う限り誰も僕を満足させるものを作れはしない。
「それに?」
 続きを促すアキラに、僕は「何でもない」と答えた。この"呪縛"はあくまでも僕に降りかかったものでしかない。
「兎に角、作り直しはしない」
「でも、今のままじゃ……」
 アキラは唇を噛みしめる。
「……」
 やはり問わねばならないだろうか。
「アキラは何のために、そんなに作り直したいんだ?」
「そりゃあ決まってるよ。言っただろ、せっかく作るなら話題になるようなものを作ろうって。そのためにはこんな勢いの再生数じゃダメなんだ」
 当然だと言わんばかりに言い切るアキラ。
 しかし、僕の口からはため息がこぼれた。とても、残念で仕方なかった。
「アキラ」
 僕は彼の名を呼ぶ。
「どうやら僕と君とは、もう目指すところが違ってしまったようだね」
 嫌な流れは薄々感じていた。本当になってほしくなかったが。
「アキラはシンガーロイドの曲を書く彼らの、人気やランキングに拘らないスタイルに憧れたんじゃなかったのか?」
「そ、それは……」
 かつで自分が言ったことを思い出したのか、それとも自分の変化に気がついたのか、アキラは己を省みて項垂れる。
 そう。彼は言っていた。

 ――売り上げなんか関係なくて、人気とかランキングとかは二の次で、みんなただ純粋にシガロが好きだから曲を作ってる。
 
 あのときのアキラは、彼らのそこに心打たれたはずなのだ。でも、今の彼はその言葉とは裏腹に、再生数に拘っている。もっと評価されたい、話題になりたい、と。僕にはそんなアキラの姿が悲しかった。
「アキラは人気ものになってちやほやされたいだけなんじゃない?」
「違う! オレはそんなつもりじゃ……」
 アキラは伏せていた顔を勢いよく上げた。
「じゃあ、なに?」
「オレは――」
 一瞬の躊躇いの後、次句を継ぐ。
「オレは直臣と一緒に作ったこの曲で認められたいんだ」
「その気持ちは僕も同じだよ。アキラと一緒に作った曲で認められたら嬉しいと思う」
「だったら」
「でも、別にこの曲じゃなくたっていいんじゃないかな。僕たちはあれもこれも初心者なんだ。少しずつ上手くなって、いつかあっと言わせるものを作ればいい」
 次がある。その次も。僕だって曲を書く以上、多くの人に聴いてもらいたいという思いは当然ある。音楽で人を振り向かせたい。でも、それはいつかの話でいいし、今の実力ではむりなのもわかりきっている。焦ることはない。ゆっくりそこを目指せばいいのだ。
 なのに、アキラは。
「いやだ。オレはこの曲がいい。直臣の作った曲は悪くないんだ。だから、動画のところだけでも作り変えよう」
「僕は、それはしたくない」
 僕は首を横に振る。そこは譲れなかった。
「っ! 直臣のわからずや! もういいっ」
 アキラはそう叫ぶと、立ち上がりロフトへと駆け上がっていった。すぐにいくつかの手回り品だけを突っ込んだらしきリュックを手に、飛び降りるように戻ってくる。そのままフローリングの居室を横切ると、玄関へと向かった。
「どこに行くんだよ」
「オレは確かに売り上げやランキングや人気を気にしない姿に憧れたよ。でも、こうも言ったよね? どうせ作るなら話題になるような曲を作ろうって。オレは諦めないよ。そのためには何でもするから!」
 振り向いたアキラは力強くそう言い放った。真っ直ぐ僕を見つめ返してくるその瞳には、怒りと悲しみにうっすらと涙をためつつも、同時に確固たる決意もあった。
 それからアキラはパーカーのフードを頭にかぶり――額の前の部分を引っ張って、そのまま顔を伏せてしまった。表情が隠れ、固く引き結んだ唇だけが見える。やがてその口から言葉が紡がれた。
「……ほんとはさ、ちょっと責任感じてるんだよね。オレが動画までやろうなんて言い出さなかったら、直臣の曲はもっと認められてたと思うんだ」
 そこで顔を上げると、弱々しく笑った。
「だから、オレがもっと直臣の曲をみんなに聴いてもらえるようにしてあげる」
 そして、アキラは踵を返し、玄関のドアから出ていってしまった。
 止める間もなく。
 部屋には僕ひとりが残される。
 どうしてだろうと思った。
 どうしてこうなってしまったのだろうか。僕もアキラも、同じ方向を向いているはずなのに。ふたりで作った曲で認められたいという思いは一緒のはずなのに。それなのに。
 なぜこの曲に拘る?
 なぜそんなに焦る?
 僕は次も、そのまた次もあると思っていたのに、もしかしてお前にはなかったのか?
「……」
 ああ、でも、拘っているのは僕も同じなのか。
 僕にとって『UNDER THE ROSE.』は曲だけでなく、動画も含めてひとつの作品だった。アキラがたったの二日でダンスを完成させ、ふたりで寝食を惜しむようにしてモーションをトレースし、どんな演出を組み込むかを悩み――そうやってできた動画の部分を、不評だからと切り捨てるようなことはしたくなかったのだ。
 よけいな拘りだったのだろうか。アキラと作り上げたものを、何ひとつ無駄にしたくないと思うことは。
 だとしたら、僕たちはお互い拘るべきではないところに拘ってしまったのかもしれない。
 僕はひとり取り残された部屋で、アキラが出ていったドアを見つめる。アキラはちゃんと鍵を持っていっただろうか。いや、それ以前にまた戻ってくるのだろうか。
 
 結論から言うと、アキラがこの部屋に戻ってくることはもうなかったのだが。
 
 
 2014年3月1日公開

 


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